IP case studies判例研究

平成23年(行ケ)第10130号 「気泡シート」事件(無効審決取消訴訟事件)

名称:「気泡シート」事件(無効審決取消訴訟事件)
知財高裁第2部:平成23年(行ケ)第10130号 判決日:平成24年1月16日
判決:請求認容
特許法第29条第2項
キーワード:容易想到性
[概要]
名称を「気泡シート及びその製造方法」とする発明に係る特許について、進歩性がないことを理
由として無効とした審決を、容易想到性の判断に誤りがあるとして取り消した事案。
[本件発明1]
多数の凸部が形成されたキャップフィルムと、当該キャップフィルムの一方の面に設けられたバ
ックフィルムと、前記キャップフィルムの他方の面に設けられた一層からなるライナーフィル厶
と、を有する三層構造を備え、内側に多数の気泡空間が形成されてなる気泡シートであって、
キャップフィルムおよびバックフィルムの原材料がポリオレフィン系樹脂であり、
ライナーフィルムの原材料が、ポリオレフィン系樹脂を30重量%以下含有する水素化スチレ
ン・ブタジエン系共重合体とポリオレフィン系樹脂とのブレンド物であり、
前記ライナーフィルムは、前記ブレンド物を溶融押し出しし、融着することにより前記キャップ
フィルムに直接設けられ、
前記バックフィルムの背面である、前記キャップフィルムと接しない面に、前記気泡空間の直径
及び配置ピッチの円形の凹部を形成した
気泡シート。
[引用発明1]
基材としてのポリオレフィンフィルム31の片面に、粘着力が0.7~25(N/50mm)で
ある粘着剤層32を有し、他面に熱可塑性樹脂からなる緩衝材シートを有する表面保護粘着シー
トであって、
真空成型により予め多数の凸部を形成した緩衝材シートとしてのポリオレフィンフィルム10を
保護用のポリオレフィンフィルム12と熱融着させて含気泡構造を形成し、
さらにポリオレフィンフィルム31と、上記の含気泡構造のポリオレフィンフィルム10とを直
接熱融着させてなる
表面保護粘着シート。
[引用発明2]
水添ジエン系ブロック共重合体100重量部に対して、オレフィン系重合体を10~100重
量部配合した樹脂組成物よりなる自己粘着性エラストマーシート。
[争点]
4層構造(ポリオレフィンフィルム31(ライナーフィルムに相当)+粘着剤層32+ポリオ
レフィンフィルム10(キャップフィルムに相当)+ポリオレフィンフィルム12(バックフィ
ルムに相当))を有する引用発明1に引用発明2を適用して3層構造(ライナーフィルム+キャッ
プフィルム+バックフィルム)とすることは容易といえるか。
[無効審決の内容]
引用発明2の自己粘着性エラストマーシートは、引用発明1Aの粘着剤についての「被着体に
対して粘着力を有し、かつ使用後に被着体から容易に引き剥がすことができる」という課題を解
決するための粘着剤として適するものであり、これは、「原材料が、ポリオレフィン系樹脂を30
重量%以下含有する水素化スチレン・ブタジエン系共重合体とポリオレフィン系樹脂とのブレン
ド物」といえ、さらに、引用発明2の自己粘着性エラストマーシートは、溶融押し出しし、融着
することで他のフィルムに直接設けられるものであることから、引用発明1Aにおいて、「基材と
してのポリオレフィンフィルム31の片面に、粘着力が0.7~25(N/50mm)である粘
着剤層32を有」するものに代えて、同じ機能を一層で代用できる、「一層」からなり「原材料が、
ポリオレフィン系樹脂を30重量%以下含有する水素化スチレン・ブタジエン系共重合体とポリ
オレフィン系樹脂とのブレンド物」であり「前記ブレンド物を溶融押し出しし、融着することに
より前記キャップフィルムに直接設けられ」たものとすることは当業者が容易に想到し得ること
である。
[裁判所の判断]
審決は、「プラスチックフィルム等を用いる包装材において、新たな機能を付与しようとすれば
新たな機能を有する層を付加するのは当業者の技術常識といえ、逆に、従来複数の層により達成
されていた機能を例えば一層で達成できるならば、従来の複数の層に代えて新たな一層を採用し、
製造の工程や手間やコストの削減を図ることも、当業者の技術常識といえる。すなわち、二層の
機能を一層で担保できる材料があれば、二層のものを一層のものに代えることは当業者が当然に
試みることである。」(28頁1行~8行)と当業者の技術常識を認定している。
しかし、積層体の発明は、各層の材質、積層順序、膜厚、層間状態等に発明の技術思想があり、
個々の層の材質や膜厚自体が公知であることは、積層体の発明に進歩性がないことを意味するも
のとはいえず、個々の具体的積層体構造に基づく検討が不可欠である。
一般論としても、新たな機能を付与しようとすれば新たな機能を有する層を付加すること自体
は容易想到といえるとしても、従来複数の層により達成されていた機能をより少ない数の層で達
成しようとする場合、複数層がどのように積層体全体において機能を維持していたかを具体的に
検討しなければ、いずれかの層を省略できるとはいえない。
従って、二層の機能を一層で担保できる材料があれば、二層のものを一層のものに代えること
が直ちに容易想到であるとはいえない。目的の面からも、例えば材質の変更等の具体的比較を行
わなければ、層の数の減少が製造の工程や手間やコストの削減を達成するかどうかも明らかでは
ない。
引用発明2は、粘着剥離を繰り返せる標識や表示として使用される自己粘着性エラストマーシ
ート(いわばシール)に関する発明であって、被着体の運搬・施工時の衝撃から被着体を保護するた
めの気泡シートに関する発明である引用発明1Aとは技術分野ないし用途が異なるものである。
当業者は、発明が解決しようとする課題に関連する技術分野の技術を自らの知識とすることがで
きる者であるから、気泡シートの分野における当業者は、引用発明1Aが「粘着剤層32」を有
していることから「粘着剤」に関する技術も自らの知識とすることができ、「粘着剤」の材料の選
択や設計変更などの通常の創作能力を発揮できるとしても、引用発明1Aを構成しているのは「粘
着剤層32」であるから、当業者は、気泡シート内でポリオレフィンフィルム31上に形成され
ている粘着剤層32に関する知識を獲得できると考えるのが相当であり、両者を合わせて気泡シ
ートの構造自体を変更すること(すなわち、「ポリオレフィンフィルム31上に形成されている粘
着剤層32」という二層構造を、気泡シートの構造と粘着剤の双方を合わせ考慮して一層構造と
すること)まで、当業者の通常の創作能力の発揮ということはできないというべきである。
従って、引用発明1Aにおいて、「基材としてのポリオレフィンフィルム31の片面に、粘着力
が0.7~25(N/50mm)である粘着剤層32を有」するものに代えて「一層」からなる
ライナーフィルムとすることは容易想到でなく、そうすると、引用発明1Aに引用発明2を適用
することは容易想到であるとはいえない。
[コメント]
引用発明2は、道路標識や住所表示、バス停留所や駅構内などの各種の標識・表示用途につい
ての発明であり、本願発明および引用発明1とは全く技術分野が異なる。単に引用発明2の自己
粘着性エラストマーシートの材質のみに着目し、引用発明1に適用することは容易とした審決の
判断は不当であり、本判決の結論は妥当である。
本件は無効審判に係る審決取消訴訟であるが、特許庁は審査段階においても同様の指摘をする
ことがあるので適切に反論することが必要である。
以上

平成23年(行ケ)第10130号 「気泡シート」事件(無効審決取消訴訟事件)

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ