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令和2年(行ケ)第10124号「裏刷り用溶剤型グラビア印刷インキ組成物の製造方法および積層体の製造方法」事件

名称:「裏刷り用溶剤型グラビア印刷インキ組成物の製造方法および積層体の製造方法」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10124号 判決日:令和3年12月1日
判決:請求棄却
関連条文:特許法29条2項
キーワード:進歩性、周知技術
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/731/090731_hanrei.pdf
[概要]
 本件発明と甲1発明1との相違点2(バイオマス由来成分とバイオマス度)及び相違点3(ポリウレタンウレア樹脂のアミン価及び重量平均分子量)は、一まとまりの技術的思想を表す一体不可分のものとして併せて容易想到性を判断すべきことを主張したが、相違点3が、相違点2に係る二塩基酸以外の成分や合成条件によっても変化することは明らかであるから、これらを一まとまりの相違点として判断する必要はないとして、取消決定を維持した事例。
[事件の経緯]
 原告は、特許第6458089号の特許権者である。当該特許について特許異議の申立て(異議2019-700573号事件)がされた。原告は、特許請求の範囲について訂正請求をしたところ、特許庁は、訂正を認めた上、当該特許の請求項1ないし2に係る特許を取り消す決定をしたため、原告は、その取り消しを 求めた。
 知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明1]
【請求項1】
 炭化水素系溶剤、ケトン系溶剤、エステル系溶剤、グリコール系溶剤およびアルコール系溶剤からなる群から選ばれる少なくとも1種と、ポリウレタンウレア樹脂とを含有するポリウレタンウレア樹脂溶液を準備する工程(1)と、
 該工程(1)で得られた前記ポリウレタンウレア樹脂溶液と、色材と、溶剤とを、混合、分散し、裏刷り用溶剤型グラビア印刷インキ組成物を得る工程(2)と、
を含む裏刷り用溶剤型グラビア印刷インキ組成物の製造方法であって、
 前記溶剤が、炭化水素系溶剤、ケトン系溶剤、エステル系溶剤、グリコール系溶剤およびアルコール系溶剤からなる群から選ばれる少なくとも1種であり、
 前記ポリウレタンウレア樹脂が、ポリカルボン酸とポリオールとの反応からなるポリエステルポリオールを用いて合成されたものであり、かつ、
 前記ポリカルボン酸が、バイオマス由来のセバシン酸およびバイオマス由来のダイマー酸からなる群から選ばれる少なくとも1種を含み、
 前記ポリオールがジオールであり、
 前記ポリウレタンウレア樹脂溶液中の前記ポリウレタンウレア樹脂のアミン価が1~13mgKOH/gであり、かつ、前記ポリウレタンウレア樹脂溶液中の前記ポリウレタンウレア樹脂の重量平均分子量が10,000~100,000であり、
 当該裏刷り用溶剤型グラビア印刷インキ組成物を、グラビア印刷法によりフィルム基材層上に印刷塗膜としたとき、該印刷塗膜中のバイオマス度(顔料を含まない)が3~40質量%となるように構成された、裏刷り用溶剤型グラビア印刷インキ組成物の製造方法。
[本件決定の理由]
 本件各発明につき、甲1発明との相違点1(溶剤)は実質的な差異ではなく、相違点2(バイオマス由来成分とバイオマス度について)は周知課題であり、相違点3(ポリウレタンウレア樹脂のアミン価及び重量平均分子量について)は甲1発明と同程度であり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
[取消事由]
 取消事由1(本件発明1の甲1発明1に対する進歩性判断の誤り)
  相違点2(バイオマス由来成分とバイオマス度について)及び相違点3(ポリウレタンウレア樹脂のアミン価及び重量平均分子量について)の想到容易性、これらは併せて判断すべきであること
 取消事由2(本件発明1の甲1発明2に対する進歩性判断の誤り)
 取消事由3(本件発明2の甲1発明3に対する進歩性判断の誤り)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 取消事由1(本件発明1の甲1発明1に対する進歩性判断の誤り)について
 ・・・(略)・・・
(4) 相違点1の容易想到性
 相違点1に係る本件発明1の構成(溶剤の種類の特定)が、甲1文献に接した本件優先日当時の当業者が容易に想到し得るものであることについては、当事者間に争いがない。
(5) 相違点2の容易想到性
 ア 相違点2に係る本件発明1の構成は、ポリウレタンウレア樹脂の原料である二塩基酸としてバイオマス由来のセバシン酸を用いること、印刷塗膜中のバイオマス度を3~40質量%とすることであるところ、上記(1)によれば、甲1発明1は、低温安定性が良好であり、ノントルエン系の溶剤系における印刷適性、ラミネート強度、耐ブロッキング性及びレトルト適性の印刷物性がいずれも良好なポリウレタンウレア樹脂組成物の提供を課題とした、グリコールと二塩基酸との反応からなるポリエステルポリオールを含有するポリウレタンウレア樹脂組成物に関する発明であるといえるが、甲1文献には、ポリウレタンウレア樹脂組成物の原料をバイオマス由来のものとすることを直接的に示唆又は開示する記載は存しない(甲1)。
 しかしながら、証拠(甲4、乙5ないし9)によれば、平成14年に政府の主導でバイオマスプラスチックの利用促進に向けた基本的な考え方が示されて以降、地球温暖化防止等の観点から、プラスチックや樹脂製品等の原料としてバイオマスを使用することが促進されるようになったこと、平成18年8月1日からはバイオマスを利用していると認定された製品にバイオマスマークを付す施策が開始され、平成24年8月1日からはその認定基準であるバイオマス度の下限値が10質量%とされたこと、バイオマスマークが付される対象となる製品には印刷インキも含まれることが認められ、これらの事情からすれば、本件優先日当時、印刷インキの技術分野においても、製品のバイオマス度を10質量%以上に高めることが一般的な課題とされていたといえる。
 イ また、証拠(乙1、2、4)によれば、セバシン酸は、本件優先日当時、バイオマス由来のものが一般に知られていたことが認められる上、甲2文献には、印刷インキ等に用いるポリエステル樹脂の原料としてセバシン酸が挙げられ、セバシン酸は植物由来のものの入手が比較的容易である旨が記載されていること(甲2の段落【0031】)、甲3文献には、印刷インキ等に用いるバイオポリウレタン樹脂の原料として植物由来のセバシン酸が挙げられ、セバシン酸はヒマシ油から生成される旨が記載されていること(甲3の段落【0025】)からすれば、本件優先日当時、印刷インキの技術分野において、樹脂の原料としてバイオマス由来のセバシン酸を用いることは、周知技術であったといえる。
 ウ 以上の各事情に加え、甲1文献には、甲1発明1のポリウレタンウレア樹脂の原料である二塩基酸としてセバシン酸が挙げられていること(甲1の段落【0016】)からすれば、この記載に接した当業者は、甲1発明1のグラビア印刷用ポリウレタンウレア樹脂組成物のバイオマス度を高めるための方法として、ポリウレタンウレア樹脂の原料の一つである二塩基酸としてバイオマス由来のセバシン酸を用いることを動機付けられるものといえる。
 エ 以上によれば、甲1文献に接した本件優先日時点における当業者は、甲1発明1のポリウレタンウレア樹脂の原料である二塩基酸としてバイオマス由来のセバシン酸を用い、同樹脂組成物のバイオマス度を10質量%以上に高めることを動機付けられるものといえるから、相違点2に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たものと認められる。
(6) 相違点3の容易想到性
 ア 相違点3に係る本件発明1の構成は、ポリウレタンウレア樹脂のアミン価を1~13mgKOH/gとし、重量平均分子量を10,000~100,000とするというものであるところ、甲1文献には、甲1発明1のポリウレタンウレア樹脂について、「アミン価は1.0~13.0mgKOHであることが好ましく」、「重量平均分子量は10000~100000であることが好ましい」旨記載されている(甲1の段落【0020】及び【0022】)。
 そうすると、相違点3に係る本件発明1の構成は、甲1発明1において予定されている範囲と全く同じものであるといえるから、相違点3は、実質的な相違点ではないというべきである。
 イ 上記の点を措くとしても、甲1発明1のポリウレタンウレア樹脂の原料をバイオマス由来のものにしようとする当業者は、同樹脂のアミン価及び重量平均分子量について、まずは甲1文献に記載された上記の各数値範囲を参考として調製を試みるのが通常であると考えられる。
 そうすると、甲1文献に接した本件優先日時点における当業者は、相違点3に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たものと認められる。
(7) 本件発明1の効果について
 ア 本件明細書をみても、ポリウレタンウレア樹脂の原料としてバイオマス由来のセバシン酸を用いることによって、同樹脂のバイオマス度が高まる以上の効果を奏する旨の記載は存しない。また、印刷塗膜中のバイオマス度を3~40質量%とすることについても、「バイオマス度(顔料を含まない)は3~40質量%であればよく、バイオマス度が大きければ大きいほ
ど、環境負荷低減に効果があり、好ましい。」(本件明細書の段落【0058】)とされているのみであり、バイオマス度の範囲を限定することによって何らかの効果が奏されるものとはうかがわれない。
 イ さらに、ポリウレタンウレア樹脂のアミン価を1~13mgKOH/gとし、重量平均分子量を10,000~100,000とすることについては、上記(6)アで検討したとおり、これらの数値は甲1発明1において予定されている範囲と全く同じものであるといえる上、本件明細書をみても、これらの数値範囲を限定することによって、一定のインキ特性を維持する以上の効果を奏する旨の記載は存しない。
 ウ 以上によれば、本件発明1について、甲1発明1からは予測し得ない顕著な作用効果があるものとは認められない。
(8) 原告の主張について
 ア 前記第3の1〔原告の主張〕(1)について
 原告は、ポリウレタンウレア樹脂の重量平均分子量及びアミン価は対象となるポリマーの原料の構成と一体不可分の関係にあるなどとして、相違点2及び3に係る構成について、一まとまりの技術的思想を表す一体不可分のものとして併せて容易想到性を判断すべきである旨主張する。
 しかしながら、ポリウレタンウレア樹脂を合成する際の有機ジアミンの量によってアミン価を調整することが可能であることは、本件優先日当時の技術常識であったと認められる。また、ポリウレタンウレア樹脂の合成には多くの成分が関係するのであるから、ポリウレタンウレア樹脂の重量平均分子量及びアミン価が、二塩基酸以外の成分や合成条件によっても変化することは明らかである。そうすると、ポリウレタンウレア樹脂において、重量平均分子量及びアミン価が二塩基酸の種類と一体不可分の関係にあるということはできないから、相違点2及び3に係る構成について、一まとまりの技術的思想を表す一体不可分のものとして、これを相違点Aとして併せて容易想到性を判断する必要はないというべきである。
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
 イ 同〔原告の主張〕(2)アについて
 原告は、相違点2について、甲1文献にはバイオマス由来の原料を用いることについて記載も示唆もないこと、バイオマス由来の原料を用いると印刷インキとしての性能が低下することが広く知られていたことなどから、当業者はポリウレタンウレア樹脂の原料をバイオマス由来のものに置き換えることを着想しない旨主張する。
 確かに、甲1文献には、バイオマス由来の原料を用いることに関する記載は存しない。また、甲3文献には、バイオマスポリマーについて、用途によっては従来の石油系のポリマーと比較して物性面が十分であるといい難い場合がある旨記載されている(甲3の段落【0002】)。
 しかしながら、上記(5)アで検討したとおり、本件優先日当時、印刷用インキの分野においても、製品のバイオマス度を10質量%以上に高めることが一般的な課題とされていたといえることからすれば、甲1文献にバイオマス由来の原料を用いることに関する記載が存しないからといって、当業者が甲1発明1のポリウレタンウレア樹脂組成物の原料をバイオマス由来のものに置き換えることを動機付けられないということはできない。また、バイオマス由来の成分を用いることによってポリウレタンウレア樹脂組成物のインキ性能が一定程度損なわれることがあるとしても、当業者としては、これを補うために各成分の配合量の調整等を試みるのが通常であるといえることからすれば、甲1発明1のポリウレタンウレア樹脂組成物の原料をバイオマス由来のものに置き換えようとすることが阻害されるものではないというべきである。
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。』
[コメント]
 本判決では、本件発明と甲1発明1との相違点1は争点外、相違点2(バイオマス由来成分とバイオマス度)は周知であること、相違点3(ポリウレタンウレア樹脂のアミン価及び重量平均分子量)は実質的な相違点ではないこと、また、効果については相違点に基づく効果が認められないとして、相違点の想到困難性を否定した取消決定が維持されている。
 原告(特許権者)は、取消理由のなかで、相違点2、3は一体不可分の関係にあるとの主張をしている。複数の相違点がそれぞれ想到容易であると判断される場合にも、複数の相違点の一体不可分の主張が有効に働き、想到困難性が認められる場合がある。しかし、複数の相違点が一体不可分にあることを主張するには、複数の相違点が有機的に一体化されていることを各相違点に基づき論理的に説明し、また、相違点に基づく効果とともに主張することが必要になる。
 なお、拒絶査定不服審判の審決では、異議取消決定に採用された引例と同様の引例が引用されているが、審決では、バイオマス由来のポリウレタンウレア樹脂について、主引用例の引用文献1(甲1)の「ポリウレタンウレア樹脂」からは、「バイオマス由来のポリウレタンウレア樹脂」を用いるという技術思想は見い出すことはできないこと、また、引用文献6(甲3)の「バイオポリウレタン樹脂」をインキのバインダーに適用した具体例はなく、実際に、当該用途において、本来の特性を失うことなく使用可能であるかは明らかではなく、ましてや、印刷塗膜中のバイオマス度(顔料を含まない)をどの程度の範囲のものとするかについては、引用文献6には示されてない、ことが示されている。
 審決では用途における構成材料の想到困難性が重要視され、一方、異議取消決定(判決)では周知課題に基づく構成材料の想到容易性が重要視されており、進歩性の判断における着眼の相違が興味深い。
以上
(担当弁理士:光吉 利之)

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