審決取消請求事件 » 令和2年(行ケ)第10115号「美容器」事件

名称:「美容器」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10115号 判決日:令和3年6月24日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:容易想到性、動機付け、阻害要因
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/449/090449_hanrei.pdf

[概要]
 ハンドルを任意の形状とすることが可能である旨が主引用例に記載されているとしても、主引用例に記載された発明のハンドルを敢えて長尺状のものとする動機付けがあるとはいえないから、相違点に係る構成が容易想到であるとした本件審決の判断には誤りがある、とされた事例。

[事件の経緯]
 原告は、特許第5356625号の特許権者である。
 被告が、当該特許の請求項1に係る発明についての特許無効審判(無効2019-800028号)を請求したところ、特許庁が、請求成立(特許無効)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本件発明]
【請求項1】
 ハンドルの先端部に一対のボールを、相互間隔をおいてそれぞれ一軸線を中心に回転可能に支持した美容器において、
 往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように、ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させて構成し、
 一対のボール支持軸の開き角度を65~80度、一対のボールの外周面間の間隔を10~13mmとし、
 前記ボールは、非貫通状態でボール支持軸に軸受部材を介して支持されており、
 ボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるようにした
ことを特徴とする美容器。

[審決]
1.甲1発明との相違点(相違点2、4及び5は省略)
 (相違点1)一対のボールを回転可能に支持しているのは、本件発明では、ハンドルの先端部であるのに対して、甲1発明では、先端部であるか不明である点。
 (相違点3)本件発明では、往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように、ボールの軸線をハンドルの中心軸に対して前傾させて構成しているのに対して、甲1発明では、そのような構成を有するか明らかでない点。

2.相違点1の判断
 ①甲1発明の任意の形状の中央ハンドルには、「球、あるいは他のあらゆる任意の形状とすることができる」という記載からみて、球以外の形状を含むものであるといえること、及び手で握られるハンドルの形状として長尺状の形状を採用することは通常の態様であり、ローラを備えたマッサージ器のハンドルの形状としても当該長尺状の形状は通常用いられる形状にすぎないことを踏まえれば、具体的に例示された「球」の他に、長尺状の形状のハンドルも含まれることは明らかであり、任意の形状として甲1の1に記載されたに等しい事項である、・・・(略)・・・③ハンドルに回転自在に支持された1対のボールによりマッサージを行うマッサージ器において、1対のボールをハンドルの先端部に配置することは、甲2の1及び甲3に記載された周知技術(以下「周知技術1」という。)にすぎず、甲1発明において周知技術1を適用することは当業者にとって何らの困難性はない、④したがって、相違点1に係る本件発明1の構成は、甲1発明に基づいて、又は甲1発明及び周知技術1に基づいて、当業者が容易に想到できたものといえる。

[取消事由]
 相違点1、3ないし5の容易想到性の判断の誤り

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『甲1には、請求項1に「任意の形状の中央ハンドル」との記載があり、発明の詳細な説明中に、ユーザが握る中央ハンドルは「球、あるいは他のあらゆる任意の形状とすることが可能である。」と記載があることから、長尺状のハンドルを排除するものではないと理解することはできる。しかし、「球、あるいは他のあらゆる任意の形状とすることが可能である。」との記載ぶりからすれば、まずは「球」が念頭に置かれていると理解するのが自然であり、しかも甲1の添付図(FIG.1、FIG.2)は、いずれも器具の正面図であり、実施例を表すとされているが、そこに描かれたハンドルの形状や全体のバランスに照らして、球状のハンドルが開示されているとしか理解できないものである。
 また、甲1には、甲1発明のマッサージ器具は、ユーザがハンドル(1)を握り、これを傾けて、ハンドルに2つの軸で固定された2つの回転可能な球を皮膚に当てて回転させると、球が進行方向に対して非垂直な軸で回転することにより、球の対称な滑りが生じ、球の間に拘束されて挟まれた皮膚を集めて皮膚に沿って動き、引っ張る代わりに押圧すると、球の滑りと皮膚に沿った動きによって皮膚が引き伸ばされることが開示されているところ、こうした2つの球がハンドルに2つの軸に固定され、2つの軸が70~100度をなす角度で調整された甲1発明において、球が進行方向に対して非垂直な軸で回転し、球の間に拘束されて挟まれた皮膚を集めて皮膚に沿った動きをさせるためには、ハンドルを進行方向に向かって倒す方向に傾けることが前提となる。
 ハンドルが球状のものであれば、後述するハンドルの周囲に軸で4個の球を固定した場合を含めて、把持したハンドル(1)の角度を適宜調整して進行方向に向かって倒す方向に傾けることが可能である。しかし、ハンドルを長尺状のものとし、その先端部に2つの球を支持する構成とすると、球状のハンドルと比較して傾けられる角度に制約があるために進行方向に傾けて引っ張る際にハンドルの把持部と肌が干渉して操作性に支障が生じかねず、こうした操作性を解消するために長尺状の形状を改良する(例えば、本件発明のように、ボールの軸線をハンドルの中心軸に対して前傾させて構成させる(相違点3の構成)。)必要が更に生じることになる。そうすると、甲1の中央ハンドルを球に限らず「任意の形状」とすることが可能であるとの開示があるといっても、甲1発明の中央ハンドルをあえて長尺状のものとする動機付けがあるとはいえない。
 また、甲1においては、「マッサージする面に適合させるために、より大きな直径を持つ1つまたは2つの追加球をハンドルが受容可能である」形態も開示されており、FIG.2には、小さい直径の球(2)を2つ、大きな直径球(3)を2つそれぞれハンドル(1)に軸によって固定された図が開示されている。このような実施例において、ハンドル(1)を球状から長尺状とすると、前記のとおり、甲1発明のマッサージ器具は、ユーザがハンドル(1)を握り、これを傾けて、ハンドルに2つの軸で固定された2つの回転可能な球を皮膚に当てて回転させると、球が進行方向に対して非垂直な軸で回転することにより、球の対称な滑りが生じ、球の間に拘束されて挟まれた皮膚を集めて皮膚に沿って動き、引っ張る代わりに押圧すると、球の滑りと皮膚に沿った動きによって皮膚が引き伸ばされるとの作用効果を生じるところ、例えば、大きい球(3)を皮膚に当てることを想定し、長尺状のハンドルを中心軸に前傾させて構成させると、小さい球(2)を皮膚に当てるときには、ハンドルを進行方向に対して傾けて小さい球(2)の球を引っ張ることができなくなる。したがって、こうした点からすると、甲1のハンドル(1)を長尺状のものとすることには、むしろ阻害要因があるといえる。

[コメント]
 本件における「他のあらゆる任意の形状とすることが可能である」といった、制約を取り払うかのような説明を明細書に記載することは往々にして行われている。しかし、当然ながら、そのような記載があるからといって一切の制約を受けないわけではなく、発明の趣旨を逸脱することになる構成は含まれない。
 審決においても、甲1の「ハンドルは、球、あるいは他のあらゆる任意の形状とすることが可能である」という記載のみに依拠したわけではなく、この種のマッサージ器のハンドルに長尺状の形状が通常用いられている事情などを踏まえ、甲1発明のハンドルの形状として長尺状の形状が含まれると判断されていた。
 これに対し、本判決は、甲1発明のハンドルをあえて長尺状のものとする動機付けがあるとはいえないと判断し、審決の判断を覆した。甲1からは球状のハンドルが開示されているとしか理解できないこと、及び、甲1発明のハンドルを長尺状の形状にすると、進行方向に傾けて引っ張る際に、ハンドルの把持部が皮膚と干渉して操作性に支障が生じかねず、それを解消するために更なる形状の改良が必要になることが理由とされている。また、より大きな直径を有する追加球を用いた実施例では、ハンドルを長尺状の形状にすると所望の作用効果が得られないとして、阻害要因の存在が認められている。
 更なる改良の必要性に基づいて動機付けを判断している点や、変形例(追加球を用いた実施例)に基づいて阻害要因を検討している点など、実務上の参考になると思われる。

以上
(担当弁理士:椚田 泰司)