審決取消請求事件 » 令和3年(行ケ)第10016号「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」事件

名称:「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和3年(行ケ)第10016号 判決日:令和3年11月30日
判決:請求棄却
特許法67条4項(改正前の特許法67条2項)
キーワード:存続期間の延長登録
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/725/https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/725/090725_hanrei.pdf090725_hanrei.pdf

[概要]
本件各発明における「緩衝剤」に、オキサリプラチンから遊離したシュウ酸は含まれないと解するのが相当であり、本件医薬品には緩衝剤が外から添加されていないから、本件医薬品を製造・販売することは本件各発明の実施に当たらず、特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないとして延長登録出願に係る本件拒絶審決が維持された事例。

[事件の経緯]
原告が、本件特許(第4430229号)についてした特許権存続期間延長登録出願に係る拒絶査定不服審判(不服2019-15516号)を請求したところ、特許庁が請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、特許庁長官を被告として、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本願発明]
【請求項1】
オキサリプラチン、有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって、製薬上許容可能な担体が水であり、緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり、
1)緩衝剤の量が、以下の:
(a)5×10-5M~1×10-2M、
(b)5×10-5M~5×10-3M、
(c)5×10-5M~2×10-3M、
(d)1×10-4M~2×10-3M、または
(e)1×10-4M~5×10-3M
の範囲のモル濃度である、pHが3~4.5の範囲の組成物、あるいは
2)緩衝剤の量が、5×10-5M~1×10-4Mの範囲のモル濃度である、組成物。

[審決]
本件各発明は、所定の「緩衝剤の量」を発明特定事項として含むものであり、この「緩衝剤の量」とは、オキサリプラチン溶液組成物の作製時に、オキサリプラチン及び担体に添加、混合された緩衝剤の量を意味し、オキサリプラチン溶液組成物中のオキサリプラチンが経時的に分解することで生じたシュウ酸の量は、当該「緩衝剤の量」に含まれないと解するのが相当である。本件医薬品において、「延長の理由を記載した資料」等をみても、緩衝剤が外から添加されたものとは認められない。したがって、本件医薬品は、本件各発明のいずれについても、発明特定事項の全てを備えているといえず、特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められない。

[争点]
1.「緩衝剤の量」の認定の誤り

[裁判所の判断]
『2 延長登録について
特許権の存続期間の延長登録の制度は、政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものであるから、本件医薬品の製造販売が、本件各発明の実施に当たらないのであれば、本件処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかったということはできない。
ところで、本件処分は、オキサリプラチンを有効成分とする「エルプラット点滴静注液50mg」(本件医薬品)・・・(略)・・・の製造販売についての承認である。原告は、本件医薬品はオキサリプラチンと注射用水からなり、本件医薬品中でオキサリプラチンが水と反応して遊離したシュウ酸を緩衝剤とする旨主張している。
そこで、以下、本件医薬品の製造販売行為が、本件各発明の実施に当たるか検討する。』

『3 本件各発明の「緩衝剤の量」について
・・・(略)・・・
(2)原告は本件審決における「緩衝剤の量」の認定に誤りがあると主張するので検討するに、上記(1)の特許請求の範囲の記載からすると、「緩衝剤」は、溶液に添加したり、混合することを前提とするものと解するのが自然である。また、上記の通り、本件発明1~9及び15~17が、オキサリプラチン、緩衝剤及び担体を含む溶液組成物に係るものであるところ、オキサリプラチンを水に溶解させたときに生じるシュウ酸を緩衝剤と称し、オキサリプラチンや水とは別個の要素として把握するのは不自然である。さらに、「緩衝剤」の「剤」は、「各種の薬を調合すること。また、その薬」(広辞苑〔第6版〕)を意味するから、この一般的な意義に従うと、「緩衝剤」は、「緩衝作用を有する薬」を意味すると解される。そうすると、特許請求の範囲の記載からは、本件各発明における「緩衝剤」に、オキサリプラチンから遊離したシュウ酸は含まれないと解するのが相当である。
(3)次に、特許請求の範囲に記載された用語の意義は、明細書の記載を考慮して解釈するものとされる(特許法70条2項)ので、本件明細書(甲1)の記載をみると、前記1(1)のとおり、「緩衝剤という用語」について・・・(略)・・・「緩衝作用を有する薬」を意味するものと理解することは、本件明細書の記載にも整合する。
なお、原告は、本件において、本件明細書の記載を考慮すべきではない旨主張しているが、特許法70条2項は一般的に特許発明の技術的範囲を定める場面に適用され、特許侵害訴訟における充足性を検討する場面にのみ適用されるものではないから、原告の上記主張は採用できない。・・・(略)・・・
(4)そして、前記1(2)のとおり、本件各発明が、オキサリプラチンと水からなる従来技術よりも安定したオキサリプラチン溶液組成物を提供することを目的とするものであることに加え、本件明細書には、緩衝剤としてシュウ酸が二水和物として付加される実施例1~17が記載され、オキサリプラチン及び水のみからなる実施例18は従来技術である比較例とされていることなどの本件明細書のその余の記載を考慮しても、「緩衝剤」にオキサリプラチンから遊離したシュウ酸を含むと認めることはできない。そうすると、「緩衝剤の量」に、オキサリプラチンから遊離したシュウ酸の量を含めるべきであるという原告の主張を採用することはできず、本件発明1の「緩衝剤の量」について、「オキサリプラチン溶液組成物の作製時に、オキサリプラチン及び担体に添加、混合された緩衝剤の量を意味し、オキサリプラチン溶液組成物中のオキサリプラチンが経時的に分解することで生じたシュウ酸の量は、当該『緩衝剤の量』に含まれない」とする本件審決の認定に誤りはない。』

『4 本件医薬品を製造販売する行為が本件各発明の実施行為に該当するか否かについて
(1)証拠(甲9)によると、本件医薬品中のシュウ酸モル濃度は、製造直後において5×10-5M、36箇月保存後において8×10-5Mであることが認められるものの、前記3のとおり、オキサリプラチン溶液組成物中のオキサリプラチンが経時的に分解することで生じたシュウ酸の量は、本件各発明における「緩衝剤の量」に含まれないから、本件医薬品のシュウ酸モル濃度から直ちに、本件医薬品が本件各発明の「緩衝剤の量」の範囲の緩衝剤を含有するということはできない。そして、証拠(甲3、10)によると、本件医薬品は、オキサリプラチンと注射用水のみを成分とし、その他の添加物はないことが認められるから、本件各発明における「緩衝剤」すなわち「オキサリプラチン溶液組成物の作製時に、オキサリプラチン及び担体に添加、混合された緩衝剤」を含有しないというほかないから、本件医薬品は、本件各発明における「緩衝剤の量」の範囲を満たす量の「緩衝剤」を含有しない。
(2)そうすると、本件医薬品を製造・販売することは、本件各発明の実施に当たらないから、本件医薬品には緩衝剤が外から添加されていないとして、特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないとした本件審決の判断に誤りはない。』

[コメント]
裁判所は、本件発明が「オキサリプラチン溶液組成物の作製時に、オキサリプラチン及び担体に添加、混合された緩衝剤」を含有する必要があるところ、本件医薬品は、オキサリプラチンと注射用水のみを成分とし、オキサリプラチン溶液組成物中のオキサリプラチンが経時的に分解することで生じたシュウ酸の量は、本件各発明における「緩衝剤の量」に含まれないから、本件医薬品を製造・販売することは、本件各発明の実施に当たらず、本件医薬品には緩衝剤が外から添加されていないとして、特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないとした本件審決の判断に誤りはないと判断した。
本事件は、「オキサリプラチン溶液組成物」に関する特許権の構成要件である「緩衝剤」としての「シュウ酸」は、添加シュウ酸に限られ、化学平衡による解離シュウ酸は含まないとして、差止めおよび廃棄を認めた原審判決が取り消された特許権侵害行為差止等請求事件(平成28年(ネ)第10031号)と軌を同一にするものであり、延長登録出願の場面においても同様の認定が適用されることを確認した点で意義がある。
医薬品メーカーは、医薬品に係る特許権の存続期間を最大化するために、物質や製法、用途といった種々のカテゴリーにおいて、延長登録出願を含めた出願戦略を検討していこうとするところ、有効成分が経時的に分解し得る場合には、今後は有効成分だけでなく有効成分の分解物の存在までも考慮に入れる必要があると予想される。
以上
(担当弁理士:藤井 康輔)