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令和2年(行ケ)第10123号「燃料電池システム」事件

名称:「燃料電池システム」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10123号 判決日:令和3年10月7日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:相違点の認定、容易想到性の判断
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/621/090621_hanrei.pdf
[概要]
本願発明の制御装置と引用発明の短絡制御回路が、「水和レベルを増加させる再水和間隔を提供するために」という点で一致しているとした点において本件審決には誤りがあり、この相違点の看過に基づく容易想到性の判断にも誤りがあるとして、審決が取り消された事例。
[事件の経緯]
原告は特願2016-511135号の特許出願人である。
原告が、本件特許出願の拒絶査定に対する不服審判請求(不服2019-4325号)をするとともに、手続補正書を提出した(以下、この手続補正を「本件補正」という。)ところ、特許庁は、本件補正が適法にされたものであると認めた上で、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、審決を取消した。
[本願発明](本件補正後の請求項1)
燃料電池システムであって、
第1の燃料電池スタックと、
前記第1の燃料電池スタックと直列の、第2の燃料電池スタックと、
前記第1の燃料電池スタックと並列の、第1の整流器と、
前記第1の燃料電池スタックの水和レベルを増加させる再水和間隔を提供するために、定期的に、かつ前記燃料電池システム上の電流需要とは独立して、前記第1の燃料電池スタックを通る空気流動を調節するように構成される、制御装置と、
を備える、前記燃料電池システム。
[審決で認定された本願発明と引用発明との一致点](下線は筆者が付した)
燃料電池システムであって、
第1の燃料電池スタックと、
前記第1の燃料電池スタックと直列の、第2の燃料電池スタックと、
前記第1の燃料電池スタックと並列の、第1の整流器と、
前記第1の燃料電池スタックの水和レベルを増加させる再水和間隔を提供するために、所定条件で、かつ前記燃料電池システム上の電流需要とは独立して、前記第1の燃料電池スタックを通る気体流動を調節するように構成される、制御装置と、
を備える、前記燃料電池システム。
[原告主張の主な取消事由]
1 本願発明と引用発明の一致点及び相違点の認定の誤り
2 相違点1に係る容易想到性の判断の誤り
3 相違点2に係る容易想到性の判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1 本願発明の「第1の整流器」と引用発明の「電界効果トランジスタ」の対比
『イ 引用発明の「電界効果トランジスタ」は、甲3における「第1の条件」において、「不良燃料セルのアノードとカソードの間の電流を短絡し、よってその不良燃料電池のための電流側路を設ける」もの(甲3の段落【0009】)であり、甲3の【図3】において、電気的なスイッチ124(nチャネルMOSFET)として示されているもので、開放電気状態と閉鎖電気状態とを有する(同【0020】~【0022】)。そして、引用発明においては、燃料電池の出力電圧が約0.4Vより低くなるような場合に、電界効果トランジスタが閉鎖電気状態とされる(同【0023】)。
この点、電界効果トランジスタが閉鎖電気状態とされた場合、ドレインからソース、ソースからドレインのいずれの方向にも電流が流れ得ることは、技術常識であるから、直ちに引用発明の電界効果トランジスタが整流器に相当するものとはいえない。
そこで、上記のように、引用発明の電界効果トランジスタが閉鎖電気状態とされた場合の電流の流れについて検討すると、燃料電池の出力電圧が約0.4Vより低くなるような状態となって電界効果トランジスタが閉鎖電気状態とされた時点では、燃料電池のアノード、カソード間の電位差により、電界効果トランジスタでは、カソード53側からアノード52側へ電流が流れ、その後、燃料電池の電位差が低下することによって、アノード52側からカソード53側へ電流が流れるに至るものと解するのが相当である。そうすると、甲3において、好適実施例として記載されている【図3】の構成においても、電界効果トランジスタを流れる電流は一方向に限定されているものではない。
ウ 以上によると、本願発明における第1の整流器が飽くまで一方向にのみ電流を流すものであるのに対し、引用発明における電界効果トランジスタは、双方向に電流を流すものであるから、引用発明の電界効果トランジスタが本願発明の第1の整流器に相当するとはいえず、この点において、本件審決には誤りがある。』
2 本願発明の「制御装置」と引用発明の「短絡制御回路」との対比
『ア(ア) 本願発明の制御装置は、「燃料電池スタックの水和レベルを増加させる再水和間隔を提供するために」、「燃料電池スタックを通る空気流動を調節するように構成される」ものである。
(イ) ・・・(略)・・・上記のうち「燃料電池スタックの水和レベルを増加させる再水和間隔を提供するために」については、燃料電池の良好な動作のために、膜/電極接合体(MEA)が好適に水和された状態とすべく、MEA内の水分量を積極的に増加させるという目的をいうものと解される。この点、本願明細書の段落【0036】及び【0037】には、「再水和間隔」が、燃料電池カソードにおいて過剰な水を産生して燃料電池における膜の水分量を増加させる短い期間であって、燃料電池上の外部電気負荷及び温度などのその環境動作条件に基づき有効であるレベルを超えて、水和レベルを増加させるために、燃料電池アセンブリがその動作環境を能動的に制御する期間である旨が記載されているところである。
そして、「燃料電池スタックを通る空気流動を調節する」については、上記目的のために、膜の含水量の低下等をもたらし得る空気流動を調節することをいうものと解される。
イ 引用発明の短絡制御回路は、「燃料電池の負の水和降下現象を防止するために」、「燃料電池への燃料ガスの供給を停止する」ものであるところ、このうち「負の水和降下現象」の意味内容については、前記2(3)イで検討したとおりである。そして、その意味内容を踏まえると、「負の水和降下現象を防止する」とは、基本的に、MEAにおける水和の損失が、熱の発生につながり、それが薄膜電極アセンブリの乾燥につながるといった状態を停止させる、又は抑制することをいうものと解される。
そして、「燃料電池への燃料ガスの供給を停止する」については、上記目的のために、燃料電池の発熱につながる燃料ガスの供給を停止することをいうものと解される。
ウ(ア) 上記ア及びイによると、本願発明の「制御装置」と引用発明の「短絡制御回路」は、MEA内の水分量を積極的に増加させることを目的とするか、MEAにおける水和の損失等を停止させる、又は抑制することを目的とするにとどまるかといった点において異なるとともに、燃料電池のカソード側で水分の低下につながり得る空気流動を調節するか、アノード側で熱の発生につながる燃料ガスの供給を停止するかといった点においても異なっている。
・・・(略)・・・
オ 以上によると、本願発明の制御装置と引用発明の短絡制御回路が、「水和レベルを増加させる再水和間隔を提供するために」という点で一致しているとした点において、本件審決には誤りがある。
・・・(略)・・・
(イ) 被告は、本願発明における水和レベルの増加のメカニズムが明確でなく、本願の実施例で実行される制御で水和レベルが増加するのであれば、引用発明でも同様であるという旨を主張するが、本願発明における「燃料電池スタックの水和レベルを増加させる再水和間隔を提供するために」の意味内容については、前記ア(イ)で認定判断したとおりであって、そのメカニズムが明確か否かという点は、直ちに本願発明と引用発明の一致点及び相違点の判断に影響を与えるものではない。』
3 一致点・相違点について
『(4) まとめ
ア 以上によると、本願発明と引用発明は、次の一致点で一致し、本件審決が認定した相違点1及び2のほか、次の相違点3及び4で相違するというべきである。
(一致点)
・・・略・・・
(相違点1)
・・・略・・・
(相違点2)
・・・略・・・
(相違点3)
第1の電子部品に関し、本願発明は、電子部品は整流器であるのに対し、引用発明は、電子部品は電界効果トランジスタである点。
(相違点4)
燃料電池スタックの水和状態を調整するために関し、本願発明は、水和レベルを増加させる再水和間隔を提供するためであるのに対し、引用発明は、負の水和降下現象を防止するためである点。
イ その上で、後記5の点も踏まえると、少なくとも相違点4の看過は、本件審決の取消事由に当たるというべきである。』
4 容易想到性の判断について
『(2)ア 前記4(3)イからすると、引用発明が「燃料電池の出力電圧が0.4Vより低くなる場合」に「燃料ガス」を調節する目的は、主として熱の発生を抑えることで「負の水和降下現象を防止する」ためであり、これは、甲3にいう「第1の動作条件」(甲3の段落【0024】)に係るものである。
他方で、甲3には、「第2の動作条件」として、燃料電池の特性パラメータを回復させる構成が記載されている(甲3の段落【0025】~【0027】)。
このように、二つの条件に係る構成があることに加え、甲3の段落【0001】、【0009】、【0023】、【0029】及び【0030】の記載並びに【図4】に照らし、上記「第1の動作条件」が、基本的に、「燃料電池が故障した際」(同【0001】。【図4】にいう「欠陥は重大」である場合である。)に係るものとみられることからすると、相違点1、2及び4に係る引用発明の構成は、燃料電池の故障を示すものとみ得る状態を具体的に検知し、負の水和降下現象を防止するために、燃料ガスの供給を停止して熱の発生を抑えるためのものと解するのが相当である。
イ 上記のような燃料電池の故障を示すものとみ得る状態を具体的に検知したとの引用発明に係る「燃料電池の出力電圧が0.4Vより低くなる場合」の動作について、実際の出力が閾値以上に変化しているか否かにかかわらず、これを「定期的に」行うことを想到することが、当業者において容易であるとはいい難いというべきである。甲3に、引用発明に係る燃料ガスの供給の停止を定期的に行うこととする動機付けや示唆があるとは認められない。甲3の段落【0024】には、第1の動作条件について、「約0.4Vより低い範囲に低下する場合」以外の記載があるが、そこで挙げられている他の特性パラメータも、燃料電池の故障を示すものとみ得る状態の検知の範疇に止まるものである。燃料電池の保湿レベルを周期的に増加させることに係る周知の事項(甲4[前記3(1)]、甲5[前記3(2)])を参照しても、上記判断は左右されない。
・・・(略)・・・
ウ また、引用発明が、上記アのように、主として熱の発生を抑えることを目的としたものであることを考慮すると、「気体流動を調節する」ことについて、引用発明から、燃料電池の乾燥につながり得る一方で冷却効果をも有する空気の流動(本願明細書の段落【0006】参照)を停止することを、当業者が容易に想到し得たということも困難である。甲3に、空気の流動を調節することの動機付けや示唆があるとは認められない。』
[コメント]
知財高裁では、本願発明と引用発明とのそれぞれの課題及び作用効果を、各明細書の記載に基づいて技術的な観点から認定した上で、引用発明の制御装置と本願発明の制御装置の動作内容の相違点を認定した。今回の判決は妥当であると思われる。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)

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