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令和2年(行ケ)第10052号「二酸化炭素含有粘性組成物」事件

名称:「二酸化炭素含有粘性組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10052号 判決日:令和3年6月29日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:相違点の判断
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/460/090460_hanrei.pdf
[概要]
 気泡状の二酸化炭素を発生させて利用する技術分野において、ガス保留性(気泡状の二炭化炭素の持続性)を維持するという課題が知られていたとしても、その課題を、皮膚粘膜疾患等に伴う痒みに有効な製剤等を提供するために、二酸化炭素を気泡状で持続的に保持させる「粘性」を付与することによって解決することを、引用発明に基づいて容易に想到することができたとは認められないという理由により、審決取消訴訟における原告の請求を棄却した事例。
[事件の経緯]
 被告は、特許第4912492号の特許権者である。
 原告が、当該特許の請求項1~7に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2019-800049号)を請求し、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】(本件発明1)
 医薬組成物又は化粧料として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得るためのキットであって、
1)炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と、酸を含有する顆粒剤、細粒剤、又は粉末剤の組み合わせ;
2)酸及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と、炭酸塩を含有する顆粒剤、細粒剤、又は粉末剤の組み合わせ;又は
3)炭酸塩と酸を含有する複合顆粒剤、細粒剤、又は粉末剤と、アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物の組み合わせ;
からなり、
含水粘性組成物が、二酸化炭素を気泡状で保持できるものであることを特徴とする、
含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する前記二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット。
[取消事由]
 取消事由2(相違点1及び相違点2についての容易想到性の判断の誤り)
[相違点1]
「二酸化炭素含有組成物」が、本件発明1においては、「粘性」を有するものであるのに対し、甲1発明においては、「入浴剤バブを割った剤を湯に完全に溶かした組成物」であり、粘性の特定がない点。
[相違点2]
「炭酸塩を含むもの」が、本件発明1においては、「1)炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と、酸を含有する顆粒剤、細粒剤、又は粉末剤の組み合わせ;2)酸及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と、炭酸塩を含有する顆粒剤、細粒剤、又は粉末剤の組み合わせ;又は3)炭酸塩と酸を含有する複合顆粒剤、細粒剤、又は粉末剤と、アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物の組み合わせ;からなり、含水粘性組成物が、二酸化炭素を気泡状で保持できるものであることを特徴とする、含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する前記二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット」であるのに対し、甲1発明においては、「炭酸水素ナトリウムを含み、湯に溶かして炭酸ガスを発生させるものである入浴剤バブを割った剤」である点。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
 『(1)相違点1に係る容易想到性について
 ア 本件発明1における二酸化炭素含有組成物は「粘性」を有するものであるところ、本件発明は、・・・(略)・・・との記載があることを踏まえると、本件発明1の二酸化炭素含有粘性組成物における「粘性」とは、二酸化炭素を気泡状で相応の時間にわたり保持できる程度の粘性を意味するものと解される
 イ(ア) 甲1の記載のうち、【作用機序・効果】欄の記載や、【使用方法】における約42度の湯を用いる旨の記載等を踏まえると、甲1の【作用機序・効果】欄に記載の甲1発明が利用する「温泉の効果」とは、古くから知られる炭酸泉の効果、すなわち、炭酸泉に含まれる炭酸ガスの末梢血管拡張作用に基づく循環改善効果及び湯の温熱作用による血行改善効果(甲71~73)の双方を含むものと解される。
 そして、上記の点に加え、甲1の図17に「バケツにバブ片を1~数個入れ、完全に溶けるまで待つ」との説明が記載されていることを踏まえると、甲1発明の「入浴剤バブを割った剤を湯に完全に溶かした組成物」について、甲1発明における上記の湯の温度やバブ片の個数等は、バブ片が完全に溶けた状態で、なお一定の温度にある水分中に循環改善効果が期待できる濃度の炭酸ガスを含有させた状態とすることを企図したものと認められるところであって、そのような「組成物」に、二酸化炭素がなお「気泡」の状態で存しているものとは解されない
 (イ) 甲1に、二酸化炭素を気泡状で相応の時間にわたり保持できる程度の粘性を付与することの記載はなく、そのことについての示唆や動機付けとなる記載があるとは認められない
 また、甲1発明の「入浴剤バブを割った剤を湯に完全に溶かした組成物」については、上記のとおり二酸化炭素が「気泡」の状態で存しているものとは解されないから、二酸化炭素の保持について「気泡」という点に着眼することが直ちに容易であるとは解し難いし、二酸化炭素を気泡状で相応の時間にわたり保持できる程度の粘性を付与した場合、温湿布や足浴に用いたりする場合の使用感や利便性が少なからず変化するとみられる。これらのことも、上記のように示唆や動機付けがあるとはみられないことを裏付けるものである。
 ウ 原告は、証拠(甲4~6、13、26、45、57~59)から、気泡状の二酸化炭素を発生させて利用する技術分野において、二酸化炭素の発生・保持の持続性を高めるために媒質に粘性を持たせるという技術は、周知技術であったと主張するが、これらの原告が指摘する各証拠のうち、甲4、5、26、45及び59には、「二酸化炭素の気泡」についての記載はなく、甲13には、媒質の「粘性」についての記載はなく、甲57及び58には、界面活性剤についての記載があるのみである。結局のところ、「二酸化炭素の気泡」の「粘性」について記載されているのは、甲6のみである。このような各証拠を寄せ集めて原告が主張する周知技術を認めることはできず、これらの証拠から、原告が主張する周知技術が存したとは認められない。なお、甲6は、食品(ゼリー用粉末等)に関する発明であって、本件発明とは技術分野が大きく異なり、甲1発明に甲6に記載された発明を適用する動機付けは認められない
 エ 原告は、①甲1に「バブが溶けた湯にガーゼやタオルを浸し、それを褥瘡部に当てて温湿布をする」という記載があること、②甲1文献に、本件発明の粘性組成物の代表例であるアルギン酸塩をガーゼに塗布する挿絵があること、③甲1文献に、「4)特殊ガーゼ類」の項において、「抗菌作用を有したり、生体面と固着しないように処理されたガーゼ(メッシュ)」で褥瘡を被覆する方法が記載されていること、④甲1文献には、「バブ浴」の記載があり(甲76)、甲1文献を見てバブ浴を行う当業者は、上記のガーゼに粘性組成物を浸すことについての記載も必ず読むことなどを指摘する。
 しかし、前記3(2)イの甲1文献の挿絵(上記②)やガーゼによる褥瘡の被覆(上記③)に対し、甲76の「5)バブ浴」の記載(上記④)は、「6.理学的療法(主に「浅い褥瘡」に適用する)」の項に記載されているところ、甲1文献には、「以上のように非常に多くの褥瘡治療法があるが、その中でも外用剤や被覆材による治療が中心となる。」と記載され、上記のうち「外用剤や被覆材による治療」は、「2.外用剤を創部局所に使用する」及び「3.創面を被覆する」を指すものと解されるから、甲1文献に接した当業者において、上記「5)バブ浴」の記載(上記①、④)と上記挿絵(上記②)及びガーゼによる褥瘡の被覆(上記③)の記載とは、それぞれ異なる治療法に係る記載であると理解するものと解される。それゆえ、上記①~④から、甲1文献に、二酸化炭素を気泡状で保持できる程度の粘性を付与することの示唆や動機付けがあると認めることはできない
 オ したがって、気泡状の二酸化炭素を発生させて利用する技術分野において、ガス保留性(気泡状の二炭化炭素の持続性)を維持するという課題が知られていたとしても、その課題を、「皮膚粘膜疾患もしくは皮膚粘膜障害に伴う痒みに有効な製剤とそれを用いる治療及び予防方法を提供すること」とともに、「皮膚や毛髪などの美容上の問題及び部分肥満に有効な製剤とそれを用いる予防及び治療方法を提供すること」のために、二酸化炭素を気泡状で持続的に保持させる「粘性」を付与することによって解決することを、当業者が甲1発明に基づいて容易に想到することができたとは認められない。なお、C医師が述べる本件発明に至る経緯(甲2、
3)は、本件発明を思いつくきっかけとなった出来事について述べたものにすぎず、本件発明1を甲1発明に基づいて容易に想到することができないとの上記認定を左右するものではない。』
[コメント]
 裁判所(特許庁も)は、本件発明の課題及びその解決手段を個別的・具体的に把握し、引用発明にはこれらについての示唆や動機付けがないとして、相違点は容易に想到することができたとは認められないと判断している。
 本件に限らず、進歩性が肯定される場面では、このように、本件発明の解決課題を的確に把握したうえで、引用発明にはその課題が存在しない(あるいは本件発明とは異なる)ため、その解決手段(相違点に係る発明特定事項)を適用する動機付けはないとする論理構成がよくみられる。

以上
(担当弁理士:片岡 慎吾)

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