IP case studies判例研究

令和2年(行ケ)第10054号「核酸分解処理装置」事件

名称:「核酸分解処理装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10054号 判決日:令和3年7月20日
判決:審決取消
条文:特許法29条2項
キーワード:進歩性、技術常識、周知技術、取消判決の拘束力
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/493/090493_hanrei.pdf
[概要]
 一次判決の拘束力の範囲を踏まえて、本件発明に対して、甲1発明と甲2に開示された事項に、周知技術ないし技術常識を参酌して適用した結果、当業者が予測し得ない顕著な効果を奏すると認めるに足りる証拠はないとして、本件発明に当業者が容易に想到することができないと判断した本件審決を取り消した事例。
[事件の経緯]
 被告は、特許第5463378号の特許権者である。
 特許庁は、被告の訂正(一次訂正)を認めた上で、無効不成立審決(一次審決)したため、原告は、一次審決の取り消しを求め、審決取消請求訴訟を提起し、一次審決が取り消され(一次判決)、その後確定した。
 特許庁は、無効審判の審理を再開し、被告の訂正(本件訂正)を認めた上で、無効不成立審決(本件審決)をしたため、原告は、本件審決の取り消しを求め、本件訴訟を提起した。
 知財高裁は、原告の請求を認容し、本件審決を取り消した。
[訂正発明2](下線は一次訂正と同内容。二重下線は一次訂正と異なる部分。波線下線は主な争点になった箇所を示す。)
【請求項2】
 メタノールタンクから供給されたメタノールを霧状に噴射するノズルを備え、該ノズルを介して噴射されたメタノールを気化してメタノールガスを発生させるメタノールガス発生部と、上記メタノールガス発生部の上方に位置して、熱反射可能な多孔質金属材料で互いに隔てられた上部と下部とからなり、該上部には空気を供給する空気供給部が連結されており、該メタノールガス発生部から発生したメタノールガスを自然対流により上方に移行させる流路となるとともに、上記メタノールガスに該空気供給部から供給された空気を所定の割合で混合させる筒体部と、上記筒体部の上方に位置し、該筒体部において上記所定の割合で空気が混合したメタノールガスを触媒反応によりラジカル化する触媒部とを有し、上記触媒部は、金属薄板をハニカム構造に成形してなるラジカル反応触媒より構成され、該ラジカル反応触媒を複数積層してなり、空気が混合したメタノールガスを触媒反応によりラジカル化して少なくともメタノールに由来する活性種を含み生成される複合ガス(以下「バイオガス」という)を発生するバイオガス発生部と、
 上記バイオガス発生部における生成ガス量を供給空気量とメタノール量で制御する生成ガス量制御手段と、
 上記バイオガス発生部により発生したバイオガスが供給される暴露部と、
 上記暴露部の暴露空間内の温度を制御する温度制御手段と、
 上記暴露部の暴露空間内の湿度を制御する湿度制御手段と、
 上記暴露部に供給されたバイオガスを排気する排気処理部と、
 上記排気処理部により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御するバイオガスの排気量制御手段と、
 上記暴露部におけるバイオガスのホルムアルデヒド成分の濃度を測定するホルムアルデヒド成分濃度測定手段と、
 臭いを検出又は測定する手段を備え、
 上記ホルムアルデヒド成分濃度測定手段による測定結果として得られるガス濃度情報が上記生成ガス量制御手段に帰還され、上記バイオガス発生部において、一定の触媒の自己反応温度と濃度のバイオガスとなるように、上記生成ガス量制御手段により上記バイオガス発生部における生成ガス量が供給空気量とメタノール量で制御されるとともに、上記排気量制御手段により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御することにより、上記暴露部の庫内ガス濃度を一定にし、
 上記排気量制御手段により制御される排気処理手段による上記暴露部の暴露空間内のバイオガスの排気処理に起因して生じる庫内差圧を検出する庫内差圧検出手段を備え、
 上記庫内差圧検出手段による検出結果から得られる庫内差圧情報が上記排気量制御手段に帰還され、上記排気量制御手段により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御することにより、上記暴露部の庫内差圧を陰圧で一定にすることを特徴とする核酸分解処理装置。
[取消事由]
 取消事由1-1(甲1を主引用例とする訂正発明2の進歩性の判断の誤り)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『取消事由1-1(甲1を主引用例とする訂正発明2の進歩性の判断の誤り)について
 (1) 特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは、審判官は特許法181条2項の規定に従い当該審判事件について更に審理を行い、審決をすることとなるが、審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるから、再度の審理ないし審決には、同法33条1項の規定により、上記取消判決の拘束力が及び、この拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、取消判決の上記認定判断に抵触する認定判断をすることは許されず(最高裁第三小法廷判決平成4年4月28日判決・民集46巻4号245頁参照)、その審判を不服とする審決取消訴訟においても、これを前提に判断されるべきことになる。
 前記第2の3(2)のとおり、一次判決は、①甲2における「本発明」の第2の実施の形態の「微差圧検出器56」、「コントロールユニット58」及び「排気量調整電磁弁74及び送風機82」は、それぞれ、訂正前発明2における「庫内差圧手段」、「上記庫内差圧検出手段による検出結果による検出結果から得られる庫内差圧情報が・・・帰還され」る「上記排気量制御手段」及び「上記排気量制御手段により制御される排気処理手段」に相当するものと認められるから、甲2には、相違点2に係る本件訂正前の請求項2の発明の構成が開示されているといえる、②甲1及び甲2に接した当業者は、甲1発明において安定した濃度の滅菌ガスを発生させるとともに、十分に保証可能な殺菌効果を得るために甲2に記載の被殺菌空間内のホルムアルデヒドガス濃度、湿度、温度をそれぞれ所定の値に制御し、かつ、被殺菌空間の室圧を一定に保つための構成を適用する動機づけがあると認められる、③したがって、当業者は、甲1及び甲2に基づいて、甲1発明に甲2に記載の上記構成を適用して相違点2に係る本件訂正前の請求項2に係る発明の構成を容易に想到し得たものと判断した。
 そして、被告は、一次判決の確定後の審判手続において、前記第2の2のとおり、一次訂正の内容に加えて更に請求項2に「上記暴露部の庫内差圧を陰圧で一定にする」(二重下線は本件訂正箇所を示す。)との訂正を行い、本件審決は、前記第2の4(2)イのとおり、一次審決の相違点1(ただし、本件審決が認定した相違点2を除く。)及び2の構成を合わせて相違点1とし、本件訂正により訂正発明2に加わった構成である「暴露部の庫内差圧を陰圧で一定にすることを特徴とする」点を同相違点に加えた。
 以上の経緯を踏まえると、訂正発明2の進歩性の判断に関しては、甲2には、一次審決が認定した相違点2の構成が開示されていることを前提として、さらに、「暴露部の庫内差圧を陰圧で一定にする」という訂正発明2の構成が容易想到といえるかについて判断されるべきことになる。・・・(略)・・・
 (2) 甲2の開示事項について
 ・・・(略)・・・甲2において開示されている、被殺菌空間である室内を室圧調整装置により陽圧に維持する構成は、あくまで第2の実施の形態についてのものであることに加え、甲2の特許請求の範囲(請求項3)には、室内の圧力を調整する室内調整装置について、室内と室外の圧力差を検出する圧力差検出手段と前記圧力差検出手段により検出された検出値に基づいて制御手段を介して室圧を調整するとの発明特定事項を有するに止まり、被殺菌空間を陽圧で制御するとは特定されていないことからすると、甲2発明の技術的意義は、前記3(1)のとおり、被殺菌空間内のホルムアルデヒドガス濃度、湿度、温度をそれぞれ所定の値に制御し、かつ、室内温度の上昇により室内の空気が膨張した場合においても室圧を一定に保つことができ、十分に保証可能な殺菌効果が得られるという効果を奏することにあって、室圧調整装置により室内の圧力を陽圧力(10~20Pa)に維持する態様は、あくまで実施形態の1つであるにすぎないというべきである。・・・(略)・・・
 (3) 相違点1の容易想到性について
・・・(略)・・・そうすると、甲1及び甲2に接した当業者は、甲1発明において安定した濃度の殺菌ガスを発生させるとともに、十分に保証可能な殺菌効果を得るために、甲2記載の被殺菌空間内のホルムアルデヒドガス濃度、湿度、温度をそれぞれ所定の値に制御し、かつ、被殺菌空間の室圧を一定に保つための構成を適用する動機づけがある。
 そうすると、本件出願日当時、バイオハザード施設やケミカルハザード施設等、人体に有害な物質が室内に存在する場合には、室内から室外へその物質が漏えいすることがないように、室内を室外に対して陰圧に制御することや、人体に有害なオゾンガスを用いて室内の滅菌を行う場合には、オゾンガスが室内から室外へ漏洩することがないように、室内を室外に対して陰圧に制御することは、周知の技術であり(前記4(1))、また、滅菌・殺菌のためにホルムアルデヒドガスを使用するに当たり、処理室内を処理室外の圧力に対して陰圧とした状態で使用する場合もあることは技術常識である(同(2))から、甲1発明に甲2に開示された事項を適用するに当たり、被殺菌空間の状況や目的を踏まえ、こうした周知技術ないし技術常識を参酌して、甲2の被殺菌空間内の圧力を陰圧で維持することも当業者であれば容易に想到し得たものということができる。そして、甲1発明と甲2に開示された事項に周知技術ないし技術常識を参酌して適用した結果、被殺菌空間内を「庫内差圧を陰圧で」維持する構成としたことによって、当業者が予測し得ない顕著な効果を奏すると認めるに足りる証拠はない。
 したがって、甲1及び甲2に記載された事項と周知技術ないし技術常識を踏まえれば、相違点1のうち「暴露部の庫内差圧を陰圧で一定にする」という訂正発明2の構成についても、進歩性を認めることはできない。
 (4) 被告の主張について
 ア 被告は、・・・(略)・・・原告の挙げる文献には、オゾン等の滅菌性ガスにより室内を滅菌する際に対象室内を陰圧にすることや、滅菌・殺菌のためにMRガス等を処理室内で使用するに当たり処理室内の圧力を室外の圧力に対して陰圧とした状態にすることが記載されているにすぎず、訂正発明2のようにフィードバック制御を行う旨の記載も示唆もない旨主張する。
 しかし、甲2には、訂正発明2の構成のうち一次審決が認定した相違点2の構成(すなわち、上記排気量制御手段により制御される排気処理手段による滅菌タンク内のMRガスの排気処理に起因して生じる庫内差圧を検出する庫内差圧検出手段を備え、上記庫内差圧検出手段による検出結果から得られる庫内差圧情報が上記排気制御処理手段に帰還され、上記排気量制御手段により滅菌タンク内から排気するMRガスの排気量を制御することにより、滅菌タンク内の庫内差圧を一定にするという構成)が開示されていることは、一次判決が認定するとおりであり、この点の判断に拘束力が生じることは前記(1)のとおりである。そして、甲2には、訂正発明2の技術的意義として被告が主張するところのフィードバック制御が開示されていることは、被告も認めるところ(前記第3の1(2)ウ(ア)参照)、前記(2)のとおり、甲2には被殺菌空間(庫内)の圧力を一定に維持する制御が開示されており、周知技術(前記4(1))ないし技術常識(同(2))を参酌してその圧力制御を陰圧で一定に維持する制御として甲1発明に適用すれば、相違点1の「庫内差圧を陰圧で一定に制御する」構成に想到することは前記(3)のとおりである。・・・(略)・・・
 イ 被告は、前記第3の1(2)エのとおり、甲2は、陽圧に制御することを目的とするものであり、その技術的意義は、本件審決で認定されたとおり、滅菌処理中の処理室内への室外空気の侵入を防止して処理室内の清浄度を維持することにあり、甲2に記載された陽圧制御を陰圧制御とすると、甲2の被殺菌空間内の清浄度を維持するという技術的意義を損なうから、甲2における庫内差圧を陽圧制御から陰圧制御とすることには阻害要因がある旨主張する。
 しかし、甲2には、室圧調整装置により室内の圧力を陽圧力(10~20Pa)に維持する態様についての記載はあるものの、それはあくまで発明の実施形態の1つとして記載されているにすぎず、甲2に係る装置の技術的意義は、被殺菌空間内のホルムアルデヒドガス濃度、湿度、温度をそれぞれ所定の値に制御し、かつ、室内温度の上昇により室内の空気が膨張した場合においても室圧を一定に保つことができ、十分に保証可能な殺菌効果が得られるという効果を奏することにあることは前記(2)のとおりであるから、こうした技術的意義からすると、甲2の室圧調整装置において庫内差圧を陰圧に制御することに阻害要因はない。・・・(略)・・・
 (5) 小括
 以上によれば、相違点1に係る訂正発明2の構成は、当業者が容易に想到することができたものと認められる。
 したがって、本件審決の判断は誤りであるから、原告主張の取消事由1-1は理由がある。
[コメント]
 被告は、一次審決で、庫内差圧を「陰圧で」一定にすることについて限定せずに反論したが、特許庁は一次審決において、陰圧に限定解釈して、本件発明の進歩性を肯定した。一方、裁判所は一次判決で、本件発明が陰圧に限定解釈されないと判断し、一次審決を取り消した。
 続いて、被告は、本件審決で、庫内差圧を「陰圧で」一定にすることに限定し、甲2に実施形態の一つとして記載される「陽圧」との差異を設け、進歩性を有する旨主張したが、甲2の明細書全体を通して、庫内差圧を一定にすることにつき、陽圧に限定解釈されるものではなく、さらに陰圧に限定しても顕著な効果までは認められないとして、裁判所は、本件発明の進歩性を否定した。
 また、被告は、甲2に具体的に記載された陽圧制御を、甲2に記載のない陰圧制御とすると、甲2の技術的意義を損なうため、阻害要因が存在すると主張した。しかし、裁判所は、甲2の技術的意義は、室圧を一定に保つことで、有利な効果を奏することにあるとし、甲2の技術的意義を参酌すれば、陽圧制御を陰圧制御とすることに、阻害要因が存在しないとして被告の主張を退けた。
 本事案では、甲2に、文言上、陰圧に関する記載はないが、陰圧に限定解釈されない記載が存在し、さらに、陰圧や陽圧を調整することは周知技術として知られており、陰圧に限定することによる顕著な効果があるとは認められないため、進歩性を否定した裁判所の判断は妥当と考える。

以上
(担当弁理士:西﨑 嘉一)

令和2年(行ケ)第10054号「核酸分解処理装置」事件

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