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令和2年(行ケ)第10044号「脂質含有組成物」事件

名称:「脂質含有組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10044号 判決日:令和3年8月30日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性
判決文: https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/569/090569_hanrei.pdf
[概要]
 主引用例には、「ω-6脂肪酸の用量」を、1日又は1回当たり「40g以下」とすべきことについての記載や示唆はなく、技術常識であるとも認められないため、主引用例において、当該用量に係る本願発明の構成を採用することは動機付けられないと判断した事例。
[事件の経緯]
 原告が、特許出願(特願2014−99072号)に係る拒絶査定不服審判(不服2016−5871号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決(第1次審決)をしたため、原告は、第1次審決の取消しを求める審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成30年(行ケ)第10117号事件)を提起したところ、第1次審決を取り消す旨の判決(前訴判決)をし、その後、前訴判決が確定した。
 特許庁(被告)が、再開した不服2016−5871号事件の審理において拒絶審決(本件審決)をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本願発明]
【請求項19】
 異なる供給源に由来する脂質の混合物を含む脂質含有配合物であって、前記配合物は、ある用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸の用量を含み、ω-6対ω-3の比が4:1以上であり:
 (i)ω-3脂肪酸は、前記配合物中の総脂質の0.1~20重量%であるか;
 または
 (ii)ω-6脂肪酸の用量は、40g以下である、脂質含有配合物。
[取消事由]
1 刊行物5を主引用例とする本願発明の新規性及び進歩性の判断の誤り(取消事由1)
[相違点1及び2]
 (相違点1)
 本願発明は、「配合物は、ある用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸の用量を含み、ω-6対ω-3の比が4:1以上であり」と特定しているのに対して、刊行物5発明は、「含有脂質中のω-3、ω-6脂肪酸の比率が1:4である」であり、用量の特定がない点。
 (相違点2)
 本願発明は、「(i)ω-3脂肪酸は、前記配合物中の総脂質の0.1~20重量%であるか;または(ii)ω-6脂肪酸の用量は、40g以下である」と特定されているのに対して、刊行物5発明は、ω-3脂肪酸の組成物中の総脂質中の割合又はω-6脂肪酸の用量が明記されていない点。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
2 取消事由1(刊行物5を主引用例とする本願発明の新規性及び進歩性の判断の誤り)について
『(3)相違点2の判断の誤りについて
 原告は、相違点2に関し、本件審決が、①刊行物5の記載及び脂質の大量の摂取を控えることが健康上の技術常識であることを考慮すると、1回の「用量」でω-6脂肪酸を40gを超えた脂質含有配合物として用いることは考えられないから、「ω-6脂肪酸の用量は、40g以下」であること(相違点2に係る本願発明の構成)は、刊行物5に記載自体がなくとも記載されているに等しい事項であるから、相違点2は、実質的な相違点ではないか、刊行物5発明において、「ω-6脂肪酸の用量は、40g以下」とすることは、「用量」の意味が、1回の「用量」や1日の「用量」であるかにかかわらず当業者が容易になし得る技術的事項である旨判断したのは誤りである旨主張するので、以下において判断する。
 ・・・(略)・・・刊行物5における「最近の日本人の食生活は欧米型化が進み、肉類を中心とした食事の機会が大幅に増え、脂肪の摂取量については一日当り40gと増加し、それに伴い、疾病の種類も変化し、高血圧、心臓病の循環器系疾患や乳癌、大腸癌などが増加して、こちらも欧米型化になり、大きな社会問題になっている。」との記載は、それに引き続き「しかし、研究が進むにつれて、脂肪を構成する不飽和脂肪酸の種類の摂取アンバランスによることが判明した。」などの記載があることに照らすと、「脂肪の摂取量」が「一日当り40g」に増加したこと自体が問題であることを述べたり、それを改善すべきことを示唆するものではないと理解するのが自然である。
 また、刊行物5の記載全体をみても、刊行物5において、脂肪の摂取量を1日当たり40gに差し控えるべきことや、「ω-6脂肪酸の用量」は、1日又は1回当たり「40g以下」とすべきことについての記載や示唆はない。
 (イ)次に、本件審決が述べるように「脂質の大量の摂取を控えること」自体が健康上の技術常識であるといえるとしても、脂質の適正な摂取量は、年齢、性別、エネルギー摂取量等の要素によって変わり得るものと考えられるから、そのことから直ちに「脂肪の摂取量」を1日当り40g以下とすることが技術常識であることを導出することはできないし、それが技術常識であることを前提に「ω-6脂肪酸の用量」は、1日又は1回当たり「40g以下」とすることが技術常識であるということはできない。本件においては、他に「ω-6脂肪酸の用量は、40g以下」とすることが技術常識であることを認めるに足りる証拠はない。
 イ(ア)前記アの認定を総合すると、刊行物5には、本件審決のいう技術常識を踏まえても、刊行物載5発明に含有する「ω-6脂肪酸の用量は、40g以下であること」についての実質的な開示があるものと認めることはできない。
 そうすると、刊行物5発明が「ω-6脂肪酸の用量は、40g以下」であるとの構成(相違点2に係る本願発明の構成)を有することは認められないから、相違点2は実質的な相違点であるものと認められる。
 これと異なる本件審決の判断は誤りである。
 (イ)次に、前記ア認定のとおり、刊行物5には、脂肪の摂取量を1日当たり40gに差し控えるべきことや、「ω-6脂肪酸の用量」は、1日又は1回当たり「40g以下」とすべきことについての記載や示唆はなく、また、「ω-6脂肪酸の用量は、40g以下」とすることが技術常識であることを認めるに足りる証拠がないことに照らすと、刊行物5に接した当業者が、刊行物5発明において、相違点2に係る本願発明の構成を採用することの動機付けがあるものと認めることはできないから、上記構成とすることを容易に想到することができたものと認められない。
 これと異なる本件審決の判断は誤りである。
ウ これに対し被告は、①刊行物5には、脂肪の摂取量については1日当たり40gと増加しているとの記載及びそれを問題であると認識していることの記載があり、刊行物5発明は、脂質(脂肪)の取り過ぎの抑制を前提に、ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸をバランス良く摂取することを技術思想とする発明であるから、脂質の一部である不飽和脂肪酸のさらに一部であるω-6脂肪酸を一定以下に抑えることは当然であり、脂質全体として取り過ぎであるとの認識である40gという値以下と特定することには強い動機付けがある、②しかも、1日の脂質摂取は、刊行物5発明のドリンク剤組成物以外の食品からも生じるのであるから、1日又は1回当たりω-6脂肪酸40g以下との上限を設定することは、当業者が容易になし得る技術的事項であるから、当業者は、刊行物5発明において、相違点2に係る本願発明の構成とすることを容易に想到することができた旨主張する。
 しかしながら、前記ア(ア)で説示したとおり、刊行物5における「最近の日本人の食生活は欧米型化が進み、肉類を中心とした食事の機会が大幅に増え、脂肪の摂取量については一日当り40gと増加し、それに伴い、疾病の種類も変化し、高血圧、心臓病の循環器系疾患や乳癌、大腸癌などが増加して、こちらも欧米型化になり、大きな社会問題になっている。」との記載は、「脂肪の摂取量」が「一日当り40g」に増加したこと自体が問題であることを述べたり、それを改善すべきことを示唆するものではない。
 また、刊行物5の記載全体をみても、刊行物5において、脂肪の摂取量を1日当たり40gに差し控えるべきことや、「ω-6脂肪酸の用量」は、1日又は1回当たり「40g以下」とすべきことについての記載や示唆はない。
 加えて、本件においては、他に「ω-6脂肪酸の用量は、40g以下」とすることが技術常識であることを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、刊行物5に接した当業者が刊行物5発明において相違点2に係る本願発明の構成を採用することの動機付けがあるものと認めることはできないから、被告の上記主張は採用することができない。
(4)小括
 以上のとおり、本件審決には相違点2の判断に誤りがあるから、本願発明は刊行物5発明と同一の発明であると認めることはできないし、また、当業者が刊行物5発明及び技術常識に基づいて容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
 したがって、原告主張の取消事由1は理由がある。』
[コメント]
 主引用例では、本願発明との相違点2について、食生活の変化により、脂肪の摂取量が一日当り40gと増加していることを問題視した記載があるだけであり、この記載から、脂肪の一つの構成要素である「ω-6脂肪酸」の用量を40g以下にすることの記載や示唆があるとした審決は誤りであると、裁判所は判断した。
 飲食品が想定される特許事例において、機能性の用途だけでなく、1日当たりの用量を特定して権利化されている事例が散見される。機能性表示食品等であれば、種々の機能性関与成分について、ヘルスクレーム(機能性の表示)をするだけでなく、関与成分の1日当たりの摂取目安量も表示できるため、用量の限定した特許の実施や権利活用が可能である。
 いわゆる「健康食品」においても、カプセル剤や錠剤等の剤形で、成分の1日量が算定できるものもある。特許における用量の特定は、ビジネス上の実施態様との整合性に注意しつつ権利化戦略に組み込むことが重要である。
 用量を特定した特許出願では、細胞試験だけでは1日量の算定ができず、少なくとも動物試験以上の評価方法が必要となるが、引用文献では組成物の処方例や含量の記載はあっても、効果を奏するための1日量までは具体的な記載がない場合も多く、権利化の落とし所として有効となり得る。

以上
(担当弁理士:春名真徳)

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