審決取消請求事件 » 令和2年(行ケ)第10132号「骨粗鬆症治療剤ないし予防剤」事件

名称:「骨粗鬆症治療剤ないし予防剤」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10132号 判決日:令和3年8月31日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:予測できない顕著な効果、進歩性
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/550/090550_hanrei.pdf

[概要]
 本件発明の本件3条件を満たす高リスク患者は、実施例において100単位投与群の骨折発生率が5単位投与群のそれに対して有意差があり、審決では顕著な効果を認定したが、判決では、低リスク患者で有意差がなかったと本件明細書にあるものの、低リスク患者で有意差がなかったことが症例数不足によることを否定できず、高リスク患者の骨折抑制が低リスク患者のそれよりも優れているとは結論できないとされた事例。

[事件の経緯]
 被告は、特許第6275900号の特許権者である。
 原告が、当該特許の請求項1~4に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2018-800077号)を請求し、被告が訂正(厳密には2回の訂正。このうち2回目の訂正を「本件訂正」という。)を請求したところ、特許庁が請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本件発明]
【請求項1】(本件訂正後)
 1回当たり200単位のPTH(1-34)酢酸塩が週1回投与されることを特徴とする、PTH(1-34)酢酸塩を有効成分として含有する、骨粗鬆症治療剤ないし予防剤であって、下記(1)~(4)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者を対象とする、骨折抑制のための骨粗鬆症治療剤ないし予防剤;
(1)年齢が65歳以上である
(2)既存の骨折がある
(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である、および/または、骨萎縮度が萎縮度I度以上である
(4)クレアチニンクリアランスが30以上50未満ml/minである腎機能障害を有する。

[審決]
 審決は、次のように、本件発明が、予測できない顕著な効果を奏することを認めたうえで、本件発明は、甲7文献に記載された発明(すなわち「甲7発明」)及び技術常識を踏まえても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない旨判断した。
 いずれの文献にも、本件発明の「(1)年齢が65歳以上である」、「(2)既存の骨折がある」、「(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である、および/または、骨萎縮度が萎縮度I度以上である」、「(4)クレアチニンクリアランスが30以上50未満ml/minである腎機能障害を有する」との全ての条件(以下「本件4条件」といい、このうち、同(1)ないし(3)の条件を「本件3条件」といい、各条件を番号に従い「本件条件(1)」のようにいい、本件条件(4)の腎機能障害を「中等度腎機能障害」という。)を満たす骨粗鬆症患者に対して投与をすることは記載も示唆もされておらず、また、本件4条件の全てを満たす患者において、顕著な骨折抑制効果が奏されることを当業者が予測し得たとは認められない。

[主な争点]
 進歩性に関する判断の誤り(取消事由3)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
 取消事由3(進歩性欠如に関する判断の誤り)の有無について
『 前示のとおり、本件発明の構成は容易想到であるが、これに対し、被告は、前記第3の3(2)イのとおり、本件発明は、本件3条件を全て満たす患者に対する顕著な骨折抑制効果(以下「効果①」という。)・・・(略)・・・を奏し、これらの効果は、当業者が予測をすることができなかった顕著な効果を奏するものである旨主張する。
 以下、これらの効果について検討する。
(ア) 効果①について
 a ・・・(略)・・・そうすると、甲7発明の骨粗鬆症治療剤が骨折を抑制する効果を奏していることは、当業者において容易に理解できる。
 b 効果①の骨折抑制効果とは、単なる骨折発生率の低減ではなく、プラセボの骨折発生率と対比した場合の骨折発生率の低下割合を指すものであるが、本件明細書の記載からでは、本件3条件を全て満たす患者と定義付けられる高リスク患者に対する骨折抑制効果が、本件3条件の全部又は一部を欠く者と定義付けられる低リスク患者に対する骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできない。
 すなわち、効果①を確認するためには、高リスク患者に対する骨折抑制効果と低リスク患者に対する骨折抑制効果とを対比する必要があるが、前記1のとおり、本件明細書には、実施例1において、高リスク患者では、100単位週1回投与群における新規椎体骨折及び椎体以外の部位の骨折発生率は、いずれも実質的なプラセボである5単位週1回投与群における発生率に対して有意差が認められるが、低リスク患者では、100単位週1回投与群における新規椎体骨折及び椎体以外の部位の骨折の発生率は、いずれも、5単位週1回投与群における発生率に対して有意差が認められなかったと記載されているのにとどまる(【0086】ないし【0096】、【表6】ないし【表11】)。
 ここで、低リスク患者の新規椎体骨折についていえば、100単位週1回投与群11人と5単位週1回投与群10人(令和3年2月15日付け被告第1準備書面32頁における再解析の数値による。)について、それぞれ、ただ1人の骨折例数があったというものであり、また、椎体以外の部位の骨折は、上記5単位週1回投与群について、ただ1人の骨折例数があったというものであって、有意差がなかったことが、症例数が不足していることによることを否定できない。このように、低リスク患者において、100単位週1回投与群の新規椎体骨折及び椎体以外の部位の骨折の発生率が5単位週1回投与群のそれらの発生率に対して有意差がなかったとの結論が、上記のような少ない症例数を基に導かれたことからすると、高リスク患者における骨折発生の抑制の程度を低リスク患者における骨折発生の抑制の程度と比較して、前者が後者よりも優れていると結論付けることはできない。
 したがって、実施例1をみても、高リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果が、低リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできず、さらに、本件明細書のその他の部分をみても、高リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果が、低リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできず、ましてや、200単位週1回投与群に関し、高リスク患者における骨折発生抑制が、低リスク患者における骨折発生抑制よりも優れていると結論付けることはできない。
 以上によれば、効果①は、本件明細書の記載に基づかないものというべきである。
 c 被告は、効果①を明らかにするものとして、乙25証明書及び甲111証明書を提出する。
 しかしながら、本件明細書の記載から、高リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果が、低リスク患者に対するPTHの骨折抑制効果よりも高いということを理解することができず、また、これを推認することもできない以上、効果①は対外的に開示されていないものであるから、上記各実験成績証明書を採用して、効果①を認めることは相当でない。』

[コメント]
 被告(すなわち特許権者)は、本件3条件(すなわち本件条件(1)~(3))を全て満たす高リスク患者で、100単位投与群の骨折発生率が5単位投与群のそれに対して有意差があり、低リスク患者(高リスク患者以外の患者)で有意差がなかった、といった本件明細書の実施例1の記載を根拠に、効果①(具体的には、本件3条件を全て満たす患者に対する顕著な骨折抑制効果)を主張した。
 これに対して、裁判所は、本件明細書の実施例1について、100単位投与群11人と5単位投与群10人について、それぞれ、ただ1人の新規椎体骨折例数があったに過ぎないといったことから、低リスク患者で有意差がなかったことが症例数の不足によることを否定できない、と認定したうえで、効果①が、本件明細書の記載に基づかない、と判断した。
 医薬発明の薬理試験においては、本事件のように、症例数のような問題が生じ得る。患者群を特定したクレーム(一種の用途発明的)の場合、クレームされた患者群に対する効果と、クレームを満たさない患者群に対する効果とを厳密に比較して、有利な効果が認められることを要するという点で、本判決は参考になり得る。

以上
(担当弁理士:森本 宜延)