審決取消請求事件 » 令和2年(行ケ)第10092号「マイクロニードルパッチとその梱包体」事件

名称:「マイクロニードルパッチとその梱包体」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10092号 判決日:令和3年5月31日
判決:審決取消
特許法第29条第2項
キーワード:進歩性、技術的意義
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/388/090388_hanrei.pdf

[概要]
 本願の特許請求の範囲に記載されている「オイルゲル」は、引用文献2に記載されている「油状ゲル状粘着製剤」と技術的意義を異にするため、引用文献2に記載されている「油状ゲル状粘着製剤」を引用発明に適用しても、本願発明の構成には至らないとして審決が取り消された事例。

[事件の経緯]
 原告が、特許出願(特願2018-539447号)に係る拒絶査定不服審判(不服2019-1287号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本願補正発明]
【請求項2】
 支持体の上に油溶性成分を含むオイルゲルが形成された、皮膚に対して粘着性を有するオイルゲルシートと、
 前記オイルゲルシートの周辺部を除いた領域の上に貼り合わされたシート状基体と、
 前記シート状基体の上に形成された複数の微小針と
を備えた、
 マイクロニードルパッチ。

[取消事由]
1.本願発明の認定の誤り
2.引用技術2の認定の誤り

[原告の主張]
1 本願発明の認定の誤り
(1) 審決は、「本願発明の『オイルゲル』とは、油溶性成分を含むゲルであり、皮膚に対する粘着性がよいものであれば、その具体的な組成、成分、材料は問わない。」と認定した。
 しかし、本願発明の「オイルゲル」とは、「オイルをゲル化したものであり、アクリル系粘着剤等を含まないことで、乳液等を塗った皮膚に対する粘着性がよい」ものと解するのが相当である。その理由は次のとおりである。
(2)高分子ゲルは、架橋の形態によって、物理架橋ゲルと化学架橋ゲルとに大別できる。物理架橋ゲルは、水素結合や疎水性相互作用などの分子間相互作用による集合体形成や高分子鎖の絡み合いに基づく物理架橋によって形成される。化学架橋ゲルとは、化学反応により形成される化学架橋で形成され、通常の条件下では半永久的にゲル状態を維持する不可逆ゲルである。
 オイルゲルは、オイル(有機溶剤)を少量の固化材を用いてゲル状にした物であり、可逆的な物理的相互作用を利用して有機溶剤の分子間にネットワークを形成するものであるから、「物理架橋ゲル」に属する。これに対し、アクリル系粘着剤は、アクリルモノマーを主成分とする粘着剤であり、アクリルモノマーに含有される官能基が架橋点を介してネットワーク化されることによって、形成されたポリマーに粘着性が生じるものであるから、「化学架橋ゲル」である。
 このように、オイルゲル=物理架橋ゲル、アクリル粘着剤=化学架橋ゲル、であることは一般的に知られており、同じゲルであってもそのゲル化の機構は全く異なる。そのため、オイルゲルとアクリル系粘着剤は全く異なり、さらにオイルゲルにアクリル系粘着剤が含まれないことは明らかである。
2 引用技術2の認定の誤り
 審決は、引用文献2から引用技術2を認定し、引用技術2の「セラミドを溶解させた油性ゲル状粘着製剤」は、審決が認定した本願発明の「オイルゲル」、すなわち「油溶性成分を含むゲルであり、皮膚に対する粘着性がよいもの」に当たると認定した。
 しかし、引用文献2の記載に照らすと、引用技術2の「油性ゲル状粘着製剤」の粘着性は、アクリル系樹脂を架橋してゲル状にすることによって得られたものであるから、上記1(2)に述べたところに照らして、化学架橋ゲルとしてのアクリル粘着剤であり、物理架橋ゲルとしてのオイルゲルではない。したがって、審決の上記認定は誤りである。

[被告の主張]
1 本願発明の「オイルゲル」について
(1) ゲルは、溶媒の有無や素材の由来、結合様式など様々な観点から分類され、その分類方式に応じた呼称がある。ゲルの分類方式のうち最も一般的なのは、溶媒による分類方式であって、水を溶媒とする「ヒドロゲル」、気体を溶媒とする「キセロゲル」、有機溶剤を溶媒とする「オイルゲル」に分類するものである。
 このように、「オイルゲル」とは、溶媒が有機溶剤であるゲルの総称であるとするのが技術常識である。そして、本件明細書には、「オイルゲル」の意義について明示的な説明をする記載は見当たらないし、「オイルゲル」と呼ばれるべき物質についての具体的な組成、成分又は材料の例示はなく、実施例の開示もないから、本件明細書を参酌したとしても、本願発明の「オイルゲル」には、上記の技術常識に従って、溶媒が有機溶剤であるゲルが広く含まれると解釈するのが相当である。
(2) 原告は、上記「第4」1(2)において、「オイルゲル」は物理架橋ゲルである旨主張する。しかし、それは、オイル(有機溶媒)に対して特定のゲル化剤を用いてゲルを製造した場合には、製造されたゲルが可逆的な物理的相互作用を利用してネットワークを形成するため、架橋方式による分類に従えば物理架橋ゲルに分類されることになるというだけのことであり、溶媒が有機溶剤である限り、化学架橋により粘着性を発揮するゲルも「オイルゲル」である。
(3) したがって、本願発明の「オイルゲル」が原告主張のように限定された意味を有するものではない。
2 引用技術2の「油性ゲル状粘着製剤」について
 「架橋アクリル系粘着剤層に油性の液体成分を多量に含有させたものを用いる油性ゲル状粘着層製剤」という引用文献2の記載によれば、引用技術2の「油性ゲル状粘着製剤」は「油性の液体成分」すなわち有機溶剤を溶媒として用いたゲルであって、上記1(1)のゲルの分類上、オイルゲルに属する。また、「油性ゲル」という語は「オイルゲル」の同義語にほかならない。
 したがって、引用技術2の「油性ゲル状粘着製剤」は、上記1(1)のとおり解釈される本願発明の「オイルゲル」に当たる。
3 以上によれば、審決の認定判断に誤りはなく、原告の主張は失当である。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『1 本願発明の「皮膚に対して粘着性を有するオイルゲルシート」について
・・・(略)・・・
 ウ 「オイルゲルは、油溶性成分を含むゲルであり、皮膚に対する粘着性がよい。」【0017】
・・・(略)・・・
(2) 本件明細書に従来技術として示された甲12の【0032】には、粘着剤の例として、アクリル系粘着剤、ゴム系粘着剤、シリコンゴム系粘着剤、ビニルエーテル系粘着剤、ウレタン系粘着剤などが挙げられている。しかしながら、上記(1)イの記載によれば、これらの粘着剤は、従来のマイクロニードルパッチが有していた上記(i)及び(ii)の問題、特に、上記(ii)の、乳液等に含まれる油脂によって粘着力が弱まるという問題を有すると認められる。
(3) 上記(1)ア、イ及び同(2)の記載によれば、本願発明の技術的思想(課題解決原理)は、マイクロニードルパッチの粘着層としてアクリル系粘着剤等を用いた場合には、i)粘着層の部分からは美容効果を得ることができず、また、ii)乳液等が塗られた皮膚に貼ると簡単に剥がれてしまうという二つの技術的課題が生じていたため、粘着層として、i)皮膚内に浸透して美容効果を与えることができる油溶性成分を含有し、ii)乳液等に含まれる油脂となじみやすい油分を主成分として含むオイルゲルシートを用いることによって、上記の二つの技術的課題の解決を図ったものと認められる。
 また、上記(1)ウの記載によれば、本願発明にいう「オイルゲル」は、甲12に記載された「粘着剤」を含有しなくとも、それ自体で皮膚に対する粘着性が良いものとされている。
 これらの記載を総合的に参酌すると、本願発明において、「オイルゲルシート」は「アクリル系粘着剤等の粘着性ではなく、ゲル化したオイルの粘着性によって、皮膚に対して粘着するシート」を意味すると解釈するべきである。
2 引用技術2の「油性ゲル状粘着製剤」について
(1) 引用文献2には、次の内容の記載がある。
 ア 本発明は、化粧料や皮膚外用薬など皮膚外用剤用途のための粘着剤組成物および粘着シートに関する(1頁4行以下)。
 イ 皮膚接着性と剥離除去性の適度なバランスを有する皮膚外用剤粘着シート製剤の開発について、架橋アクリル系粘着剤層に油性の液体成分を多量に含有させたものを用いる油性ゲル状粘着層製剤が提案されてきた。しかしながら、これら製剤は、皮膚接着性と剥離除去性のバランスは改善できても、薬効成分等薬剤の溶解性が格別に優れているとはいい難かった(2頁21行以下)。
 ウ 本発明の油性ゲル状粘着製剤においては、特定の組成のアクリル系共重合ポリマー、非イオン性界面活性剤及びアクリル系ポリマーの各所定量を外部架橋剤によって架橋させている。このことにより、薬効成分等薬剤の溶解性が格別に優れ、かつ、皮膚接着性と剥離除去性とのいずれもが好適な皮膚外用剤用粘着剤組成物及び粘着シートを得ることができる(4頁18行以下)。
(2) 上記(1)の記載によれば、引用技術2の「油性ゲル状」「粘着シート製剤」は、上記(1)イの従来技術である「架橋アクリル系粘着剤」の組成を調整することによって、粘着性を維持しつつ薬剤の溶解性を高めたシートであって、皮膚への粘着性は、従来技術と同様に、専らアクリル系粘着剤に依存していることが認められる。
3 相違点についての審決の判断の当否
 上記1(3)のとおり、本願発明の技術的意義に照らすと、本願発明の「オイルゲル」は、アクリル系粘着剤等の粘着性ではなく、ゲル化したオイルの粘着性によって、皮膚に対して粘着するものである。これに対し、引用技術2の「油性ゲル状粘着製剤」は、上記2(2)のとおり、アクリル系粘着剤の粘着性によって、皮膚に対して粘着するものである。
 このように、引用技術2の「油性ゲル状粘着製剤」は、本願発明の「オイルゲル」とは技術的意義を異にするから、引用発明に引用技術2を適用しても、相違点に係る本願発明の構成には至らない。
 したがって、容易想到性に関する審決の判断には誤りがある。
4 被告の主張について
 被告は、「オイルゲル」は有機溶剤を溶媒とするゲルの総称であるとの技術常識が存在し、本願発明の「オイルゲル」の意義や組成について本件明細書には記載がないから上記技術常識に沿って解釈すべきであり、上記技術常識によれば引用技術2の「油性ゲル」は「オイルゲル」に含まれる旨主張する。
 たしかに、乙1(特許庁「周知・慣用技術集(香料)第I部香料一般」1999年1月29日発行)等によれば、「ゲル」を流体(溶媒)の違いという観点から「ヒドロゲル」「オイルゲル」「キセロゲル」の3種類に分類することが一般的に承認されている事実は認められ、また、乙6(権英淑ほか「実効感を発現するためのスキンケア製剤設計」FRAGRANCE JOURNAL Vol.34 No.1 pp.52-55(2006))等には、この分類を前提として、アクリル系材料を基剤とした「オイルゲル」の粘着剤に言及する記載も見られる。しかしながら、他方、甲7(柴田雅史「化粧品におけるオイルの固化技術」J.Jpn. Soc. Colour Mater., 85 [8] 339-342 (2012))では、冒頭に「有機溶剤(オイル)を少量の固化剤を用いて固形もしくは半固形状にしたものは一般に油性ゲルと呼ばれ、……メイクアップ化粧品を中心に幅広い製品の基剤として用いられている」と記載されており、化粧品の分野において、「オイルゲル」の用語をこのような意味で用いることも一般的であったと認められるから、「オイルゲル」という用語が、当然に被告主張のような意味に用いられると断定することはできない。
 そうすると、本願発明の「オイルゲル」の技術的意義は、特許請求の範囲の記載だけからは一義的に明確ではない。そこで、明細書の発明の詳細な説明のうち、従来技術に関する記載及び解決課題に関する記載を参酌し、上記1のとおり、「オイルゲルシート」を「アクリル系粘着剤等の粘着性ではなく、ゲル化したオイルの粘着性によって、皮膚に対して粘着するシート」と解釈すべきである。
したがって、被告の上記主張は採用することができない。』

[コメント]
 本判決では、本願発明の「オイルゲル」は、アクリル系粘着剤等の粘着性ではなく、ゲル化したオイルの粘着性によって、皮膚に対して粘着するものと認定した。本願発明は、アクリル系粘着剤を有する特許文献2に記載の発明の課題を解決するものだが、本願明細書には、オイル(油溶性成分)とは別にアクリル系粘着剤等の粘着剤を用いることを排除はしておらず、明細書中のオイルの機能に関する記載(下記参照)もやや抽象的かもしれない。意図する内容が記載できているかどうかを客観的に確認しながら明細書を作成するよう努めたい。

本願明細書【0017】
 オイルゲルシート3は、支持体の上にオイルゲルが形成されたシートである。支持体としては不織布、織布などの材料を用いることができる。オイルゲルは、油溶性成分を含むゲルであり、皮膚に対する粘着性がよい。油溶性成分は、皮膚に貼り付けた後に皮膚内に浸透し、美容効果を与えることができるものであれば、特に限定されない。そのような成分としては、たとえば、油溶性ビタミンC誘導体、レチノール誘導体、アスタキサンチン、スクワラン、植物由来オイル、セラミド(スフィンゴ脂質)、トコフェロール(ビタミンE)などを挙げることができる。

本願明細書【0021】
 また、本発明のマイクロニードルパッチ1は、オイルゲルシート3を用いているため、乳液等を塗布した皮膚に貼ることができ、貼った後でも剥がれにくい。これは、オイルゲルシート3が含んでいる油分と乳液等に含まれる油脂とがなじみやすいためである。また、上記と同様の理由により、皮脂の分泌量が多い皮膚であっても貼ることができ、貼った後でも剥がれにくいマイクロニードルパッチとすることができる。

以上
(担当弁理士:赤間 賢一郎)