審決取消請求事件 » 令和元年(行ケ)第10132号「ブルニアンリンク作成デバイスおよびキット」事件

名称:「ブルニアンリンク作成デバイスおよびキット」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和元年(行ケ)第10132号 判決日:令和2年11月5日
判決:請求棄却
パリ条約4条F
キーワード:優先権主張、部分優先
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/824/089824_hanrei.pdf

[概要]
 一つの請求項に含まれる各構成部分は、それぞれ、独立した発明の構成部分となり得ると判断し、各構成部分が引用発明に照らし新規性及び進歩性を有するか否かを判断した後に、各構成部分がパリ優先権の基礎となる出願に含まれるか否かを判断する、という、パリ条約第4条Fによる部分優先の効果についての認否判断の手法を示した事例。

[事件の経緯]
 被告は、特許第5575340号の特許権者である。本件特許に係る出願は、米国仮出願をパリ条約による優先権主張の基礎とするPCT出願を国内移行した出願の、分割出願である。
 原告が、当該特許の請求項1等に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2018-800023号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、当該特許の訂正を認めた上で、特許を維持する審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を棄却した。
 なお、前記無効審判より前に、本件特許に対する別の無効審判事件及び及び当該別の無効審判事件に対する審決取消請求事件が行われ、当該審決取消請求は棄却され、特許維持の判断が示されている(https://www.unius-pa.com/wp/wp-content/uploads/h28_gyouke_100361.pdf参照)。

[審決]
 無効審判において、審判請求人は、無効理由1(優先権主張の効果不奏功)として、本件米国仮出願の本件発明は、本件米国仮出願の出願書類に記載された発明とは異なる発明であるから、パリ条約による優先権(以下「パリ優先権」という。)の主張の効果は認められず、その結果、本件米国仮出願の後に公開された甲1動画との関係で、本件発明は、新規性又は進歩性を欠くことを主張した。それに対し、審決では、「パリ条約による優先権の主張の効果が認められるためには、パリ条約では「発明の構成部分」が第一国出願に係る出願書類の全体により明らかにされていなければならないものとされており(パリ条約第4条H)、この要件を満たすためには、日本出願の出願書類の全体の記載を考慮して把握される請求項に係る発明が、第一国出願の出願書類の全体に記載した事項の範囲内のものである必要がある」と述べ、「本件発明に係る出願は、本件米国仮出願の出願書類のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではないから、本件出願のパリ条約による優先権の主張の効果は認められ、本件発明の新規性、進歩性等の判断基準日は、本件米国仮出願の出願日(2010年11月5日)となる。」と判断し、甲1動画に対する新規性及び進歩性を肯定した。
 さらに、無効理由2(甲2を主引用例とする新規性・進歩性欠如)、無効理由3(甲10を主引例とする新規性・進歩性欠如)、無効理由4(明確性要件違反)及び無効理由5(補正要件違反)についても、審判請求人の主張を採用しなかった。

[取消事由]
1.パリ優先権主張の効果の奏功・不奏功の判断の誤り
2.甲2を主引用例とする新規性・進歩性の判断の誤り
3.甲10を主引例とする新規性・進歩性の判断の誤り
4.明確性要件の判断の誤り
5.補正要件の判断の誤り
※判決では、取消事由1~5の全てについて理由がないと示された。以下、取消事由1についてのみ記載する。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線を付した)
『(1) 原告は、本件発明は、本件米国仮出願に記載された発明とは異なる発明であるから、パリ優先権の主張は認められないと主張するので、以下、判断する。
(2) この点に関する原告の主張を正確に記載すると、本件発明は、①ピンが複数の溝を有する構成を含むこと、②ピンバーとベースが一体成型になっている構成を含むこと、③ピンバーをベースの溝ではなく、ベース上の凸部に嵌め込む方式の構成を含むこと、④ピンに、溝ではなく、ピンを貫く間隙を有する構成を含むこと、の4点において、本件米国仮出願にはない構成を含むからパリ優先権が否定され、その結果、甲1動画との関係で新規性、進歩性を欠き、無効であるというものである。
 しかしながら、本件発明が、その請求項の文言に照らし、原告が新たな構成であると主張する①ないし④の点を含まない構成、すなわち、本件米国仮出願の明細書に記載された実施例どおりの構成を含むことは明らかであるところ(この点は、原告も否定していないものと考えられる。)、この構成は、1まとまりの完成した発明を構成しているのであって、ないしの構成が補充されて初めて発明として完成したものになるわけではない。このような場合、パリ条約4条Fによれば、パリ優先権を主張して行った特許出願が優先権の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分を含むことを理由として、当該優先権を否認し、又は当該特許出願について拒絶の処分をすることはできず、ただ、基礎となる出願に含まれていなかった構成部分についてパリ優先権が否定されるのにとどまるのであるから、当該特許出願に係る特許を無効とするためには、単に、その特許が、パリ優先権の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分を含むことが認められるだけでは足りず、当該構成部分が、引用発明に照らし新規性又は進歩性を欠くことが認められる必要があるというべきである。このように解することがパリ条約4条Fの文言に沿うばかりではなく、このように解しないと、例えば、特許権者がAという構成の発明について外国出願をし、その後、その構成を含む発明Bが公知となった後に、わが国において、パリ優先権を主張し、構成Aと、前記外国出願には含まれないが、発明Bに対して新規性、進歩性が認められる構成Cを合わせた構成A+Cという発明について特許出願をした場合、当該発明は、構成Aの部分は、発明Bよりも外国出願が先行しており、優先権も主張されており、かつ、構成Cは、発明Bに対し新規性、進歩性が認められるにも関わらず、前記外国出願に含まれない構成Cを含んでいることのみを理由として構成Aについての優先権までが否定され、特許出願が拒絶されるという結論にならざるを得ないが、そのような結論は、パリ条約4条Fが到底容認するものではないと考えられるからである。なお、ないしも、それぞれ独立した発明の構成部分となり得るものであるから、引用発明に対する新規性、進歩性は、それぞれの構成について、別個に問題とする必要がある
 この観点から検討すると、甲1によれば、甲1動画に係るツールは、前記③の構成を有していることが認められる。そして、本件発明の請求項は、「ベース上にサポートされた複数のピン」と定めているのみであって、前記③の構成を含むことは明らかであるから、この点において、本件発明は、甲1動画との関係で新規性を欠くものといわなければならない。したがって、パリ優先権が認められるかどうかを判断するため、さらに、構成③が、本件米国仮出願に含まれない構成であるかどうかを判断する必要がある。これに対し、甲1動画に係るツールは、前記①、②、④の構成を含むものとは認められないから、新規性が問題となる余地はなく、また、これらの構成が、甲1動画に係る発明に対して進歩性を欠くことを認めるに足りる主張立証はない。そうであるとすると、これらの構成が、本件米国仮出願に含まれない構成であるかどうかを判断するまでもなく、原告の主張は失当というべきである。
(3) そこでさらに、構成③が、本件米国仮出願に含まれない構成であるかどうかについて判断するに、たしかに、米国仮出願書類には、ベースに設けた溝にピンバーを嵌め込む態様しか記載されていないが、これは実施例の記載にすぎないし、米国仮出願書類全体を検討しても、ベースにピンバーを固定する態様を、この実施例に係る構成に限定する旨が記載されていると理解することはできない。そして、・・・(略)・・・一方を想起すれば他方も当然に想起するのが技術常識であるといえるから、たとえ明示的な記載がないとしても、ベースに凹部を設ける構成が記載されている以上、ベースに凸部を設ける構成も、その記載の想定の内に含まれているというべきである。
 そうすると、③に係る構成が、本件米国仮出願に含まれない構成であるとはいえないから、この点に関する原告の主張も失当ということになる。
(4) 以上によれば、本件発明は、甲1動画との関係で新規性、進歩性欠如の無効事由を有するものとは認められないとした本件審決の判断は、結論において誤りはない。よって、取消事由1は理由がない。』

[コメント]
 本判決は、以下の二点について興味深い。
 一点目は、本判決は、結論としては上記審決と同じ判断をしたものの、パリ条約による優先権主張の判断に対する本判決の考え方が審決の考え方と異なっている点である。審決では、パリ条約4条F(部分優先)を考慮せずパリ条約第4条Hを考慮した。その結果、請求項1に係る発明全体について、パリ条約による優先権主張の効果の認否を判断したと考えられる。審査基準には、請求項に係る発明を原則としつつ、選択肢に係る発明又は新たに追加された実施形態ごとに優先権主張の効果を判断するとの記載がある(「第V部第1章3.1.2 判断の対象」参照)。もし、審決が審査基準に沿って判断したのであれば、選択肢に係る発明又は新たに追加された実施形態ではないと考えた結果、請求項全体について優先権主張の効果を判断したのかもしれない。これに対し、本判決では、パリ条約4条Fを考慮して、同条Fの文言及び趣旨に基づき、一つの請求項に含まれる構成部分①~④は、それぞれ、独立した発明の構成部分となり得ると判断し、そのうえで、構成部分①~④ごとに優先権主張の効果の認否(新規性・進歩性)を判断した。つまり、本判決は、一つの請求項に含まれる構成部分が、選択肢に係る発明又は新たに追加された発明の実施形態であるか否かを検討することなく、部分優先の考え方を適用した点が興味深い。
 二点目は、米国仮出願書類には、構成③に示された態様が記載されていないが、米国仮出願書類の記載事項と技術常識を踏まえると、米国仮出願書類にたとえ明示的な記載がないとしても、構成③も、米国仮出願書類の「記載の想定の内に含まれている」と判断した点である。審査基準には、第一国出願の出願書類全体に記載した事項(当業者によって、第一国出願の出願書類全体の記載を総合することにより導かれる技術的事項)との関係において、新規事項の追加されたもの(新たな技術的事項を導入するもの)となる場合には、パリ条約による優先権の主張の効果が認められないことが記載されている(「第V部第1章3.1.3 第一国出願の出願書類の全体に記載した事項との対比及び判断」参照)。本判決が示した、「記載の想定の内に含まれている」とした技術的範囲が、審査基準における新規事項の追加を判断する際の技術的範囲と同じなのか、それとも異なるのか、については、議論の余地があると思料する。

以上
(担当弁理士:赤尾 隼人)