審決取消請求事件 » 令和2年(行ケ)第10015号「免疫原性組成物を安定化させ、沈殿を阻害する新規製剤」事件

名称:「免疫原性組成物を安定化させ、沈殿を阻害する新規製剤」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10015号 判決日:令和3年5月17日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:発明特定事項
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/325/090325_hanrei.pdf

[概要]
 特許請求の範囲に記載された「シリコーンにより誘発される凝集を阻害する」という効果に係る点を発明特定事項として相違点と認定し、本件発明が容易想到ではないとした審決の判断が維持された事例。

[事件の経緯]
 被告は、特許第6192115号の特許権者である。
 原告が、当該特許の請求項1~22に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2018-800090号)を請求したところ、特許庁が請求不成立の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を棄却し、審決を維持した。

[本件発明]
 【請求項1】
シリコーン処理された容器中に含まれる多糖類-タンパク質コンジュゲートの、シリコーンにより誘発される凝集を阻害する、シリコーン処理された容器に入れられている製剤であって、
(ⅰ)pH緩衝塩溶液、ここで該緩衝液は、約3.5から約7.5のpKaを有する、
(ⅱ)アルミニウム塩および
(ⅲ)CRM197ポリペプチドとコンジュゲートしたエス・ニューモニエ(S.pneumoniae)血清型4多糖類、
CRM197ポリペプチドとコンジュゲートしたエス・ニューモニエ血清型6B多糖類、
CRM197ポリペプチドとコンジュゲートしたエス・ニューモニエ血清型9V多糖類、
CRM197ポリペプチドとコンジュゲートしたエス・ニューモニエ血清型14多糖類、
CRM197ポリペプチドとコンジュゲートしたエス・ニューモニエ血清型18C多糖類、
CRM197ポリペプチドとコンジュゲートしたエス・ニューモニエ血清型19F多糖類、
CRM197ポリペプチドとコンジュゲートしたエス・ニューモニエ血清型23F多糖類、
CRM197ポリペプチドとコンジュゲートしたエス・ニューモニエ血清型1多糖類、
CRM197ポリペプチドとコンジュゲートしたエス・ニューモニエ血清型3多糖類、
CRM197ポリペプチドとコンジュゲートしたエス・ニューモニエ血清型5多糖類、
CRM197ポリペプチドとコンジュゲートしたエス・ニューモニエ血清型6A多糖類、
CRM197ポリペプチドとコンジュゲートしたエス・ニューモニエ血清型7F多糖類および
CRM197ポリペプチドとコンジュゲートしたエス・ニューモニエ血清型19A多糖類を含む多糖類-タンパク質コンジュゲート、を含む製剤。

[審決]
 審決では、相違点4として、本件発明は、「シリコーン処理された容器中に含まれる多糖類-タンパク質コンジュゲートの、シリコーンにより誘発される凝集を阻害する」ものであるのに対し、公知発明1は、このような特定がない、と認定した。そして、下記のように、肺炎球菌コンジュゲートに対するシリコーンの影響やその解決手段についていずれの公知文献にも記載がされておらず、それらの公知文献から本件発明の効果を予測することも困難であったとして、本件発明の進歩性を肯定し、本件特許を維持した。
『当業者が、13価の肺炎球菌CRMコンジュゲートに、シリコーンによる凝集の可能性があることを認識し得たと認めるべき証拠は全くない。そうすると、・・・(略)・・・当該13価の肺炎球菌CRMコンジュゲートのワクチン製剤を製造するに当たって、これを「シリコーンにより誘発される凝集を阻害する」ものとすること、すなわち、7価を13価に変更するのと併せてシリコーンによる凝集を阻害するための手段を適用することなど、およそ想到し得ない。』

[主な争点]
 相違点4の判断誤り(取消事由3)

[原告の主張]
(1)相違点4の不存在
 公知発明1においても、本件発明と同様に、肺炎球菌CRMコンジュゲートの凝集が成分中のリン酸アルミニウムによって抑制されていたが、そのことが当業者に理解されていたか否かにかかわりなく、公知発明1と本件発明とは、リン酸アルミニウムによって肺炎球菌CRMコンジュゲートのシリコーン誘発凝縮が抑制されていた点において一致する。
(2)相違点4の容易想到性
 ア 課題の認識の容易性
本件優先日前に、タンパク質製剤においてシリコーン誘発凝集が生ずることは技術常識であり、タンパク質を含む多糖類-タンパク質コンジュゲートの製剤化においても、シリコーン誘発凝集が技術課題となることを当業者は認識した。
 イ 課題解決手段の発見の容易性
 タンパク質が疎水性表面に吸着することにより凝集が生じる可能性があること、疎水性表面への吸着はアルミニウム粒子によって防止できることを開示する公知文献があった。また、シリコーンが疎水性界面を有することは本件優先日当時の技術常識であった。当業者は、13価の肺炎球菌CRMコンジュゲートワクチン製剤におけるシリコーンによる凝集も、アジュバントとしてアルミニウム塩を選択することによって防止できると理解し得た。

[被告の主張]
(1)相違点4は実質的な相違点であること
 公知発明1のリン酸アルミニウムはアジュバントとして含まれているにすぎず、ワクチン抗原が必要とする機能を発揮できるという理由に基づいて選択されているだけである。公知発明1においてはシリコーン誘発凝集という課題が生じていないので、シリコーン誘発凝集が抑制されていたかどうかについて、公知発明1から読み取ることはできない。
(2)相違点4の非容易想到性
 ア 課題の認識の非容易性
 本件発明の課題は当業者にとっては新規な課題である。
 イ 課題解決手段の発見の非容易性
 先行技術文献には全く記載も示唆もないpH緩衝塩溶液とアルミニウム塩との組合せという手段を採用し、本件発明の構成に至ることは、当業者にはおよそ不可能というべきである。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『(2) 相違点4に係る発明特定事項の技術的意義について
本件明細書の上記(1)の開示事項を踏まえると、本件発明の製剤がシリコーン誘発凝集の阻害という効果を奏するという発明特定事項の技術的意義は、次のように理解される。
 ① シリコーン誘発凝集には、肺炎球菌の血清型を問わず、遊離肺炎球菌コンジュゲートが関与している。
 ② 本件発明の製剤が(i)~(ⅲ)の組成を備えることにより、溶液中においては、肺炎球菌CRMコンジュゲートとアルミニウム塩とが結合し、遊離の肺炎球菌CRMコンジュゲートの量が相対的に減少した状態にある。
 ③ 上記②の状態にあることにより、上記①の原理によるシリコーン誘発凝集が阻害される。』
『(4)相違点4の容易想到性
 上記(2)のとおり、相違点4に係る本件発明の発明特定事項、すなわち「シリコーン処理された容器中に含まれる多糖類-タンパク質コンジュゲートの、シリコーンにより誘発される凝集を阻害する」は、肺炎球菌CRMコンジュゲートとアルミニウム塩が結合して、溶液中の遊離肺炎球菌CRMコンジュゲートの量が所期の量まで減少した状態であることにより、遊離肺炎球菌CRMコンジュゲートが関与するシリコーン誘発凝集が阻害されることを意味する。
 これに対し、上記(3)によれば、公知発明1に接する当業者は、リン酸アルミニウムに吸着された肺炎球菌CRMコンジュゲートが公知発明1の製剤に含まれることを認識するにとどまり、公知発明1の製剤溶液中における遊離肺炎球菌コンジュゲートの有無及び量を、遊離肺炎球菌コンジュゲートが関与するシリコーン凝集という課題との関係で認識することは容易ではなかったといえる。また、本件発明の製剤中における遊離肺炎球菌CRMコンジュゲートの量は、公知発明1の7vPnCに対して追加する6種の血清型の肺炎球菌CRMコンジュゲートの量によって変わり得るし、追加する各血清型それぞれのアルミニウム塩への吸着しやすさによっても異なるから、当業者は、本件発明の組成を有する製剤の溶液中に遊離肺炎球菌CRMコンジュゲートが存在するかどうかさえ公知発明1から予測できず、その結果、遊離肺炎球菌CRMコンジュゲートが関与するシリコーン誘発凝集が本件発明の組成の製剤において阻害されるか否かも予測できない。
 以上によれば、相違点4に係る発明特定事項、すなわち、シリコーン処理された容器中において肺炎球菌CRMコンジュゲートのシリコーン誘発凝集を阻害するために、製剤が(ⅰ)~(ⅲ)の組成を備えることは、当業者にとって、公知発明1から容易に想到し得るものではない。』
 以上のように、本件発明は、容易想到ではないとし、それにより、審決が維持された。

[コメント]
 公知発明1で認識されていない発明の効果に係る点が、発明特定事項として相違点と認定され、本件発明が容易想到ではないとされた。本件発明と公知発明1との相違点としては、当該効果に係る点以外にも、ワクチンの価数(13価と7価:相違点1)、pH緩衝塩溶液の有無(相違点2)、容器のシリコーン処理不明(相違点3)がある。本判決中、相違点2と3は明確には判断されておらず、相違点1は別途に容易想到であるとされている。
 公知物についての未知の属性の発見は、用途発明として、新規な発明となり得る。本判決では、本件発明の想到困難性が、用途発明の形ではなく、公知物と発明の効果の認識の有無の違いによって、認められている。仮に、公知物で発揮されていた効果を初めて認識したことで、公知物とその効果の認識のみが異なる対象を新規性も進歩性もある発明とすることができるならば、公知技術を含む権利が成立することに繋がる。本判決は、相違点4に基づく判断にあたり、公知物とは異なる他の構成要件も影響していると言えるのではないだろうか。
 発明の効果が発明特定事項として認定され、新規性又は進歩性があるとされた裁判例は他にもある(例えば、平成27年(行ケ)第10097号、平成29年(行ケ)第10041号、令和元年(行ケ)第10076号など)。しかし、発明の効果の記載が、いかなる場合にも他の構成要件と独立した形で新規性や進歩性を判断する為の基になると一般化することはできないと考える。

以上
(担当弁理士:高山 周子)