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平成30年(行ケ)第10090号「タイヤ」事件

名称:「タイヤ」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10090号 判決日:平成31年3月14日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:引用発明の認定、相違点の認定、進歩性
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/565/088565_hanrei.pdf
[概要]
引用発明の認定に誤りがあったが、相違点の認定に誤りはなく、引用発明において相違点に係る本願補正発明の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得たとして、進歩性を否定した審決を維持した事例。
[事件の経緯]
原告は、本願(特願2014-239280)に係る発明について、拒絶査定不服審判請求を行い、同時に特許請求の範囲を補正する手続補正書を提出した。特許庁が、上記請求を不服2017-6367号事件として審理を行い、拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却し、審決を維持した。
[本願補正発明]
【請求項1】
骨格用樹脂材料で形成された環状のタイヤ骨格部材と、
前記タイヤ骨格部材に設けられ、タイヤ周方向に延びる補強コードと、被覆用樹脂材料で形成され、前記補強コードを被覆すると共に前記タイヤ骨格部材に接合された被覆用樹脂層と、前記被覆用樹脂材料よりも弾性率が高い接合用樹脂材料で形成され、前記補強コードと前記被覆用樹脂層との間に配置されて前記補強コードと前記被覆用樹脂層とを接合する接合用樹脂層と、を備える被覆コード部材と、
を有し、
前記タイヤ骨格部材は、ビード部と、前記ビード部のタイヤ径方向外側に連なるサイド部と、前記サイド部のタイヤ幅方向内側に連なるクラウン部と、を備え、
前記被覆コード部材は、前記補強コードが延びる方向と直交する方向の断面形状が略四角形状とされており、前記クラウン部の外周に螺旋状に巻回されると共にタイヤ幅方向に隣接する部分同士が熱溶着によって接合されているタイヤにおいて、
前記接合用樹脂層は、層厚が前記被覆用樹脂層よりも薄い、タイヤ。
[取消事由]
独立特許要件違反(進歩性欠如)の判断の誤りの有無
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 理由1(甲1発明の認定誤りに伴う相違点Aの看過)及び理由2(甲1発明の認定誤りに伴う相違点Cの看過)について
・・・(略)・・・
(3) 本願補正発明と甲1発明との対比
本願補正発明と甲1発明とを対比すると、後記のとおり、本願補正発明の「前記被覆コード部材は、・・・前記クラウン部の外周に螺旋状に巻回される」は、被覆コード部材が、クラウン部の外周に、埋設された状態で螺旋状に巻きつけられる態様を含むから、甲1発明の「前記補強金属コードは、前記クラウン部の外周面に、埋設された状態で螺旋状に巻きつけられ」は、本願補正発明の「前記被覆コード部材は、・・・前記クラウン部の外周に螺旋状に巻回され」に相当する。
そうすると、本願補正発明と甲1発明とは、審決認定のとおり、以下の一致点で一致し、以下の相違点1・2で相違する。
・・・(略)・・・
(相違点1)
被覆コード部材(補強金属コード)に関して、本願補正発明においては、「前記補強コードが延びる方向と直交する方向の断面形状が略四角形状とされており」と特定されているのに対して、甲1発明においては、そのようには特定されていない点。
(相違点2)
本願補正発明においては、「前記接合用樹脂層は、層厚が前記被覆用樹脂層よりも薄い」と特定されているのに対し、甲1発明においては、そのようには特定されていない点。
(4) 理由1(甲1発明の認定誤りに伴う相違点Aの看過)の検討
ア 前記(1)キのとおり、引用文献1の[0118]には、「加熱された樹脂被覆コード26の樹脂被覆がクラウン部16の外周面に接触すると、接触部分の樹脂材料が溶融又は軟化し、タイヤケース樹脂と溶融接合してクラウン部16の外周面に一体化される。このとき、樹脂被覆コードは隣接する樹脂被覆コードとも溶融接合される為、隙間のない状態で巻回される。これにより、樹脂被覆コード26を埋設した部分へのエア入りが抑制される。」と記載されている。
上記記載に接した当業者は、樹脂被覆コード26は、①クラウン部16のタイヤケース樹脂と溶融接合することに加え、②隣接する樹脂被覆コードとも溶融接合されること、③上記②により、隙間のない状態で巻回されることになること、④上記③により、樹脂被覆コード26を埋設した部分へのエア入りが抑制されるという効果を奏することを理解することができるから、甲1発明のうち「前記被覆層は隣接する被覆層とも溶融接合されている」との審決の認定に誤りはない。
イ 原告は、引用文献1の[0108]及び[図2]によると、樹脂被覆コード26のクラウン部16に埋設された部分は、「クラウン部16(タイヤケース17)を構成する樹脂材料と密着」しており、隣接する樹脂被覆コードと直接密着しているわけではないから、引用文献1の[0118]は、「樹脂被覆コードは隣接する樹脂被覆コードともクラウン部16を形成する樹脂を介して溶融接合される為、隙間のない状態で巻回される。」という程度の意味であると主張する。
しかし、前記(1)キのとおり、引用文献1の[0108]には、「樹脂被覆コード26のクラウン部16に埋設された部分は、クラウン部16(タイヤケース17)を構成する樹脂材料と密着した状態となっている。」と記載され、[0110]には、「樹脂被覆コード26が、・・・タイヤケース17に、密着した状態で埋設されている。そのため、スチールコード27を被覆する被覆用組成物28とタイヤケース17との接触面積が大きくなり、樹脂被覆コード26とタイヤケース17との接着耐久性が向上し、その結果、タイヤの耐久性が優れたものとなる。」と記載されているものの、前記アのとおり、①樹脂被覆コード26がクラウン部16のタイヤケース樹脂と溶融接合することと、②樹脂被覆コード26が隣接する樹脂被覆コードと直接溶融接合することとは両立するものであるし、引用文献1の樹脂被覆コード26は、樹脂被覆コードが延びる方向と直交する方向の断面形状が略円形状であって、略四角形状ではないから、隣接する樹脂被覆コードと溶融接合していても、樹脂被覆コードが埋設された場合には、埋設されずに巻回された場合と比べて、上記[0110]に記載されているように、タイヤケース17との接触面積は大きくなるものと認められる。そうすると、[0108]や[0110]の上記記載は、[0118]の「樹脂被覆コードは隣接する樹脂被覆コードとも溶融接合される」との記載について、敢えて「クラウン部16を形成する樹脂を介して」との文言を加えて理解しなければならない根拠にはならない。
また、引用文献1の[図2]には、樹脂被覆コード26と、隣に埋設された樹脂被覆コードとが接触していない図面が記載されているが、[0099]には、「各図(・・・図2・・・)は、模式的に示した図であり、各部の大きさ及び形状は、理解を容易にするために、適宜誇張して示している。」と記載されているから、引用文献1には、隣に埋設された樹脂被覆コード同士の位置関係(隣に埋設された樹脂被覆コード間の「大きさ及び形状」)が[図2]に記載したような発明のみが記載されていると解することはできない。
・・・(略)・・・
(5) 理由2(甲1発明の認定誤りに伴う相違点Cの看過)の検討
ア 前記(1)キのとおり、引用文献1の[0108]には、「本発明の第一の実施形態に係るタイヤ10では、樹脂被覆コード26は、タイヤケース17の軸方向に沿った断面視で、その少なくとも一部がクラウン部16に埋設された状態で螺旋状に巻回されている。」と記載されているから、前記(2)のとおり、甲1発明のうち、理由2に係る部分は、「前記補強金属コードは、前記クラウン部の外周面に、埋設された状態で螺旋状に巻きつけられ」と認定することができる。
イ 引用発明の認定に誤りがあっても、進歩性の有無を検討すべき本願発明と対比した結果、相違点の認定に誤りがないのであれば、引用発明の上記認定誤りは、進歩性を否定した審決の結論に影響を及ぼさず、それだけで審決取消事由を基礎付けるものではないので、次に相違点の認定について検討する。
・・・(略)・・・
(エ)そうすると、本願補正発明の「前記被覆コード部材は、・・・前記クラウン部の外周に螺旋状に巻回される」は、被覆コード部材が、クラウン部の外周に、埋設された状態で螺旋状に巻き付けられる態様を排除するものではなく、これを含むものと認められる。
したがって、前記(3)のとおり、甲1発明の「前記補強金属コードは、前記クラウン部の外周面に、埋設された状態で螺旋状に巻きつけられ」は、本願補正発明の「前記被覆コード部材は、・・・前記クラウン部の外周に螺旋状に巻回され」に相当するから、審決の相違点の認定に誤りはなく、審決が相違点Cを看過したものということはできない。
ウ 原告は、本願明細書の【0035】、【0063】には、「被覆コード部材26をタイヤ骨格部材17のクラウン部16の外周に螺旋状に巻回している」との内容が記載されているし、図1~4にも埋設された態様は一切開示されていないこと、「埋設された状態で螺旋状に巻回されている」のような記載はないことから、本願補正発明の「巻回」に埋設の態様は含まれないと主張する。
しかし、前記イの複数の特許公報における使用例などに照らすと、タイヤの技術分野において、「巻回」は、物理的な変形を伴わない態様のものに加え、埋設のように物理的な変形を伴う態様のものをも含む意味として、当業者に認識されているものと認められるから、本願明細書に「巻回」についての格別の定義がない以上、当業者が理解する一般的な意味として、本願補正発明の発明特定事項における「巻回」には、埋設された状態で巻きつけられる態様をも含むものと解釈すべきである。
(6) 小括
以上によると、理由1及び2は、いずれも理由がない。』
『3 理由3(相違点1の容易想到性判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(7) 甲1発明に周知技術を適用することの可否
ア 前記(6)のとおり、本願出願日当時、クラウン部の外周にタイヤ周方向に巻き付ける被覆コード部材の断面形状は、略四角形状、円形状又は台形状等から選択可能であることは周知技術であった。
・・・(略)・・・。そうすると、本願出願日当時、タイヤ軸方向に隣接する補強コード部材同士を接合しないものに比べて、これを接合したものは補強コード部材で構成される補強層の剛性を向上させることができ、その接合面積が広いほど補強層の剛性が向上し、補強層が接合されるタイヤ骨格部材の剛性を向上させることができることが知られていた。そして、補強コード部材(被覆コード部材)の断面形状が円形状のものよりも、略四角形状のものの方が、タイヤ軸方向に隣接する補強コード部材同士の接合面積を広くし得ることは、明らかである。
以上によると、タイヤ軸方向に隣接する被覆コード部材同士を溶融接合している甲1発明において、前記(6)の周知技術を適用して、断面形状が円形状の被覆コード部材に代えて、これと適宜選択可能な関係にある断面形状が略四角形状の被覆コード部材を採用することは、当業者が容易に想到し得るものと認められる。
・・・(略)・・・
(8) 原告の主張について
・・・(略)・・・
しかし、・・・(略)・・・、被覆コード部材の断面形状を略四角形状とすることは、三つの公開特許公報に記載されており、上記の三つの公開特許公報が、いずれも原告の特許出願に係るものであるとしても、それらに接した当業者は、それらに記載された技術を用い得るのであるから、原告のみの技術であるとはいえないし、・・・(略)・・・、周知技術ということができる。
イ 原告は、甲1発明に本件周知技術(略四角形状の補強金属コード)を適用することには、①略四角形状の樹脂被覆コードを埋設するには、溝が必要であるが、甲1発明には溝がないという構造上の阻害要因、②略四角形状の樹脂被覆コードにすると、クラウン部へ埋め込む面圧を高くする必要があるが、面圧を高くすると略四角形状の樹脂被覆コードの構造を維持することができないという製造上の阻害要因、③丸型の樹脂被覆コードに代えて、略四角形状の樹脂被覆コードをクラウン部に埋設する場合、溶融したクラウン部樹脂の逃げ場がなく、略四角形状とされた樹脂被覆コードを密着状態でクラウン部に埋設することはできないという製造上の阻害要因が存在すると主張する。
・・・(略)・・・
また、前記(7)イのとおり、周知文献2、3には、断面形状が略四角形状であり、タイヤ軸方向に隣接する部分同士が接合(溶着)された補強コード部材を、クラウン部16に埋設することができることが記載されているから、略四角形状の樹脂被覆コードの面圧の調整や、溶融したクラウン部樹脂の逃げ場の確保などは、当業者が必要に応じて適宜なし得る程度のものと認められ、これに反する技術文献その他の証拠は提出されていない。したがって、上記②、③の阻害要因が存するとは認められない。』
[コメント]
引用文献1、周知文献1~3の記載内容からは、本願補正発明が、引用文献1及び周知文献1~3に基づいて進歩性がないという裁判所の判断自体は妥当かと思われる。
ところで、引用文献1、周知文献1~3は何れも原告による出願であって、これらの文献の出願日(優先日)は2013年3月~4月となっているが、引用文献1の被覆コード部材のみ、断面が略四角形状ではなく略円形状となっている。よって、原告は、本件で主張しているように、タイヤ骨格部材に埋設させるために略四角形状ではなく略円形状の断面を採用していた可能性がある。そのため、結果として裁判所は認めなかったが、「略四角形状の樹脂被覆コードにすると、クラウン部へ埋め込む面圧を高くする必要があるが、面圧を高くすると略四角形状の樹脂被覆コードの構造を維持することができないという製造上の阻害要因が存在する」、及び「丸型の樹脂被覆コードに代えて、略四角形状の樹脂被覆コードをクラウン部に埋設する場合、溶融したクラウン部樹脂の逃げ場がなく、略四角形状とされた樹脂被覆コードを密着状態でクラウン部に埋設することはできないという製造上の阻害要因が存在する」旨の原告の主張には、賛同できる部分がある。
以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)

平成30年(行ケ)第10090号「タイヤ」事件

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