IP case studies判例研究

平成30年(行ケ)第10041号「地殻様組成体の製造方法」事件

名称:「地殻様組成体の製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10041号 判決日:平成30年12月6日
判決:審決取消
特許法29条2項、36条6項1号
キーワード:サポート要件、引用発明の認定、非特許文献
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/174/088174_hanrei.pdf
[概要]
非特許文献である引用文献には、単に下水汚泥焼却灰等の処分に向けた方針、及び有識者の意見が断片的に記載されているにすぎず、審決が認定した引用発明が記載されているとはいえないと判断された事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2012-83259号)に係る拒絶査定不服審判(不服2016-14969号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本件発明1]
【請求項1】
炭酸カルシウムを主成分として成る炭酸カルシウム組成物と、ケイ酸塩を主成分として成るケイ酸質組成物と、酸化鉄系物質を主成分として成る酸化鉄組成物との焼成物より成る固相組成物であって、上記炭酸カルシウム組成物、上記ケイ酸質組成物、及び上記酸化鉄組成物の少なくとも何れかが放射能汚染由来であり、全体として上記固相組成物内に閉じ込められた所定値以下の濃度の放射性物質を含んで構成されている地殻様組成体を微粉砕して成る粉砕材と、
測定下限値を超える放射能濃度で放射性物質を含んだ動植物類、焼却灰、汚泥スラッジ、海洋泥砂、河川泥砂、湖泥砂、街路樹木、がれき、汚染水、土砂のうちの何れか一つ以上を含む汚染材を、前記放射性物質として含まれるセシウム及び/又はストロンチウムの気化温度未満で焼成した放射性物質を含有する焼成汚染材と、
を水で混練して全体として放射能濃度が法的に設定された法令基準値以下のペースト状組成物を生成することを特徴とする地殻様組成体の製造方法。
[取消事由]
1.サポート要件適合性についての判断の誤り(取消事由1)
2.引用発明の認定の誤り(取消事由2)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
取消事由1(サポート要件適合性についての判断の誤り)について
『(1) 審決は、本願発明1は、少なくともセシウム及びストロンチウムを含む放射性物質を、1382℃未満の温度(例えば1000℃)で焼成する場合を含むと解され得るが、1382℃未満の温度で焼成をすると、「前記放射性物質として含まれるセシウム及びストロンチウム」のうちのセシウム(沸点671℃)が気化するため、本願発明1の効果である「放射性物質の気化温度未満で焼成」し、「放射性物質や灰分が残渣として残り、放射性物質が気化されて大気中に放出されないようにする」とともに「有機物を気化若しくは無機化させること」を実現できないとして、特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合しないと判断した。
・・・(略)・・・
イ 本件についてみると、本願発明1は、・・・(略)・・・と特定するものである。
そうすると、本願の請求項1にいう、「汚染材に放射性物質として含まれるセシウム及び/又はストロンチウム」には、汚染材に放射性物質として「セシウム及びストロンチウム」の両者が含まれる場合のみならず、「セシウム又はストロンチウム」、すなわち「セシウム」、「ストロンチウム」のいずれか一方のみが含まれる場合も含まれているというべきである。
ウ また、本願明細書には、前記1(1)カのとおり、・・・(略)・・・焼成温度を汚染材に含まれる放射性物質の気化温度未満とすることにより、放射性物質の気化を防止できることが記載されている。これに対し、本願明細書には、汚染材に含まれる放射性物質の気化温度以上の温度で焼成することについての記載はない。
このような本願明細書の記載に鑑みれば、本願発明1の上記特定事項については、・・・(略)・・・セシウムとストロンチウムの両者を同時に放射性物質として含む場合には、セシウム及びストロンチウムの気化温度未満で汚染材を焼成、すなわち、両者の気化温度に共通する部分となる(より低い気化温度である)セシウムの気化温度未満で焼成するものと解するのが自然である。また、セシウム又はストロンチウムのいずれか一方のみを放射性物質として含む場合には、当該放射性物質の気化温度未満で焼成するものと解される。
エ したがって、請求項1に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるというべきである。』
取消事由2(引用発明の認定の誤り)について
『(1) 審決は、引用文献には引用発明が記載されていると認定し、本願発明1は引用発明に基づいて当業者が容易に発明できたと判断した。
(2)ア そこで検討するに、進歩性の判断に際し、本願発明と対比すべき特許法29条1項各号所定の発明は、通常、本願発明と技術分野が関連し、当該技術分野における当業者が検討対象とする範囲内のものから選択されるところ、同条1項3号の「刊行物に記載された発明」は、当業者が、出願時の技術水準に基づいて本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから、当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。
イ 本件についてみると、引用文献は、その表題から、放射性物質が検出された下水汚泥焼却灰等の処分に向けた検討状況を1枚の資料にまとめたものと認められる。
そして、引用文献の「1 これまでの経緯と今後の予定」の項の記載から、①平成23年9月から、「放射性物質対策検討特別部会」において下水汚泥焼却灰等の安全な処分に向けた検討が開始されたこと、②同年10月から、下水汚泥焼却灰等の処分に関する安全性評価検討業務委託がされ、委託先の有識者委員会である汚染焼却灰等処分安全性評価委員会が3回開催されたこと、③平成24年3月に東日本大震災対策本部会議が開催又は予定され、処分に向けた検討の方向性について確認されること、④同年4月以降、実現に向けた課題の抽出や整理が行われる予定であることが理解できる。
また、「2 第1~3回汚染焼却灰等処分安全性評価委員会での有識者からの主な意見」の項の記載は、上記有識者委員会での主な意見をまとめたものと理解できるところ、「(前提)」の欄に、「今回の安全性評価の中では、セシウム(Cs134、Cs137)を対象としたことを前提条件として明示することが望ましい」との記載があることから、放射性物質としてセシウムが検討対象になっていたことが把握できる。
さらに、「(方針)」の欄に、「再利用(下水汚泥焼却灰のセメント原料化)の再開を目指すことは望ましい」、「めやす値より低いからそれで良しとするのではなく、さらに、できる限り影響が小さくなるよう対策する姿勢が重要」との記載があることから、上記有識者委員会において、放射性物質としてセシウムを含む下水汚泥焼却灰のセメント原料化の再開を目指すこと、放射線の影響はできる限り小さくするよう対策すべきことが、方針に関する有識者の意見として存在したことをそれぞれ理解できる。
その一方で、引用文献には、放射性物質が検出された下水汚泥をどのように焼却するか、下水汚泥焼却灰はどの程度の放射性物質を含むものであるか、下水汚泥焼却灰をセメント原料化する際、できる限り影響が小さくなるようにどのような対策をするのか等、下水汚泥焼却灰を処分するに当たっての具体的な方法、手順、条件など、技術的思想として観念するに足りる事項についての記載は一切存在しない。
そうすると、引用文献には、単に放射性物質が検出された下水汚泥焼却灰等の処分に向けた方針、及び当該方針に関する有識者の意見が断片的に記載されているにすぎず、下水汚泥焼却灰等の安全な処分方法というひとまとまりの具体的な技術的思想が記載されているとはいえない。
ウ したがって、その余の点について認定、判断するまでもなく、引用文献に審決が認定した引用発明が記載されているとはいえない。
(3) 被告の主張について
被告は、引用文献の記載から、「下水汚泥焼却灰のセメント原料化」が再開されていないことがうかがわれるからといって、引用文献に「下水汚泥焼却灰のセメント原料化」を行う方法が開示されていないことにはならないし、「下水汚泥焼却灰のセメント原料化」を行う方法は一般的に確立されていた技術といえるから、原告の主張は失当であると主張する。
しかし、引用文献中の「再開を目指すことが望ましい」との記載からは、下水汚泥焼却灰のセメント原料化が引用文献の作成時点において中止されていたことが明らかであるところ、上記(2)のとおり、引用文献には下水汚泥焼却灰を処分するに当たっての具体的な方法など、技術的思想として観念するに足りる事項についての記載は一切存在しないのであるから、同文献に「下水汚泥焼却灰のセメント原料化」を行う方法が開示されているとはいえない。
また、被告が証拠として提出した乙4~6は、いずれも「下水汚泥焼却灰のセメント原料化」技術に関する刊行物であるものの、放射性物質を含む下水汚泥焼却灰のセメント原料化についての記載はないから、これらの証拠をもって、引用文献が対象とする「放射性物質が検出された下水汚泥焼却灰等」におけるセメント原料化が確立された技術ということはできない。
したがって、この点についての被告の主張を採用することはできない。
(4) 小括
よって、引用文献に引用発明が記載されていることを前提として、本願発明1は引用発明に基づいて容易に想到することができたとした審決の判断には誤りがあり、その誤りは結論に影響を及ぼすものであるから、原告が主張する取消事由2は理由がある。』
[コメント]
・取消事由1(サポート要件)
請求項1の「放射性物質」について、審決では「本願請求項1の「放射性物質」自体については何ら特定されておらず、「放射性物質として含まれる」ものの中にセシウム及び/又はストロンチウムがあることが特定されているから、「放射性物質」は少なくとも「セシウム及びストロンチウム」を含むと解することができる。」と認定した。すなわち、審決は放射性物質がセシウム及びストロンチウム以外の放射性物質を含みうることを前提にしている。
一方、本判決では放射性物質がセシウム及びストロンチウム以外の放射性物質を含みうることは前提にしておらず、焼成温度をセシウム及び/又はストロンチウムとの関係で検討した。前提の違いが結論の違いにつながったと捉えることができる。
・取消事由2(引用発明の認定)
引用文献は「放射性物質が検出された下水汚泥焼却灰等の処分にむけた検討状況」と題された資料(非特許文献)である(下記リンク参照)。引用文献には「放射性物質が検出された下水汚泥焼却灰等の処分」に関する意見や方向性が記載されており、放射性物質が検出された下水汚泥焼却灰等を処分する場合のフロー図も記載されているが、本判決では発明(技術思想)が記載されてるとは認定されなかった。引用発明の認定に関しては下記判決も参考になる。
今回の引用文献は拒絶査定不服審判(権利化段階)で挙げられたものであるが、例えば異議申し立てや無効審判等で引用文献として非技術文献を用いる場合は、非技術文献に具体的な技術的思想の記載が認められるか否かについて留意する必要がある。
[参考]
・引用発明の認定に関する裁判例
知財高裁平成23(行ケ)10354号
『特許法29条1項3号の判断において、刊行物に発明が記載されているというためには、当業者が特別の思考を有することなく、当該発明を実施し得る程度の記載がされていることが必要であるところ、その発明の構成が記載されていればよく、発明の目的や作用効果まで記載されている必要はないものと解される。』
知財高裁平成24年(行ケ)第10314号
『特許法29条2項適用の前提となる同条1項3号は、「特許出願前に(中略)頒布された刊行物に記載された発明」については特許を受けることができないと規定するところ、上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには、同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが、発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)に鑑みれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術事項が開示されていることを要するものというべきである。』
知財高裁平成25年(行ケ)第10248号
『「刊行物に記載された『発明』」である以上は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」(特許法2条1項)であるべきことは当然であって、刊行物においてそのような技術的思想が開示されているといえない場合には、引用発明として認定することはできない。』
・引用文献のリンクhttp://www.city.kawasaki.jp/170/cmsfiles/contents/0000015/15973/file1504.pdf
以上
(担当弁理士:赤間 賢一郎)

平成30年(行ケ)第10041号「地殻様組成体の製造方法」事件

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