IP case studies判例研究

平成29年(行ケ)第10229号「ゴルフスイングの計測解析システム」事件

名称:「ゴルフスイングの計測解析システム」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10229号 判決日:平成30年10月3日
判決:請求棄却
条文:特許法29条2項
キーワード:相違点の判断
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/028/088028_hanrei.pdf
[概要]
引用発明に周知技術を適用することについて阻害要因となる弊害があると主張したが、引用発明に周知技術を適用する場合に、当該弊害は、当然に配慮し、通常期待される創作活動を通じて回避できるものと認められるため、阻害要因とは認められないと判断された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5823767号の特許権者である。
当該特許について、特許異議の申立て(異議2016-700469号)がされ、原告が訂正を請求したところ、被告が、当該特許を取り消す決定をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
ゴルファがゴルフクラブによりゴルフボールを打撃するときのゴルフスイングを計測解析する計測解析システムであって、
三軸加速度及び三軸角速度を計測するセンサー、前記センサーにより計測される三軸加速度及び三軸角速度の計測データを保存するメモリ、並びに、前記計測データを送信する無線回路を有し、前記ゴルフクラブのグリップエンド又はヘッドに対して着脱可能に取り付けられた、センサーユニットと、
前記センサーユニットの前記無線回路から送信される前記計測データに基づいて、ゴルフスイング中の前記ゴルフクラブの三軸加速度及び三軸角速度の時系列データを取得する、データ取得部、取得された前記時系列データから、ゴルフスイング中の前記ゴルフクラブの軌跡データを抽出する軌跡データ抽出部、及び、前記軌跡データ、前記時系列データ、及び前記ゴルフクラブの特性に基づき、前記軌跡データが入力された片持ち梁ゴルフクラブモデルを使用してゴルファによるゴルフスイングをシミュレートするシミュレート部を有する解析装置と、
を備えることを特徴とする、ゴルフスイングの計測解析システム。
[争点]
取消事由1:本件発明1(請求項1に係る発明)の容易想到性の判断について
取消事由2:本件発明2及び3(請求項2及び3に係る発明)の容易想到性の判断について
※以下、取消事由1について記載する。
[原告の主張]
相違点2(本件発明1においては、センサーユニットが「ゴルフクラブのグリップエンド又はヘッドに対して着脱可能に」取り付けられているのに対し、引用発明1では着脱可能に取り付けられていない点。)の容易想到性の判断には誤りがある。
本件決定が周知例として挙げた引用文献には、センサーユニットをゴルフクラブのグリップエンドに対して着脱可能に取り付けることは周知技術としては認めがたい。
また、仮にセンサーユニットをゴルフクラブのグリップエンドに対して着脱可能に取り付けることが周知であるとしても、引用発明1あるいは原告引用発明1においてセンサーユニットをグリップエンドに対して着脱可能に取り付ける構成とした場合、以下のような阻害要因が認められるため、容易相当と判断した本件決定の判断は誤りである。
①試打に用いられるゴルフクラブの総重量や重心が変わるため、引用発明1あるいは原告引用発明1が意図する本来のスイングの計測データが得られなくなる。
②ゴルフクラブ全体の外観が変化し、試打者の視界も悪化するため、引用発明1あるいは原告引用発明1が意図する本来のスイングの計測データが得られなくなる。
③ゴルフクラブと6軸センサとの対応関係が乱される結果、引用発明1あるいは原告引用発明1の課題を解決できなくなるおそれがある。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(4) 相違点2の容易想到性について
ア 原告引用発明1は、ゴルフクラブのシャフト内部に3軸の加速度と3軸の角速度を検出して出力する6軸センサと6軸センサの出力を外部へ送信する送信部を備え、当該シャフトの既知の設計因子データである曲げ剛性、ねじれ剛性及び曲げ剛性分布のデータがそれぞれ異なる複数のゴルフクラブそれぞれを使用して試打した時の計測データから、試打者の技量と癖を1次関数化したスイング応答曲面を算出し、この応答曲面等によって得られるゴルフクラブグリップの運動の変位データに基づいて、ゴルフクラブヘッドの運動を解析し、この解析によって選択した設計因子を適用したシャフトのゴルフクラブを使用して試打者(設計対象のシャフトのユーザー)がスイングを行った場合のゴルフクラブヘッドの運動を模擬するシステム(ゴルフスイングの計測解析システム)である。原告引用発明1の6軸センサ及び送信部は、本件発明1の「センサーユニット」に相当するものであり、設計因子データがそれぞれ異なる複数のゴルフクラブのそれぞれに備え付けられている。
一方で、甲1には、6軸センサ及び送信部が「ゴルフクラブのグリップエンド又はヘッドに対して着脱可能に」取り付けられていることについての記載はないものの、本件出願当時、ゴルフスイングの計測、解析等を行う装置において、その計測、解析等に用いるセンサーユニットをゴルフクラブのグリップエンド又はヘッドに対して着脱可能に取り付けること、着脱可能とする構造として、センサーユニットをゴルフクラブのグリップエンドに嵌着したり、筐体に入れてグリップエンドに延設するなどしてグリップエンドに外付けすることは、周知の技術であったことは、前記(3)イ(イ)認定のとおりである。
しかるところ、ゴルフスイングの計測解析に用いられる複数のゴルフクラブにそれぞれ備えつけられたセンサーユニットを着脱可能な構造のものとすれば、ゴルフクラブ全体を交換することなく、センサーユニットをアップグレードしたり、故障時に交換することを可能なものとし(例えば、甲9の【0012】)、さらには、複数のゴルフクラブで一つの着脱可能なセンサーユニットを共用することで、コスト削減につながり得るといった利点があることは、自明であるといえるから、複数のゴルフクラブに備えつけるセンサーユニットを着脱可能な構造とするかどうかは、当業者が、上記利点などを考慮しながら、適宜定める設計的事項であるものと認められる。
そうすると、甲1に接した当業者は、原告引用発明1において、上記周知の技術を適用して、複数のゴルフクラブのシャフト内部に備えつけられた6軸センサ及び送信部をグリップエンドに対して着脱可能に取り付けられた構成(相違点2に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。
したがって、本件決定における相違点2の容易想到性の判断は、結論において誤りはない。
イ これに対し原告は、原告引用発明1においてセンサーユニットをグリップエンドに対して着脱可能に取り付ける構成とした場合、①試打に用いられるゴルフクラブの総重量や重心が変わるため、原告引用発明1が意図する本来のスイング((試打用ではない)通常のゴルフクラブを使用してスイングした際のスイング)の計測データが得られなくなる(阻害要因①)、②ゴルフクラブ全体の外観が変化し、試打者の視界も悪化するため、原告引用発明1が意図する本来のスイングの計測データが得られなくなる(阻害要因②)、③ゴルフクラブと6軸センサとの対応関係が乱される結果、原告引用発明1の課題を解決できなくなるおそれがある(阻害要因③)といった重大な弊害が生じるため、原告引用発明1に相違点2に係る本件発明1の構成を適用することに阻害要因がある旨主張する。
しかしながら、甲1には、「ゴルフシャフトの最適設計を行う際にはゴルフクラブを使用するゴルファーのスイング特性を考慮に入れて、ゴルファーの技量や癖を確実に把握して、技量や癖に合致したゴルフシャフトの設計を行う必要がある。」(【0008】)、「9本のゴルフクラブ1は、6軸センサ11、送信部12等をシャフト内に挿入することによりゴルフクラブ1の総重量が重くならないように、6軸センサ11、送信部12及びこれらを動作させるために必要な機器全体の重量を20gに抑えている。これにより、市販の軽量グリップを用いることで総重量の増加を抑えることができるためクラブの重量増加によるスイングへの悪影響を与えないようにしている。」(【0029】)との記載があることに照らすと、甲1に接した当業者であれば、原告引用発明1の6軸センサ及び送信部(センサーユニット)をグリップエンドに対して着脱可能に取り付ける構成とする場合、ゴルフクラブの総重量や重心の変化によりスイングへの悪影響を与えないようにしたり、試打者の視界を妨げないようにすることは、ゴルファーの技量や癖を確実に把握するために当然に配慮し、通常期待される創作活動を通じて実現できるものと認められるから、原告主張の阻害要因①及び②は採用することができない。
次に、原告引用発明1の6軸センサ及び送信部をグリップエンドに対して着脱可能に取り付ける構成とする場合、ゴルフクラブと6軸センサとの対応関係が乱される結果がないように設計することも、上記と同様に、当業者が通常期待される創作活動を通じて実現できる事柄であり、また、試打者が、複数のゴルフクラブを使用して試打を行う場合であっても、実際に試打を行う際に使用するゴルフクラブは特定の1本であることからすると、システムの使用時に6軸センサ及び送信部の取り付けの誤りによって上記対応関係が乱されるおそれがあるものとは考え難いし、仮にそのようなおそれがあるとしても、それを回避する措置を適宜とることも可能であるものと認められるから、原告主張の阻害要因③も採用することができない。
したがって、原告引用発明1に相違点2に係る本件発明1の構成を適用することに阻害要因があるとの原告の上記主張は、理由がない。
(5) 小括
以上のとおり、当業者は、原告引用発明1において、本件出願当時の周知の技術を適用して、相違点2に係る本件発明1の構成とすることを容易に想到することができたものと認められる。
・・・(略)・・・
3 結論
以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、本件決定にこれを取り消すべき違法は認められない。
したがって、原告の請求は棄却されるべきものである。』
[コメント]
本判決は、引用発明が記載された公報の内容のものに対して、そのまま周知技術を適用して本願発明とする場合に阻害要因があると主張したとしても、当業者であれば、当然に配慮し、通常期待される創作活動を通じて実現できるものと認められるものによって、本願発明に至るものであれば、阻害要因としては認められないということを判示している。
審査基準によれば、阻害要因とは「副引用発明を主引用発明に適用することを阻害する事情があることは、論理付けを妨げる要因(阻害要因)として、進歩性が肯定される方向に働く要素となる。ただし、阻害要因を考慮したとしても、当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことが、十分に論理付けられた場合は、請求項に係る発明の進歩性は否定される。」と記載されている。さらに、阻害要因の例として、「副引用発明の適用は、主引用発明の(明細書に記載されている)目的に反する」、「主引用発明に副引用発明を適用すると、主引用発明の主な機能を果たしえなくなる」、「主引用発明が副引用発明に係る特徴を積極的に排斥している」、「副引用発明の態様が、主引用発明が達成しようとする目的において劣る例として示されている」等が記載されている。
以上によれば、阻害要因を主張する場合には、主引用発明の目的に逆行する構成や、主引用発明の明細書において積極的に除外されている構成を採用している等の点が見出されることが好ましく、万が一、阻害要因として認められなかった場合においても、他の理由により容易想到ではないと主張できる点を検討しておくことがより好ましいと考えられる。
以上
(担当弁理士:植田 亨)

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