IP case studies判例研究

平成29(行ケ)第10051号「その暗号変換により特に情報漏洩観測攻撃から保護される暗号回路」事件

名称:「その暗号変換により特に情報漏洩観測攻撃から保護される暗号回路」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29(行ケ)第10051号 判決日:平成30年4月12日
判決:請求棄却
特許法36条4項1号
キーワード:実施可能要件
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/676/087676_hanrei.pdf
[概要]
本願発明の技術的要求を満たす関数Gを構成する計算方法が、当業者の技術常識に鑑みて自明であると認めるに足りる証拠はないとして、実施可能要件に違反するとした審決には誤りはないと判断された事例。
[事件の経緯]
(1)平成22年1月18日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2009年1月20日仏国)に特許出願された。
(2)平成26年1月15日付けで拒絶理由が通知されたことから、原告は、同年5月2日に手続補正書等を提出したが、同年9月4日付けで拒絶査定がされた。
(3)原告は、同年12月26日、特許庁に対し、拒絶査定不服審判を請求した。これに対し、特許庁は、当該審判請求を不服2014-26792号事件として審理をし、原告に対し、平成27年9月17日付けで拒絶理由を通知した。これを受け、原告は、平成28年3月25日、特許請求の範囲の変更を内容とする別紙手続補正書を提出したが、特許庁は、同年10月13日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。
(4)原告は、審決を不服として、知財高裁に訴えを提起したが、知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
暗号化アルゴリズムを実行するための関数鍵kcを含む暗号回路(21)であって、前記回路は、前記回路に専用の第2の鍵kiであって、前記回路のサイドチャネルを利用した攻撃から回路を保護することを可能とする第2の鍵kiを含むことを特徴とする回路であって、前記関数鍵kcはXOR演算によって前記2つの鍵を組み合わせることにより前記第2の鍵kiによってマスクされ、入力変数xはマスク鍵
【数1】
によって暗号化され、
前記暗号回路は、FPGAタイプのプログラマブル回路において実現され、
前記暗号回路は、前記FPGAタイプのプログラマブル回路のプログラミングファイル(25)を暗号化するための第3の鍵kbを含み、前記第2の鍵kiはPUF(Physically Unclonable Function)により生成されることを特徴とする回路。
[取消事由]
(1)本願発明1の認定の誤り
(2)本願発明1と引用発明との一致点及び相違点の認定の誤り
(3)容易想到性に関する認定の誤り
(4)実施可能要件に関する認定の誤り
(5)明確性要件に関する認定の誤り
※裁判所は、取消事由5のみ判断している。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『 ・・・(略)・・・。すなわち、本願発明は、秘密情報である関数鍵kcを用いて平文xから暗号文yを計算する関数をFで表したとき、y=F(x,kc)を満たす暗号文yを出力する暗号回路であると認められる(以下、この技術思想を「本願技術思想①」という。)。
・・・(略)・・・。
このような、単体の関数鍵kcを直接用いずマスク鍵のみを用いることにより平文xから暗号文yを計算する関数をGで表すと、本願発明の暗号回路は、暗号文yの実際の計算をy=G(x,kc⊕ki)によって計算するものであると認められる(以下、この技術思想を「本願技術思想②」という。)。
イ(ア) 上記本願技術思想①及び②によれば、本願発明の暗号回路を具現化するためには、暗号回路によって実際に計算された暗号文と、暗号化アルゴリズムFに基づいて計算された暗号文とが等しいこと、すなわち
G(x,kc⊕ki)=F(x,kc)
を満たすことが要求される(以下、この要求を「本願発明の技術的要求」という。)。
しかし、本願発明の技術的要求を満たす関数Gを構成する計算方法が、当業者の技術常識に鑑みて自明であると認めるに足りる証拠はない。・・・(略)・・・。
c 以上のとおり、本願明細書等の図1及び2に示される回路においては、そもそもマスク鍵kc⊕kiが計算されているとは認められないことから、両図の回路をもって関数G(x,kc⊕ki)の具体的態様を開示したものということはできない。
d また、段落【0028】記載の「【数2】K⊕M」は、2つの値がXOR演算されているという点で本願発明のマスク鍵と共通するものの、記号が異なることから、本願発明を説明したものとは認められない。
仮に当該記載が本願発明を説明したものだとすると、当該記載の「秘密鍵K」は保護対象となる鍵であるから、その機能の面から本願発明の関数鍵kcに該当すると解されるが、【数2】と式(A)とを比較すると、M=E(RH(IP(ki)))であると推測されるところ、E(RH(IP(ki)))は明らかに第2の鍵kiそのものとは異なる値である。したがって、当該記載は、本願発明と整合せず、やはり本願発明を説明するものということはできない。
e 図1及び2に関する本願明細書等のその他の記載にも、関数Gの具体的態様を開示したものと見られる記載はない。
したがって、本願明細書【0025】~【0036】並びに図1及び2には、関数Gの具体的態様が記載されているとはいえない。
(エ) 本願明細書等の記載のうち、図3及びこれに関連する段落【0037】~【0039】には、本願発明の関数鍵kcに対応する概念が記載されていない。そうである以上、これらの記載及び図に関数G(x,kc⊕ki)の具体的態様が記載されているとはいえない。
なお、図3は図1及び2においてFeistel関数fを示す囲みと一見類似するようにみえるけれども、図1及び2と図3にそれぞれ現れる要素の異同ないし対応関係は不明というほかなく、また、図1及び2に関する説明(【0025】~【0036】)に続いて「図3は別の進行方式を示す。」(【0037】)と記載されていることに鑑みると、図1及び2と図3との間には技術的関連性はなく、相互に独立したものと見るのが相当である。このため、図1~3を総合的に見ても、関数Gの具体的態様は明らかでない。
ウ 以上より、本願明細書等には関数Gの具体的態様が記載されていないというべきである。そうである以上、本願発明を具現化して実施することはできない。
したがって、本願明細書等の発明の詳細な説明の記載は、本願発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものということはできないから、法36条4項1号に違反する。これと同旨をいう本件審決に誤りはない。』
[コメント]
本件出願の対応EP出願ではほぼ同様の内容で登録されている。実施可能要件に関して、日本の特許法第36条4項1号は「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載したものであること。」と規定され、EPC83条は「欧州特許出願は、当該技術の熟練者が実施することができる程度に明確かつ十分に、発明を開示しなければならない。」と規定されている。
また、日本の審査基準では「明細書及び図面に記載された発明の実施についての教示と出願時の技術常識とに基づいて、当業者が発明を実施しようとした場合に、どのように実施するかが理解できないとき(例えば、どのように実施するかを発見するために、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるとき)には、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていないこととなる。」と記載されている。一方、EPC審査便覧では「明細書には、発明の実施に不可欠な特徴について、当該技術の熟練者にとってその発明を実施する方法を明白にする程度まで十分に詳しく開示しなければならない。(中略)たとえば、非常に広範な分野であっても限られた数の実施例、又は唯一の実施例のみで十分に例示される場合もある。後者の場合に出願は、実施例の他、当該技術の熟練者が共通の一般的知識を用いて、不当な負担又は革新的な技術を必要とせずに、発明を実施することができる程度まで十分な情報を含まなければならない」と記載されている。
両者は同等の基準であると思われるが、実施可能要件違反か否かは審査官個々の判断で大きく左右されるものと思われる。本件出願の場合は、請求項で特定された構成が、具体的実施形態で特定された構成から導けないものであったことが問題であったと思われる。
明細書作成において、特許請求の範囲に係る構成要素と、具体的実施形態に記載された構成要素とは常に対応したものとすることは基本である。
以上
(担当弁理士:丹野 寿典)

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