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平成29年(行ケ)第10001号「鋼管ポールおよびその設置方法」事件

名称:「鋼管ポールおよびその設置方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10001号 判決日:平成29年9月19日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:本願発明の認定、発明の要旨認定、引用発明の認定
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/077/087077_hanrei.pdf
[概要]
明細書の記載及び用語の一般的意義を併せて考慮すれば、本件補正発明の「基礎体」とは、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受ける部材という意義をも有するため、このような意義を有さない引用発明の「パイプ」は、本件補正発明の「基礎体」に相当しないとされた事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2014-116674号)に係る拒絶査定不服審判(不服2015-20893号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本件補正発明]
【請求項1】
灯具、信号機、標識、アンテナなどの装柱物を支持する支柱と、前記支柱の下端部を固定する鋼製基礎とを有する鋼管ポールであって、前記鋼製基礎は上下に貫通した筒状の基礎体から構成され、前記基礎体と前記支柱とは締付部材により締め付け固定され、前記基礎体は地中に埋設され、前記支柱は前記基礎体を貫通して先端部分が地中に突出していることを特徴とする鋼管ポール。
[審決]
本件補正発明は、引用発明並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
[取消事由]
補正却下の判断の誤り(本件補正発明の進歩性に係る判断の誤り)
(1) 一致点の認定誤りと相違点の看過
(2) 看過した相違点の容易想到性
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『3 取消事由について
(1) 本件補正発明の「基礎体」の意義
ア 特許請求の範囲の記載
本件補正発明の特許請求の範囲には、本件補正発明の「基礎体」とは、「支柱の下端部を固定する鋼製基礎」を構成するものであること、「支柱」と「締付部材により締め付け固定され」ること、「地中に埋設されること」及び「支柱」が「貫通して先端部分が地中に突出している」こと、並びに「上下に貫通した筒状」のものであることが記載されている。
そうすると、特許請求の範囲の記載には、「基礎体」とは、「地中に埋設」され、別の部材である「締付部材」により「支柱」を固定し、また、「支柱の下端部を固定する」、「上下に貫通した筒状」の部材であるという程度の特定しかない。
イ 本願明細書の記載
(ア) 本件補正発明においては、鋼製基礎が上下に貫通した筒状の基礎体から構成されるから、設置する基礎体の数を増やすことにより設置面積を増加させることなく鋼製基礎の抵抗面積を増やすことができるとされている(【0008】)。このように、鋼製基礎を構成する基礎体の機能として、抵抗面積を増やすことが着目されているところ、【図1】によれば、ここにいう抵抗とは、基礎体が地盤と接触することにより、地盤からの抵抗を受けることを意味することは明らかである。また、基礎体が地盤からの抵抗を受けるのは、その反対の力である支柱の荷重を基礎体が地盤に伝えているからである。そうすると、基礎体は、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受ける部材であるということができる。
また、本願明細書においても、「基礎体と支柱とは、締付部材により締め付け固定されているので、基礎体の着脱が容易である」、「基礎体4と支柱2とは、ボルトとナットにより締め付けるバンド5により固定される」と記載され(【0008】【0016】)、「基礎体」と、「基礎体」と支柱を固定する締付部材とは、区別して記載されている。
(イ) したがって、特許請求の範囲の記載に加え、本願明細書の記載も併せて考慮すれば、「基礎体」とは、「地中に埋設」され、別の部材である「締付部材」により「支柱」を固定し、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受けることにより、「支柱の下端部を固定する」、「上下に貫通した筒状」の部材という意義を有するものと解される。
ウ 用語の一般的意義
本件補正発明は、円形鋼管や角鋼管を使用した鋼管ポール及びその設置方法に関するものであるところ(【0001】)、土木・建築の分野において「基礎」とは、「上部構造物の荷重を地盤に伝えるための工作物」(甲15)、「柱、壁、土台およびつかなどからの荷重を地盤または地業に伝えるために設ける構造部分」(甲16)を意味する。
このように、基礎という用語は、上部構造物の荷重を地盤に伝える工作物や構造部分という一般的意義を有するものとされている。
したがって、本件補正発明の「基礎体」を、前記イ(イ)のとおり解することは、基礎という用語の一般的意義にも沿うものである。
エ 「基礎体」の意義
よって、本件補正発明の「基礎体」とは、「地中に埋設」され、別の部材である「締付部材」により「支柱」を固定し、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受けることにより、「支柱の下端部を固定する」、「上下に貫通した筒状」の部材という意義を有するものと認められる。
(2) 引用発明の「支持基礎」
ア 引用発明の「支持基礎」は、「土中に埋込んで柱状物を支持する」ものであって、「ベースの中央部にパイプを溶接で強固に突設し、平板状の羽根をベースのパイプ取付面の四隅に配設し、羽根の一辺をパイプ側面と固着させ」たものであるから、「ベース」、「パイプ」及び「平板状の羽根」から構成される。
そこで、引用発明の「ベース」、「パイプ」及び「平板状の羽根」のうち、本件補正発明の「基礎体」、すなわち、別の部材である「締付部材」により「支柱」を固定し、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受けることにより、「支柱の下端部を固定する」、「上下に貫通した筒状」の部材に相当する部分は、いずれかについて検討する。
イ 「ベース」及び「平板状の羽根」について
引用例には、「横方向の土圧を受ける平板状の羽根をベースに立設すると共に一辺をパイプに固着して、支持基礎の底面部、正面部、側面部の投影面積をコンクリートブロックのそれぞれの部分に略同じくした場合この支持基礎を埋込むにはコンクリートブロック埋込み時と同じ大きさの穴を堀り、埋込み後は堀り出した土をリブ間等にほとんど埋戻して土中にしっかり固定させる。この支持基礎は横方向の投影面積がコンクリートブロックと同一寸法であるので横方向の荷重に対する反力は同一となる。又、リブ間には土を埋戻す為、支持基礎の重量が軽いにも拘らず埋戻した土の重量で引抜き力に対する抵抗力も充分大きなものとなる。」と記載されて
いる(4頁8行~5頁3行)。
同記載によれば、引用発明の「ベース」は埋め戻した土の重量で引抜き力に対する抵抗力を発揮する部分であり、「ベース」において支柱の引抜き力が地盤にかかることが前提になっており、また、「平板状の羽根」は横方向の荷重に対する反力を発揮する部分であり、「平板状の羽根」には支柱の横方向の荷重が地盤にかかることが前提になっていると認められる。
したがって、引用発明の「ベース」及び「平板状の羽根」は、少なくとも、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受ける部材である。
ウ 「パイプ」について
引用例には、「パイプ」について、「柱状物を挿入するパイプ」(実用新案登録請求の範囲、3頁15行~16行)、「パイプ(2)に柱(7)を挿入し、パイプ(2)との隙間に砂(8)を詰め込んで固定する。」(6頁18行~7頁2行)と、支柱を固定することが記載されるにとどまり、地盤との関係については記載されていない。
また、引用例には、「パイプ」について、支柱を固定する旨記載されているところ、「パイプ」と、「ベース」及び「平板状の羽根」との関係について、「平板状の羽根を前記ベースのパイプ取付面に立設すると共に羽根の一辺をパイプ側面に固着し」、「正方形のベースの中央部にパイプを溶接し」などと記載されているから(3頁17行~4頁1行、同頁8行~10行、6頁5行~8行)、「パイプ」は、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受ける部材である「ベース」及び「平板状の羽根」に固着、溶接されて、支柱を固定するものということができる。
そうすると、引用発明の「パイプ」は、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受ける部材に相当するということはできない。
エ さらに、引用例には「本考案では、柱状物構造の支持部と土中での支圧部を」「お互いに連続しているが別形状とし」たと記載され(4頁5行~8行)、「支持基礎」における「土中での支圧部」と「柱状物構造の支持部」とが互いに区別されている。
このことは、引用発明の「ベース」及び「平板状の羽根」を、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受ける部材に相当し、「パイプ」をこのような部材に相当しないと区別して解することと整合するものである。
(3) 本件補正発明と引用発明との対比
引用発明の「柱状物」「柱先端部」「柱状物構造」は、それぞれ、本件補正発明の「支柱」「先端部分」「鋼管ポール」に相当する。また、引用発明の「炭素鋼を使用し」「柱状物を支持する支持基礎」は、本件補正発明の「前記支柱の下端部を固定する鋼製基礎」に相当する。
そして、前記検討によれば、引用発明の「ベース」及び「平板状の羽根」は、別の部材により「支柱」を固定し、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受けることにより、「支柱の下端部を固定する」部材であって、引用発明の、「ベースのパイプの取付部に貫通穴を設けることにより、柱状物は、柱先端部が」「ベースを貫通して土中に突出している」構成は、本件補正発明の「前記支柱は前記基礎体を貫通して先端部分が地中に突出していること」に相当し、引用発明の「土中に埋込んで」は、本件補正発明の「地中に埋設され」に相当し、さらに、これらによれば、引用発明の「ベース」及び「平板状の羽根」は、本件補正発明の「基礎体」に相当する。一方、「パイプ」が、本件補正発明の「基礎体」に相当するということはできない。
したがって、本件補正発明と引用発明とは、「支柱と、前記支柱の下端部を固定する鋼製基礎とを有する鋼管ポールであって、前記鋼製基礎は基礎体から構成され、前記基礎体は地中に埋設され、前記支柱は前記基礎体を貫通して先端部分が地中に突出している鋼管ポール」である点で一致し、相違点1及び2(前記第2の3(2)イ(イ)及び(ウ))のほか、以下の点で相違する(原告主張に係る相違点3に同じ)。
「基礎体」に関して、本件補正発明は「上下に貫通した筒状」であるのに対し、引用発明は「中央部にパイプを溶接で強固に突設し」た「ベース」と当該「ベースのパイプ取付面の四隅に配設し」た「平板状の羽根」とからなる点。
(4) 相違点3の容易想到性
相違点3に係る本件補正発明の構成は、引用例、周知例1及び周知例2のいずれにも記載されていないし、示唆もされていないから、これらに基づいて、当業者が容易に想到することができたということはできない。
(5) 被告の主張について
ア 被告は、本件補正発明では「筒状の基礎体」について、「支柱の下端部を固定する鋼製基礎」を構成するものであること、「支柱」と「締付部材により締め付け固定され」ること、「地中に埋設されること」及び「支柱」が「貫通して先端部分が地中に突出している」こと、並びに「上下に貫通した筒状」のものであることが特定されているのみであると主張する。
しかし、本件補正発明の特許請求の範囲には、「前記基礎体と前記支柱とは締付部材により締め付け固定され」と記載され、「基礎体」と「締付部材」とが区別されているから、「支柱」を固定する部材である「基礎体」の技術的意義を一義的に明確に理解することができず、その要旨の認定に当たっては、発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情があるというべきである。そして、前記⑴のとおり、特許請求の範囲の記載に加え、本願明細書の記載及び用語の一般的意義を併せて考慮すれば、「筒状の基礎体」とは、被告の上記主張のほか、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受ける部材という意義をも有するものと解される。
イ 被告は、引用発明の「パイプ」は「支持基礎」の構成要素の一つであって、「土中での支圧部」の機能を果たしていなくても、本件補正発明の「筒状の基礎体」に相当すると主張する。
しかし、前記(1)のとおり、「基礎体」とは、少なくとも、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受ける部材であって、かかる「土中での支圧部」という機能を捨象することはできないから、被告の主張は採用することはできない。
ウ 被告は、引用発明の「パイプ」は、本件補正発明の「締付部材」に対応するものではない旨主張するが、これをもって、引用発明の「パイプ」が本件補正発明の「筒状の基礎体」に相当することにはならないから、同主張は失当である。
(6) 小括
よって、本件審決は、本件補正発明と引用発明との一致点の認定を誤り、相違点3を看過したものである。また、前記(4)のとおり、相違点3に係る本件補正発明の構成は、引用例1、周知例1及び周知例2に基づいて当業者が容易に想到することができたということはできないから、本件審決による相違点3の看過が、その結論に影響を及ぼすことは明らかである。』
[コメント]
裁判所は、『「基礎体」の技術的意義を一義的に明確に理解することができず、その要旨の認定に当たっては、発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情があるというべきである。』として、本件補正発明の「基礎体」の技術的意義を、特許請求の範囲の記載に加え、発明の詳細な説明の記載等を参酌することで認定している。その結果、裁判所は、本件補正発明の「基礎体」とは、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受ける部材という意義をも有するため、このような意義を有する引用発明の「ベース」及び「平板状の羽根」は、本件補正発明の「基礎体」に相当するが、このような意義を有さない引用発明の「パイプ」は、本件補正発明の「基礎体」に相当しないと判断している。
これに対し、被告(特許庁)は、引用発明の「パイプ」は、「支持基礎」の構成要素の一つであるため、本件補正発明の「筒状の基礎体」に相当すると主張している。引用発明の「パイプ」は、「ベース」及び「平板状の羽根」と一体であり、「ベース」及び「平板状の羽根」とともに、「間接的」ではあるが、支柱の荷重を地盤に伝え、地盤から抵抗を受ける機能を有するため、本件補正発明の「基礎体」に相当すると解釈する余地もあるように思われた。
以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)

平成29年(行ケ)第10001号「鋼管ポールおよびその設置方法」事件

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