IP case studies判例研究

平成28年(行ケ)10078号「命令スレッドを組み合わせた実行の管理システムおよび管理方法」事件

名称:「命令スレッドを組み合わせた実行の管理システムおよび管理方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)10078号 判決日:平成29年11月30日
判決:審決取消
特許法17条の2第3項、同条第5項
キーワード:新規事項、特許請求の範囲の減縮
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/286/087286_hanrei.pdf
[概要]
補正前の請求項6の「所定のタイプ」という記載に「(S,C)」を付加して「所定のタイプ(S,C)」とする本件補正が新規事項を追加するものであるとした審決の判断は誤りであるとともに、本件補正は「特許請求の範囲の減縮」に当たるとされた事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2012-530310号)に係る拒絶査定不服審判(不服2015-96号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本願補正発明]
【請求項1】
命令スレッドの実行を管理するコンピュータシステム(18)であって、各中央処理装置が、前記各中央処理装置に属する複数の仮想プロセッサ(24C,24S,26C,26S)上で、複数の命令スレッドを組み合わせて実行するように構成される、少なくとも1つの中央処理装置(24,26)と、前記仮想プロセッサに命令スレッドの実行を分散するように構成されるマネージャ(38)と、を有するコンピュータシステム(18)において、
前記命令スレッドには、少なくとも2つの異なる所定のタイプ(C,S)が存在し、
-「計算」と呼ぶ命令スレッドの前記第1のタイプ(C)は、結果を供給するように前記コンピュータシステムが実行するようになっているプログラムに対して、該プログラムの実行に参加して結果を直接生成する命令スレッドに関係し、
-「サービス」と呼ぶプロセスの前記第2のタイプ(S)は、該プログラムの実行に参加して前記「計算」と呼ぶタイプ(C)の前記命令スレッドに付属サービス(前記結果の保存など)を供給する命令スレッドに関係し、
前記コンピュータシステム(18)は、実行する前記命令スレッドを前記所定のタイプ(C,S)に応じて分類する分類手段(36)を有し、
前記命令スレッドの実行を分散するように構成される前記マネージャ(38)は、前記命令スレッドが分類された前記所定のタイプ(C,S)に基づき、実行する前記命令スレッドを前記仮想プロセッサ(24C,24S,26C,26S)に方向付けるように設計され、
前記各中央処理装置の仮想プロセッサ(24C,24S,26C,26S)は、前記中央処理装置に属する内部資源を共有することにより、同時マルチスレッディングを実施する複数の論理区画に相当する、ことを特徴とするコンピュータシステム。
【請求項6】
コンピュータシステム(18)の少なくとも1つの中央処理装置(24,26)に属する複数の仮想プロセッサ(24C,24S,26C,26S)上で複数の命令スレッドを組み合わせて実行するのを管理する方法であって、前記仮想プロセッサに前記命令スレッドの実行を分散するステップ(104)を含む方法において、複数の所定のタイプ(S,C)に応じて実行する前記命令スレッドを分類する予備ステップ(100)を含み、前記命令スレッドの実行を分散するステップ(104)で、実行する命令スレッドそれぞれをタイプ(S,C)に応じて仮想プロセッサに方向付ける、方法であって、
前記各中央処理装置の仮想プロセッサ(24C,24S,26C,26S)は、前記中央処理装置に属する内部資源を共有することにより同時マルチスレッディングを実施する機能を有する複数の論理区画に相当する、ことを特徴とする方法。
[審決の理由の要点]
(1)新規事項
請求項1の補正は、当初明細書等の記載の範囲内でなされたものといえる。補正後の請求項1においては「所定のタイプ(C,S)」であるのに対して、補正後の請求項6においては「所定のタイプ(S,C)」または「タイプ(S,C)」であって、同一の表現を用いていない。補正後の請求項1の「所定のタイプ(C,S)」と、補正後の請求項6の「所定のタイプ(S,C)」または「タイプ(S,C)」とは、同一のものを指し示すとまではいえない。請求項6の補正は、当初明細書等の記載の範囲内でなされたものではない。
(2)目的要件
仮に、請求項6の補正が、当初明細書等の記載の範囲内でなされたものであるとしても、目的要件を満たさない。補正後の請求項6の「所定のタイプ(S,C)」は、「複数の所定のタイプ」が存在することの、補足的な事項を追加するという程度のものであって、実質的には、補正前後で内容の変更はなく、当該補正事項が限定的減縮を目的としたものということはできない。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
(1)新規事項
『・・・(略)・・・当初明細書等においては、「S」及び「C」は、仮想プロセッサのタイプとして記載されていること、命令スレッドのタイプとしては、「計算タイプ」及び「サービスタイプ」という文言が用いられていることが認められる。
しかし、前記(ア)のとおり、仮想プロセッサのタイプは、パラメータC及びパラメータSによって識別され、パラメータCは計算タイプに、パラメータSはサービスタイプに関連付けられ、仮想プロセッサの24C及び26Cは「計算タイプ」、同24S及び26Sは「サービスタイプ」とされている。・・・(略)・・・Cが計算(calculation)、Sがサービス(service)の頭文字に由来することも明らかである。
エ そうすると、当初明細書等の記載を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すると、本件補正後の請求項6~8で命令スレッドのタイプとされている記載「タイプ(S,C)」は、「サービスタイプ」、「計算タイプ」の意味であると解することができる。
オ 以上によると、本件補正は、本件補正前の請求項6において、命令スレッドの「タイプ」は、どのような種類のタイプが存在するのかについて、記載がなかったのを、「タイプ(S,C)」とし、当初明細書等に記載されていた「タイプ(サービスタイプ、計算タイプ)」としたものであり、当初明細書等に記載された事項の範囲内を超えるものではない。』
(2)目的要件
『・・・(略)・・・本件補正前は限定のなかった請求項6の「タイプ」に本件補正によって「(S,C)」を付加することにより、サービスタイプと計算タイプが含まれることを明らかにした上、それぞれの命令スレッドがそれぞれのタイプに応じて仮想プロセッサに方向付けられるものであることを特定したものであって、請求項6に、「サービスタイプと計算タイプがそれぞれのタイプに応じて仮想プロセッサに方向付けられる」という本件補正前にはない限定を加えたものであるから、「特許請求の範囲の減縮」に当たるということができる。』
[コメント]
新規事項追加禁止要件に関し、本判決では、請求項6の「タイプ(S,C)」は「サービスタイプ」、「計算タイプ」の意味であると解することができるとして、請求項6に「(S,C)」を付加する補正が、当初明細書等の記載の範囲内でされたものと判断された。
請求項1の補正に対する判断や、請求項6の「タイプ」も「スレッド」の識別情報として用いていると解されることからすると、審決の判断は少し硬直的であったようにも思われる。但し、『命令スレッドのタイプを特定するのであれば、「タイプ(S,C)」ではなく、「タイプ(計算タイプ、サービスタイプ)」とすべきであった』と被告(特許庁)が述べている通り、補正時の文言の選択にも問題があったかもしれない。本願は海外(フランス)の出願人による国際出願であり、補正の内容を検討するうえで諸般の事情があったものと推察するが、補正時の文言の選択には、慎重の上に慎重を重ねることが強く求められる。
目的要件に関し、本判決では、「(S,C)」を付加することにより、請求項6に「サービスタイプと計算タイプがそれぞれのタイプに応じて仮想プロセッサに方向付けられる」という本件補正前にはない限定が加えられたとして、「特許請求の範囲の減縮」に当たると判断された。
一見すると、参照符号(特許法施行規則様式29の2[備考]14ロ)のようにも見える付加事項ではあるが、本件のように、かかる付加事項が、単なる例示ではなく、発明を特定する限定事項として解される場合があることは、実務を行う上で知っておくべきであろう。
以上
(担当弁理士:椚田 泰司)

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