IP case studies判例研究

平成29年(行ケ)第10044号「制御された照明を用いた微小藻類の発酵」事件

名称:「制御された照明を用いた微小藻類の発酵」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10044号 判決日:平成29年12月13日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:容易想到性、顕著な効果
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/315/087315_hanrei.pdf
[概要]
引用発明では同等の照射条件が開示されているため、本願発明と異なる結果が生じることは理論上考えにくく、本願発明が顕著な効果を奏しているとは認められないとして、進歩性が否定された審決を維持した事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2012-529939号)に係る拒絶査定不服審判(不服2015-19180号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本願発明18]
【請求項18】
物質を製造する方法であって:
前記物質を産生する能力を有する微小藻類の提供;
培地中での前記微小藻類の培養であって、前記培地は炭素源を含む、培養;
前記微小藻類への5μmol光子m-2s-1以下の低放射照度光の適用;および、
前記微小藻類にその乾燥細胞重量の少なくとも10%を前記物質として蓄積させること、
を含む、方法。
[本願発明と引用発明との相違点]
本願発明18は「前記微小藻類への5μmol光子m-2s-1以下の低放射照度光の適用」を含むのに対して、引用発明は「弱い光(5μmolm-2s-1)もまた採用すること」を含み、5μmol光子 m-2s-1以下という特定を有しない点。
[取消事由]
1 取消事由1(引用発明の認定及び本願発明18との一致点・相違点の認定の誤り)
2 取消事由2(容易想到性判断の誤り)
3 取消事由3(本願発明18の要旨認定の誤り及びそれに基づく容易想到性判断の誤り)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(1)取消事由3(本願発明18の要旨認定の誤り及びそれに基づく容易想到性判断の誤り)について
説明の便宜上、取消事由3についてまず検討する。
ア 特許法36条2項は「願書には、明細書、特許請求の範囲、必要な図面及び要約書を添付しなければならない。」とし、同5項は「第二項の特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」としている。本件審決は、これらの規定に基づいて、本願発明18の内容を、本願に係る特許請求の範囲請求項18に記載されたとおり認定したものであるから、これに取り消すべき違法はない。
イ この点につき、原告は、本件審決には、本願発明18につき、発明特定事項「前記微小藻類への5μmol光子m-2s-1以下の低放射照度光」を採用してなることのみを認定し、この発明特定事項の本来の内容(要旨)に係る判断を看過した点で誤りがあるなどと主張する。
しかし、発明の要旨の認定は請求項の記載に基づいて行われるべきものであるところ、前記3記載のとおり、上記低放射照度光の技術的意義が、光シグナルとして、光受容体の引き金となる低放射照度光を示す光強度を表すものであり、従属栄養条件において、光受容体(フィトクロム)で感知され、エネルギー生産を発現させるための光シグナルとして働くという点にあるとしても、当該技術的意義は本願発明18に係る請求項には何ら記載されていない。また、特許請求の範囲の記載は、それ自体として明確といえるから、これに基づく発明の要旨の認定は十分に可能である。そうである以上、上記の技術的意義は、そもそも、本願発明18の要旨として認定し得ない事項である。
したがって、その他るる主張するところを考慮するまでもなく、この点に関する原告の主張は採用し得ない。取消事由3は理由がない。
(2) 取消事由1(引用発明の認定及び本願発明18との一致点・相違点の認定の誤り)について
・・・(略)・・・
イ 原告の主張について
(ア)原告は、引用例1において「弱い光(5μmolm-2s-1)もまた採用された。」ことは、いわゆる一行記載されたのみであり、これを本願発明18の発明特定事項「低放射照度光」と同様に「光シグナル」であったと認定することは許されないなどと主張する。
しかし、本願発明18による発明特定事項は、「低放射照度光」であって「光シグナル」ではない。原告の上記主張は、本件審決による本願発明18の認定に誤りがあることを前提とするものであるところ、前記のとおり、その前提において誤りがある。
(イ)原告は、引用例1の「弱い光(5μmolm-2s-1)もまた採用された。」との記載は、「1.5%寒天プレートからのコロニー又は指数関数的に成長」に関して、従来技術として、「弱い光(5μmolm-2s-1)もまた採用された。」という意味において解釈されるべきであるなどとも主張する。
しかし、引用例1は学術論文であって、「材料と方法」の項は、同文献の著者以外の研究者が追試可能なように記載されているものと推認するのが合理的である。そうすると、同項には、引用例1の培養時及び発酵時に照射すべき光量子束密度が開示されているものと見られる。すなわち、「弱い光(5μmolm-2s-1)もまた採用された。」との記載を、従来技術としての意味に解釈することは相当でない。・・・(略)・・・取消事由1は理由がない。
(3)取消事由2(容易想到性判断の誤り)について
ア(ア)前記(1)及び(2)のとおり、本件審決には、本願発明18の要旨の認定及び引用発明の認定のいずれにおいても誤りはない。
そうすると、本願発明18と引用発明の相違点は、本願発明18は「前記微小藻類への5μmol光子 m-2s-1以下の低放射照度光の適用」を含むのに対し、引用発明は「弱い光(5μmolm-2s-1)もまた採用すること」を含み、5μmol光子m-2s-1以下という特定を有しない点、ということになる。この点において、本件審決に誤りはない。
(イ)相違点の容易想到性
本願発明18における低放射照度光については、「5μmol光子m-2s-1以下」という数値範囲が設定されているところ、その一部は引用発明の「弱い光(5μmol光子m-2s-1)」と一致している。
そして、引用発明の「弱い光」である5μmol光子m-2s-1を更にわずかに弱くすることは、当業者が最適範囲を探索することを通じて容易に到達し得ることというほかない。
また、本願発明18の作用効果についても、引用例1の記載から認められる引用発明の作用効果との対比において、格別顕著な効果を奏しているとは認められない。
したがって、本願発明18は、引用発明に基づき当業者が容易に想到し得たものというべきであり、この点に関する本件審決の判断に誤りはない。
イ 原告の主張について
・・・(略)・・・
(イ)また、原告は、本願明細書記載の従来技術の課題を解決するために、本願発明18は、従属栄養条件として、発明特定事項「前記微小藻類への5μmol光子m-2s-1以下の低放射照度光の適用」を採用しているのに、引用例1にはその示唆は全くないから容易想到ではないとか、本願発明18から得られた結果は引用例1とは全く異質で顕著なものであるなどと主張する。
しかし、この主張は、本願発明と引用発明の異質性に関する主張を前提にするものであるところ、その主張を採用することができないことは、(1)、(2)において説示したとおりである。
また、本願発明18と引用発明とで、同等の条件で光が照射されているのであれば、本願発明18と引用発明との間において異なる結果が生じることは理論上考え難い。
そうすると、引用発明によっても原告主張に係る従来技術の課題は解決されるということもできるのであって、本願発明18をもって、引用発明とは異質で顕著な効果を生じるものと見ることはできない。・・・(略)・・・
(ウ)以上より、取消事由2は理由がない。』
[コメント]
原告は、発明の要旨の認定について誤りがあり、本願発明18の技術的意義に基づいて容易想到性の判断が誤りであることを争ったが、裁判所は「特許請求の範囲の記載は、それ自体として明確といえるから、これに基づく発明の要旨の認定は十分に可能である。そうである以上、上記の技術的意義は、そもそも、本願発明18の要旨として認定し得ない事項である」と判断した。
なお、発明の要旨の認定に関し、リパーゼ事件(昭和62年(行ツ)第3号)では以下のとおり判示されている。
「特許法二九条一項及び二項所定の特許要件、すなわち、特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては、この発明を同条一項各号所定の発明と対比する前提として、特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ、この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。」
本判決における発明の要旨の認定は、リパーゼ事件の判示事項と整合するものである。
弊所裁判例研究会では、光量子束密度だけで進歩性を解消しようとするのでなく、微小藻類の種類の限定による引用発明との差別化、実施例で検討されている光量子束密度と波長との組み合わせによる引用発明との差別化、バイオリアクター装置の特徴的な構成との組み合わせによる引用発明との差別化など、他の方向性での権利化も考えられたのではないかとの意見があった。
また、一般にバイオテクノロジーの分野においては学術論文も引用文献として挙げられることが多いため、出願前には非特許文献の先行技術文献調査も十分に行い、類似する技術との相違を明確にできるよう事前の検討が重要となる。
以上
(担当弁理士:春名 真徳)

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