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平成28年(行ケ)第10211号「エンボス模様を有する長尺材の製造方法」事件

名称:「エンボス模様を有する長尺材の製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10211号 判決日:平成29年10月25日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:動機付け
[概要]
主引用発明において回折光が発生するものと認められない以上、副引用発明の回折測定手段を主引用発明に適用する動機付けは認められないとして、本件発明の進歩性が肯定された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第4878660号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1に係る発明についての特許無効審判(無効2015-800220号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
加熱されたエンボスロールとその受けロール間に長尺材を通過させることにより、前記エンボスロールのベース面から立設するように形成された凸部を長尺材表面を押圧し、上下方向から挟圧することによって長尺材表面に凹部を部分的に形成させる長尺材の製造方法であって、
前記エンボスロールとその受けロール間を、テンションを付加させながら直線状に長尺材を通過させ、長尺材表面の光沢度を確認することによって、
長尺材が前記エンボスロールを通過する際に、前記エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないようにすることを特徴とするエンボス模様を有する長尺材の製造方法。」
[相違点1-1(甲1発明との相違点)]
長尺材がエンボスロールを通過する際に、本件発明は、「長尺材表面の光沢度を確認すること」によって「エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないようにする」と特定するのに対して、甲1発明においては、このような特定はされていない点
[相違点2-1(甲2発明との相違点)]
長尺材がエンボスロールを通過する際に、本件発明は、「長尺材表面の光沢度を確認すること」によって「エンボスロールのベース面が長尺材表面に接触しないようにする」と特定するのに対して、甲2発明においては、このような特定はされていない点
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
・取消事由1(相違点1-1の判断の誤り)について
『(1)前記認定事実によれば、甲1発明におけるエンボス加工の対象は布地であるのに対し、本件技術事項におけるエンボス加工の対象は微細光学グリッド構造を作製するための基板であることが認められる。そして、本件技術事項は、微細光学グリッド構造を作製するためのエンボス装置について、金型の凹凸に対応したグリッド構造を有する基板表面層から回折された光(以下、単に「回折光」という。)の強さに応じて、回折測定手段において生成される回折信号に基づき、エンボス圧及びエンボス温度を調整するものであって、微細光学グリッド構造を作製した表面のグリッド構造から回折光が発生することに着目するものである。これに対し、甲1発明は、布地の表面を加工するエンボス装置であって、エンボス加工される布地に応じてエンボス加工の滞留時間、熱及び圧力を決定することによって、エンボス加工されたときに生ずるテカリ領域をなくすものである。そのため、甲1公報には、シートの表面に形成される凹凸模様から、金型の凹凸に対応したグリッド構造に基づく回折光が発生するという記載も示唆もなく、そもそも布地の表面から上記にいう回折光が発生することを認めるに足りる証拠もない。そうすると、布地の表面から回折光が発生するものと認められない以上、甲1発明に上記回折測定手段を組み合わせることはできず、当業者が甲1発明に上記回折測定手段を適用しようとする動機付けを認めることはできない。
したがって、当業者は、甲1発明に対し本件技術事項を適用し、相違点1-1の構成を容易に想到することができたということはできず、相違点1-1に係る審決の判断には誤りはない。』
・取消事由2(相違点2-1の判断の誤り)について
『(1)前記認定事実によれば、甲2発明におけるエンボス加工の対象は、衣料用の布帛であるのに対し、本件技術事項におけるエンボス加工の対象は微細光学グリッド構造を作製するための基板であることが認められる。そして、本件技術事項は、前記2(1)のとおり、微細光学グリッド構造を作製するためのエンボス装置について、回折光の強さに応じて、回折測定手段において生成される回折信号に基づき、エンボス圧及びエンボス温度を調整するものであって、微細光学グリッド構造を作製する表面から回折光が発生することに着目するものである。これに対し、甲2発明は、極細繊維又は極細繊維の集合束からなる布帛に対して押圧作用を与えると、常温であっても容易に極細繊維同士が合一するという特異現象に着目し、形態保持性にも優れ、かつ、審美性に富んだ押圧加工布を提供するものである。そのため、甲2公報には、布帛の表面に形成される凹凸模様から、金型の凹凸に対応したグリッド構造に基づく回折光が発生するという記載も示唆もなく、そもそも布帛の表面から上記にいう回折光が発生することを認めるに足りる証拠もない。そうすると、布帛の表面から回折光が発生するものと認められない以上、甲2発明に上記回折測定手段を組み合わせることはできず、当業者が甲2発明に上記回折測定手段を適用しようとする動機付けを認めることはできない。
したがって、当業者は、甲2発明に対し本件技術事項を適用し、相違点2-1の構成を容易に想到することができたということはできず、相違点2-1に係る審決の判断には誤りはない。』
[コメント]
本判決では、当業者が甲1及び甲2発明(主引用発明)に本件技術事項(副引用発明)を適用しようとする動機付けを認めることができない、と判断された。甲1及び甲2発明におけるエンボス加工の対象は布地であり、その布地の表面に形成された凹凸模様から、金型の凹凸に対応したグリッド構造に基づく回折光が発生することについて記載も示唆もないのに対し、本件技術事項は、回折光の強さに応じてエンボス圧などを調整する構成であり、微細光学グリッド構造を作製する表面から回折光が発生することに着目したものだからである。
本件技術事項は、布地を対象とした甲1及び甲2発明において置換可能または付加可能な技術手段であるとは考えられず、動機付けは認められないとした本判決の判断は妥当であると思われる。
以上
(担当弁理士:椚田 泰司)

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