IP case studies判例研究

平成28年(行ケ)第10160号「経皮吸収製剤、経皮吸収製剤保持シート、及び経皮吸収製剤保持用具」事件

名称:「経皮吸収製剤、経皮吸収製剤保持シート、及び経皮吸収製剤保持用具」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10160号 判決日:平成29年7月12日
判決:審決取消
特許法134条の2第1項ただし書1号
キーワード:訂正の許否、発明の要旨認定、特許請求の範囲の減縮
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/972/086972_hanrei.pdf
[概要]
「シート状支持体の片面に保持される」との使用態様は、必ずしも経皮吸収製剤自体を特定するものとはいえず、「シート状支持体の片面に保持される…経皮吸収製剤」も、「経皮吸収製剤」という物として技術的に明確であるとはいえないから、本件訂正は特許請求の範囲の減縮を目的とするものとは認められないとして、訂正要件に違反すると判断された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第4913030号の特許権者である。
原告は、本件特許のうち請求項1に係る部分を無効にするとの無効審判(無効2012-800073号)を請求し、被告が本件訂正(4回目)を請求したところ、特許庁が、本件訂正を認め、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本件訂正後の請求項1](筆者にて適宜抜粋。下線は、訂正事項5に該当する箇所。)
水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と、該基剤に保持された目的物質とを有し、皮膚(但し、皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入され、皮膚に挿入された際に基剤が自己溶解することにより、目的物質を皮膚内に投与して皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって、・・・(略)・・・
尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有し、シート状支持体の片面に保持されると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される、経皮吸収製剤。
[審決]
訂正事項5は、訂正前の請求項1に記載された「経皮吸収製剤」を「シート状支持体の片面に保持される」ものに限定したものであるから、特許法134条の2第1項ただし書1号所定の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また、本件明細書の【0097】及び【図10】の記載からみて、訂正事項5は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項及び6項に適合するものである。
[取消事由]
(1)訂正目的違反・発明の要旨認定の誤り(取消事由1)
(2)実施可能要件違反(取消事由2)
(3)特許無効審決確定前の訂正の一部確定の誤り(取消事由3)
(4)甲5-1に基づく無効理由1についての判断の誤り(取消事由4)
(5)甲7に基づく無効理由1についての判断の誤り(取消事由5)
(6)サポート要件違反(取消事由6)
(7)独立特許要件の判断の遺漏(取消事由7)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線。)
『1 取消事由1(訂正目的違反・発明の要旨認定の誤り)について
(1)・・・(略)・・・訂正事項5は、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に「針状又は糸状の形状を有すると共に」とあるのを「針状又は糸状の形状を有し、シート状支持体の片面に保持されると共に」に訂正する、というものであり、これを請求項の記載全体でみると、「…尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される、経皮吸収製剤」とあるのを「…尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有し、シート状支持体の片面に保持されると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される、経皮吸収製剤」に訂正するものである。
ここで、「経皮吸収製剤」にかかる「前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される」との文言は、経皮吸収製剤の使用態様を特定するものと解されるから、その直前に挿入された「シート状支持体の片面に保持されると共に」の文言も、前記文言と併せて経皮吸収製剤の使用態様を特定するものと解することが可能である。すなわち、訂正事項5は、経皮吸収製剤のうち、「シート状支持体の片面に保持される」という使用態様を採らない経皮吸収製剤を除外し、かかる使用態様を採る経皮吸収製剤に限定したものといえる。
ところで、本件発明は「経皮吸収製剤」という物の発明であるから、本件訂正発明も「経皮吸収製剤」という物の発明として技術的に明確であることが必要であり、そのためには、訂正事項5によって限定される「シート状支持体の片面に保持される…経皮吸収製剤」も、「経皮吸収製剤」という物として技術的に明確であること、言い換えれば、「シート状支持体の片面に保持される」との使用態様が、経皮吸収製剤の形状、構造、組成、物性等により経皮吸収製剤自体を特定するものであることが必要である。
しかしながら、「シート状支持体の片面に保持される」との使用態様によっても、シート状支持体の構造が変われば、それに応じて経皮吸収製剤の形状や構造(特にシート状支持体に保持される部分の形状や構造)も変わり得ることは自明であるし、かかる使用態様によるか否かによって、経皮吸収製剤自体の組成や物性が決まるという関係にあるとも認められない。
したがって、上記の「シート状支持体の片面に保持される」との使用態様は、必ずしも、経皮吸収製剤の形状、構造、組成、物性等により経皮吸収製剤自体を特定するものとはいえず、訂正事項5によって限定される「シート状支持体の片面に保持される…経皮吸収製剤」も、「経皮吸収製剤」という物として技術的に明確であるとはいえない(なお、「シート状支持体の片面に保持される」との用途にどのような技術的意義があるのかは不明確といわざるを得ないから、本件訂正発明をいわゆる「用途発明」に当たるものとして理解することも困難である。)。
そうすると、訂正事項5による訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は、技術的に明確であるとはいえないから、訂正事項5は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものとは認められない。』
[コメント]
訂正要件として許容される「特許請求の範囲の減縮」の具体例として、「(ア)択一的記載の要素の削除、(イ)構成要件の直列的付加、(ウ)上位概念から下位概念への変更、(エ)請求項の削除、(オ)多数項を引用している請求項の引用請求項数を減少、(カ)n項引用している1の請求項をn―1以下の請求項に変更、(キ)訂正を行う際、一つひとつの請求項で訂正後の発明を記載することが困難または不明瞭となることから請求項数を増やして表現せざるをえないとき」が挙げられる。
特許庁が、訂正事項5を許容した理由は、本件訂正前の請求項1から「シート状支持体の片面に保持される」という使用態様を採らない経皮吸収製剤を除外したこと、つまり、限定したものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とする判断したものである。一方、裁判所は、訂正事項5が、経皮吸収製剤という物として、技術的に明確ではなく、経皮吸収製剤の形状等を特定(減縮)するものではないため、訂正要件を満足しないと判断したものである。
訂正においては、最後の拒絶理由通知時などの補正のように、特許請求の範囲の「限定的」減縮に限られるものではないが、訂正事項5は、訂正前の請求項1に記載された「経皮吸収製剤」自体を特定したものではなく、「シート状支持体の片面に保持される」との使用態様を限定したに過ぎず、上記(ア)~(キ)に該当しないため、裁判所は、訂正要件を厳格に判断した点で妥当と考える。
以上
(担当弁理士:西﨑 嘉一)
 

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