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平成28年(行ケ)第10037号「重合性化合物含有液晶組成物及びそれを使用した液晶表示素子」事件

「重合性化合物含有液晶組成物及びそれを使用した液晶表示素子」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10037号 判決日:平成29年6月14日
判決:審決取消
特許法29条1項3号
キーワード:選択発明、引用発明と比較した顕著な特有の効果(格別な技術的意義)
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/838/086838_hanrei.pdf
[概要]
選択発明の判断枠組みに従って特許性の判断を行うにあたり、各相違点にかかる選択を併せて行った(組み合わせた)際に奏される効果等から認定される本件発明の技術的意義を検討すべきであるとして、新規性違反を理由として特許を無効とした審決が取り消された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5196073号の特許権者である。
被告が、当該特許の請求項1~17に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2014-800103号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が、当該特許を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決(ただし、本件訂正を認めた部分を除く。)を取り消した。
[本件訂正発明]
【請求項1】
第一成分として、一般式(I-1)から一般式(I-4)
【化1】

(式中、R1及びR2はそれぞれ独立して以下の式(R-1)から式(R-15)
【化2】

の何れかを表す。)で表される重合性化合物を一種又は二種以上含有し、第二成分として、一般式(II)
【化3】

(式中、R3は炭素数1から10のアルキル基を表し、R4は炭素数1から10のアルキル基又はアルコキシル基を表し、mは0、1又は2を表す。)で表される化合物を1種又は2種以上含有することを特徴とする重合性化合物含有液晶組成物であって、
一般式(IV-1)
【化8】

(式中、R3は前記R3と同じ意味を表し、R4は前記R4と同じ意味を表す。)で表される化合物を1種又は2種以上含有し、
塩素原子で置換された液晶化合物を含有しない、
重合性化合物含有液晶組成物。
[審決]
本件発明は、甲1発明と同一である(相違点は実質的な相違点ではない)から、本件特許は新規性欠如により無効とすべきものである。
[取消事由]
1 引用発明認定の誤り(取消事由A)
2 一致点認定の誤り(取消事由1)
3 特許法29条1項の法令解釈の誤り(取消事由2)
4 特許性の有無に関する相違点の評価の誤り(取消事由3)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『1 本件審決の判断構造と原告の主張の理解
本件審決が認定した本件発明と引用発明(甲1発明)は、いずれも多数の選択肢から成る化合物に係る発明であるところ、本件審決は、両発明の間に一応の相違点を認めながら、いずれの相違点も実質的な相違点ではないとして、本件発明と甲1発明が実質的に同一であると認定判断し、その結果、本件発明には新規性が認められないとの結論を採用した。
その理由とするところは、・・・(略)・・・。
要するに、本件審決は、引用発明である甲1発明と本件発明との間に包含関係(甲1発明を本件発明の上位概念として位置付けるもの)を認めた上、甲1発明において相違点に係る構成を選択したことに格別の技術的意義が存するかどうかを問題にしており、その結果、本件発明が甲1発明と実質的に同一であるとして新規性を認めなかったのであるから、本件審決がいわゆる選択発明の判断枠組みに従って本件発明の特許性(新規性)の判断を行っていることは明らかである。
これに対し、原告は、取消事由として、引用発明認定の誤り(取消事由A)や一致点認定の誤り(取消事由1)を主張するものの、本件審決が認定した各相違点(相違点1ないし4)それ自体は争わずに、本件審決には、「特許発明と刊行物に記載された発明との相違点に選択による格別な技術的意義がなければ、当該相違点は実質的な相違点ではない」との前提自体に誤りがあり(取消事由2)、また、仮にその前提に従ったとしても、相違点1ないし4には格別な技術的意義が認められるから、特許性の有無に関する相違点の評価を誤った違法があると主張している(取消事由3)。
これによれば、原告は、本件審決が採用した特許性に関する前記の判断枠組みとその結論の妥当性を争っていることが明らかであり、取消事由2及び3もそのような趣旨の主張として理解することができる。
また、本件発明2ないし17は、・・・(略)・・・。
以上の観点から、まず、本件発明1に関し、本件審決が認定した各相違点(相違点1ないし4)を前提に、各相違点が実質的な相違点ではないとして特許性を否定した本件審決の判断の当否について検討することとする。』
『4 特許性の有無について
(1)特許に係る発明が、先行の公知文献に記載された発明にその下位概念として包含されるときは、当該発明は、先行の公知となった文献に具体的に開示されておらず、かつ、先行の公知文献に記載された発明と比較して顕著な特有の効果、すなわち先行の公知文献に記載された発明によって奏される効果とは異質の効果、又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏する場合を除き、特許性を有しないものと解するのが相当である。
ここで、本件発明1が甲1発明Aの下位概念として包含される関係にあることは前記3のとおりであるから、本件発明1は、甲1に具体的に開示されておらず、かつ、甲1に記載された発明すなわち甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏する場合を除き、特許性を有しないというべきである。
そして、甲1に本件発明1に該当する態様が具体的に開示されているとまでは認められない(被告もこの点は特に争うものではない。)から、本件発明1に特許性が認められるのは、甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏する場合(本件審決がいう「格別な技術的意義」が存するものと認められる場合)に限られるというべきである。
(2)この点に関し、本件審決は次のとおり判断した。
・・・(略)・・・
エ 以上によれば、本件審決は、
①甲1発明Aの「第三成分」として、甲1の「式(3-3-1)」及び「式(3-4-1)」で表される重合性化合物を選択すること、
②甲1発明Aの「第一成分」として、甲1の「式(1-3-1)」及び「式(1-6-1)」で表される化合物を選択すること、
③甲1発明Aの「第二成分」として、甲1の「式(2-1-1)」で表される化合物を選択すること、
④甲1発明Aにおいて、「塩素原子で置換された液晶化合物を含有しない」態様を選択すること、
の各技術的意義について、上記①の選択と、同②及び③の選択と、同④の選択とをそれぞれ別個に検討した上、それぞれについて、格別な技術的意義が存するものとは認められないとして、相違点1ないし4を実質的な相違点であるとはいえないと判断し、本件発明1の特許性(新規性)を否定したものといえる。
(3)本件審決の判断の妥当性
本件発明1は、甲1発明Aにおいて、3種類の化合物に係る前記①ないし③の選択及び「塩素原子で置換された液晶化合物」の有無に係る前記④の選択がなされたものというべきであるところ、証拠(甲42)及び弁論の全趣旨によれば、液晶組成物について、いくつかの分子を混ぜ合わせること(ブレンド技術)により、1種類の分子では出せないような特性を生み出すことができることは、本件優先日の時点で当業者の技術常識であったと認められるから、前記①ないし④の選択についても、選択された化合物を混合することが予定されている以上、本件発明の目的との関係において、相互に関連するものと認めるのが相当である。
そして、本件発明1は、これらの選択を併せて行うこと、すなわち、これらの選択を組み合わせることによって、広い温度範囲において析出することなく、高速応答に対応した低い粘度であり、焼き付き等の表示不良を生じない重合性化合物含有液晶組成物を提供するという本件発明の課題を解決するものであり、正にこの点において技術的意義があるとするものであるから、本件発明1の特許性を判断するに当たっても、本件発明1の技術的意義、すなわち、甲1発明Aにおいて、前記①ないし④の選択を併せて行った際に奏される効果等から認定される技術的意義を具体的に検討する必要があるというべきである。
ところが、本件審決は、前記のとおり、前記①の選択と、同②及び③の選択と、同④の選択とをそれぞれ別個に検討しているのみであり、これらの選択を併せて行った際に奏される効果等について何ら検討していない。このような個別的な検討を行うのみでは、本件発明1の技術的意義を正しく検討したとはいえず、かかる検討結果に基づいて本件発明1の特許性を判断することはできないというべきである。
以上のとおり、本件審決は、必要な検討を欠いたまま本件発明1の特許性を否定しているものであるから、上記の個別的検討の当否について判断するまでもなく、審理不尽の誹りを免れないのであって、本件発明1の特許性の判断において結論に影響を及ぼすおそれのある重大な誤りを含むものというべきである。
したがって、本件発明1の特許性に関する本件審決の判断は妥当でない。』
[コメント]
審査基準には、『請求項に係る発明の引用発明と比較した効果が以下の(i)から(iii)までの全てを満たす場合は、審査官は、その選択発明が進歩性を有しているものと判断する。(i)その効果が刊行物等に記載又は掲載されていない有利なものであること。(ii)その効果が刊行物等において上位概念又は選択肢で表現された発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際立って優れたものであること。(iii)その効果が出願時の技術水準から当業者が予測できたものでないこと。』と記載されている。
本判決では、選択発明において、『本件発明1に特許性が認められるのは、甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏する場合(本件審決がいう「格別な技術的意義」が存するものと認められる場合)に限られるというべきである。』と述べ、上記の審査基準と同様の判断基準を示したうえで、より具体的には、各相違点にかかる選択を併せて行った(組み合わせた)際に奏される効果等から認定される本件発明の技術的意義を検討すべきであると説示しており、妥当な結論と考える。
なお、甲1発明は、特許庁の審査過程において、本件発明の新規性・進歩性を否定する主引例(引用文献1)として引用されているが、出願人は、意見書にて、『引用文献1では、本願発明の第二成分の一般式(II-A)及び一般式(II-B)に対応する化合物の記載があり、また、本願発明の第一成分の一般式(I)に対応する化合物の記載がありますが、一般式(II-A)及び一般式(II-B)の化合物と一般式(I)の化合物とが同時に含有する液晶組成物に関する記載はありません』と引例との相違点を主張し、さらに、本件発明が、引用文献記載の発明と比較して有利な効果を有していることを反論して、特許査定を得ていた。
また、甲1発明(上記の引用文献1)は、本願の先行技術文献にかかる特許文献4として記載されており、出願人は、本件発明が、甲1発明の選択発明に相当することを出願時に認識していたことが窺える。
本事件(出願時の状況、審査での経緯を含め)は、実務上、選択発明における特許戦略(明細書の記載、審査や審判での特許性の主張等)を考えるうえで、参考になると思われる。
以上
(担当弁理士:片岡 慎吾)

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