IP case studies判例研究

平成28年(行ケ)第10114号「揺動型遊星歯車装置」事件

名称:「揺動型遊星歯車装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10114号 判決日:平成29年5月10日
判決:請求棄却
特許法44条、153条2項
キーワード:分割要件違反、手続違背
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/747/086747_hanrei.pdf
[概要]
原出願の当初請求項の発明特定事項を上位概念化した分割出願について、共通技術があることが周知の事項であるとしても、新たな技術的事項を導入するものは、原出願に包含された発明であると認められないため、分割要件違反であるとして、無効審決を維持した事例。
審決の理由中に、新たな判断内容が追加されるなどしたとしても、分割要件の判断の過程における理由を補足するものは、「当事者の申し立てない理由」には当たらないため、手続に違法はないと判断した事例。
[事件の経緯]
原告は、分割出願に係る特許第4897747号の特許権者である。
被告は、無効審判を請求したが、不成立であったので、先の審決取消訴訟を提起したところ(知的財産高等裁判所平成25年(行ケ)第10330号)、審決が取り消された。これを受けて、特許庁は、更に審理し、その審理の過程で、原告は、訂正請求をし(この訂正を「本件訂正」という。)、特許庁は、本件訂正を認めた上で、本件特許を無効とする旨の審決をしたため、原告はその取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1(訂正後)】
中心部がホロー構造とされ、複数の偏心体軸の各々に配置された偏心体を介して揺動歯車を揺動回転させる揺動型遊星歯車装置において、
ケーシングと、
前記複数の偏心体軸にそれぞれ組込まれた偏心体軸歯車と、
該偏心体軸歯車及び駆動源側のピニオンがそれぞれ同時に噛合する伝動外歯歯車と、
該伝動外歯歯車の回転中心軸と異なる位置に平行に配置されると共に、該駆動源側のピニオンが組込まれた中間軸と、
前記ケーシングの内側で、該ケーシングに回転自在に支持され、当該揺動型遊星歯車装置において減速された回転を出力する出力軸と、
を備え、
前記伝動外歯歯車は、単一の歯車からなり、前記出力軸に軸受を介して支持され、
前記中間軸を回転駆動することにより前記駆動源側のピニオンを回転させ、前記伝動外歯歯車を介して該駆動源側のピニオンの回転が前記複数の偏心体軸歯車に同時に伝達され、
前記駆動源側のピニオン、前記伝動外歯歯車および前記複数の偏心体軸歯車が、同一平面上で噛み合う
ことを特徴とする揺動型遊星歯車装置。
(注:原出願及び本件分割出願の当初の請求項では、「内歯揺動体」、「内歯揺動型内接噛合遊星歯車装置」が使用されていた。)
[審決]
本件訂正発明1では、「揺動歯車」として「内歯」であることを限定していないから、揺動歯車として「外歯」であるものを包含している。揺動歯車を「外歯」としたものとしては、外側の内歯歯車を出力歯車とする型(外側に出力軸、内側に固定部材を配置する動作。以下「1型」という。)と、外側の内歯歯車を固定部材とする型(内側に出力軸、外側に固定部材を配置する動作。以下「2型」という。)とがあるところ、本件訂正発明1は、1型を含まず、2型のみを含むと解される。
したがって、本件訂正発明1は、内歯揺動型遊星歯車装置に加え、2型の外歯揺動型遊星歯車装置についても包含している。
外歯揺動型遊星歯車装置を包含する本件訂正発明1は、本件原出願当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるとはいえない。したがって、本件訂正発明1は、本件原出願当初明細書に記載された事項の範囲内のものとはいえないから、本件訂正発明2について検討するまでもなく、本件出願は、分割の要件を満たさないものである。
[取消事由]
1.取消事由1(分割要件に関する判断の誤り)
2.取消事由2(手続違背)
[原告の主張]
1.当業者は、外歯揺動型遊星歯車装置の基本的な構成に関する知識を備えているので、被告が説明するような複雑な変更を繰り返すことはなく、本件訂正発明1を、元々技術常識として有している外歯揺動型遊星歯車装置に直接適用するので、新規事項の追加はない。
2.審決によって判断された無効理由は、本件無効理由通知書及び審決の予告とは大きく異なるものであったにもかかわらず、分割要件の充足に関し、「相応の工夫が必要」か否か、「必須の構成」を備えているか否かの判断について、原告の意見は全く求められなかった。
[被告の主張]
省略
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1.取消事由1(分割要件に関する判断の誤り)について
『 本件原出願当初明細書の全体の記載からすると、同明細書に開示された技術は、従来の内歯揺動型遊星歯車装置における問題を解決すべく改良を加えたものであって、その対象は内歯揺動型遊星歯車に関するものであると解するのが相当であり、外歯揺動型遊星歯車装置を含むように一般化された共通の技術的事項を導くことは困難であるといわざるを得ない。
・・・(略)・・・本件原出願当初明細書に記載された技術が、揺動体の形態に関わらない共通技術であること、外歯揺動型遊星歯車装置に適用することが可能であることやその際の具体的な実施形態、その他の周知技術の適用が可能であること等についての記載や示唆は全くないのであるから、本件原出願当初明細書の記載に接した当業者であっても、同明細書に記載された発明の技術的課題及び解決方法の趣旨に照らし、内歯揺動型遊星歯車装置と外歯揺動型遊星歯車装置に共通した課題及びその解決方法が開示されていると認識するものではないと解される。
・・・(略)・・・本件訂正発明1を2型の外歯揺動型遊星歯車装置に適用するには、揺動体と中間軸との干渉を避けるための設計変更(揺動体に中間軸を通すための孔を形成すること)や、中間軸への入力を他の部材との干渉を避けつつ行うための設計変更等を要することとなるのに対し、本件原出願当初明細書には、外歯揺動型遊星歯車装置に適用する場合の具体的な実施形態、その他の周知技術の適用が可能であることなどについての記載や示唆は全くない。
したがって、偏心体を介して揺動回転する歯車が内歯であるか外歯であるかには依存しない共通技術があることが周知の事項であるとしても、当業者は、本件原出願当初明細書の記載から、2型の外歯揺動型遊星歯車装置を含む本件訂正発明1を想起することはないものと解される。
・・・(略)・・・以上によれば、本件訂正発明1は、本件原出願当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる事項との関係において、新たな技術的事項を導入することに当たらないということはできず、本件原出願当初明細書に記載した事項の範囲内であるとはいえないから、本件原出願に包含された発明であると認めることはできない。』
2.取消事由2(手続違背)について
『 本件において、本件無効理由通知及び審決の予告の判断内容と審決の判断内容を比較すると、審決には、「相応の工夫」や「必須の構成」といった、本件無効理由通知及び審決の予告には記載されていなかった判断が追加されていることが認められる。しかしながら、審決の上記判断事項は、根拠法条や主要事実の変更ではなく、それまで審判手続の中で当事者双方の争点となっていた、本件出願が分割要件を満たすものであるか否か(本件訂正発明1が本件原出願当初明細書に記載した範囲内のものであり、本件原出願に包含された発明であるか)を判断する際に、その理由付けの一つとして判断された事項であり、審決は、上記争点を判断の過程における理由について審決の予告を補足したにすぎないものと解される。
・・・(略)・・・審決の理由中に、本件無効理由通知及び審決の予告にはなかった新たな判断内容が追加されるなどしたとしても、審決の上記判断内容は、本件出願のような分割出願が分割の要件を満たすものであるかの判断の過程における理由を補足するものであり、「当事者の申し立てない理由」には当たらないと解されるから、改めて無効理由が通知されなかったことをもって、特許法153条2項の規定に違反する違法があったということはできない。』
[コメント]
原出願に記載された発明(当初の請求項の記載)に対して、発明特定事項の一部を上位概念化した分割出願については、審決取消訴訟において、分割要件違反と判断される場合が殆どである。その際の判断手法としては、区々の印象があるが、本判決では、上位概念化により新たに包含されるようになった実施形態について、①共通した課題及びその解決方法が開示されていると認識できるか否か、及び②新たに包含されるようになった実施形態について、原出願から当業者が想起できるか否かで判断されている。
本件判決では、上記①と②のいずれもが否定された結果、分割要件違反と判断されており、結論及び理由において妥当であろう。
一方、手続違背については、審決の判断の過程における理由を補足する事項が追加されていたとしても、「当事者の申し立てない理由」には当たらず、改めて無効理由を通知する必要があいこと判示された。
以上
(担当弁理士:梶崎 弘一)

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