IP case studies判例研究

平成28年(行ケ)第10103号「掴線器」事件

名称:「掴線器」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10103号 判決日:平成29年2月28日
判決:請求棄却
特許法29条2項、同法36条4項1号
キーワード:容易想到性、動機付け、阻害要因、実施可能要件
[概要]
引用発明においては、本件発明の課題と共通する課題が既に解決されており、相違点に係る構成を備える動機付けがないとして、本件発明の進歩性が肯定されるとともに、所期の作用効果を奏することを裏付ける記載が無くても実施可能要件の充足性は直ちに左右されないとして、実施可能要件を充足すると判断された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5465733号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1に係る発明についての特許無効審判(無効2015‐800093号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
長レバーのリング部に引張力を負荷することで、テコを利用してケーブルを把持する構造の掴線器において、その長レバーの後端に設けたリング部を、長レバー及びケーブルの平面に対して15°~45°に捻ったことを特徴とする掴線器
[本件発明と引用発明との相違点]
本件発明は、「その長レバーの後端に設けたリング部を、長レバー及びケーブルの平面に対して15°~45°に捻った」ものであるのに対し、引用発明は、「ハンドル32は、前記ピン33と前記ブラケット35との間に段差状に屈曲する部分を有し」ているが、「捻った」部分を有するものではない点。
[取消事由]
1.本件発明の容易想到性判断の誤り
2.実施可能要件に係る判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
取消事由1(本件発明の容易想到性判断の誤り)について
『(ア) 引用発明は、前記(1)イによれば、ワイヤーの把持面又はその辺りでの結びや捻れを防止し、かつ絶縁型のワイヤーへの損傷や切断を生じないワイヤー把持具を提供することを目的とし、かかる課題の解決手段として、ハンドル32が、ピン33とブラケット35との間に段差状の屈曲する部分を有し、ガイド36の形状と配置にあわせて、ハンドル32の上記屈曲と枢着接続部33の移動の円弧がよく調整されるようにした構成を採用し、これにより、引っ張る負荷が目37に適用されるとき、ハンドル32がワイヤーに接触せず移動して目37の位置がワイヤーに接近し、引っ張る動作は常にワイヤーのほぼ軸方向にあるから、ワイヤーが曲がったり、捻れたりしないという作用効果を奏するものである。
そうすると、引用発明は、前記1(2)アの本件発明の課題と共通する課題を、ハンドル32が、ピン33とブラケット35との間に段差状の屈曲する部分を有し、ガイド36の形状と配置にあわせて、ハンドル32の上記屈曲と枢着接続部33の移動の円弧がよく調整されるようにした構成を採用することにより、既に解決しているということができるから、上記構成に加えて、あるいは、上記構成に換えて、ハンドル32を「捻った」部分を有するように構成する必要がない。
・・・(略)・・・
(ウ) したがって、そもそも、掴線器において、長レバーの移動により、その後端に設けられたリング部がケーブルなど他の部材と干渉するのを避けるために、長レバーを「捻った」部分を有するように構成することが、もとの出願日前に、当業者に周知慣用の技術であったとは認められないし、引用発明において、上記構成を備えるようにする動機付けもない。
(エ) むしろ、引用発明の構成に加えて、ハンドル32を「捻った」部分を有するように構成する場合には、引用発明では、目37がワイヤーに近接した位置となるように調整されているため、目37がワイヤーに接触するおそれがあり、目37がワイヤーに接触しないようにするには、目37とワイヤーとの距離を遠ざけるようにガイド36の形状と配置を変更することや、ハンドル32の段差状の屈曲と枢着接続部の移動の円弧の再調整をすることが必要になるから、引用発明において、その構成に加えて、ハンドル32を「捻った」部分を有するように構成することには、阻害要因があるというべきである。
(オ) 以上によれば、引用発明において、周知例等に記載された事項に基づいて相違点に係る本件発明の構成を備えるようにすることが、容易に想到できたということはできない。』
取消事由2(実施可能要件に係る判断の誤り)について
『エ 原告は、本件明細書には、リング部を15°~45°に捻ることにより所期の作用効果を奏することを裏付ける記載はないから、本件発明の少なくとも一部につき、当業者がその実施をすることができる程度の記載があるということはできない旨主張する。
しかし、物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号)、物の発明について実施可能要件を充足するか否かについては、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を製造し、使用することができる程度の記載があるか否かによるというべきであって、所期の作用効果を奏することを裏付ける記載の有無いかんにより実施可能要件の充足性が直ちに左右されるものではない。』
[コメント]
引用発明に周知技術を適用して本件発明の構成とすることは、当業者が容易に想到できたことである、という原告の主張に対し、裁判所は、本件発明の課題が引用発明において既に解決されているとし、また、掴線器の長レバーを捻った部分を有するように構成することが周知技術であったとは認められないとして、該構成を備えるようにする動機付けがない、と判断した。
確かに、引用発明では、ピン33とブラケット35との間に段差状の屈曲する部分が設けられ、ガイド36の形状と配置にあわせて、ハンドル32の屈曲と枢着接続部33の移動の円弧がよく調整されるようにした構成を採用することにより、ワイヤーの把持面又はその辺りでの結びや捻れを防止し、かつワイヤーへの損傷や切断を生じないようにして、所期の作用効果を奏することから、リング部に相当する目37を15°~45°に捻ることに意義は見出せず、目37を捻った場合には上記円弧の調整が蔑ろになる恐れがあろう。
本件明細書の記載が実施可能要件を満たしていない、という原告の主張に対し、裁判所は、本件審決における実施可能要件に係る判断に誤りはない、と判断した。原告による具体的な主張としては、「長レバー及びケーブルの平面」の意義が本件明細書等に何ら記載されていない、リング部を15°~45°に捻る基準が不明であるなど幾つかあったが、裁判所は、本件明細書の記載について、従来の掴線器の構造に関する技術常識も踏まえて解釈し、その意味を理解できるものとして、原告の主張を退けた。
また、リング部を15°~45°に捻ることにより所期の作用効果を奏することを裏付ける記載が本件明細書になく、実施可能要件が充足されていない、という原告の主張に対し、裁判所は、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を製造し、使用することができる程度の記載があるか否かによるというべきであるとし、そのような所期の作用効果を奏することを裏付ける記載の有無いかんにより実施可能要件の充足性が直ちに左右されるものではない、と判断した。審査基準に沿った考え方が示されており、参考になる。
以上
(担当弁理士:椚田 泰司)

平成28年(行ケ)第10103号「掴線器」事件

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