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平成28年(行ケ)第10068号「空気入りタイヤ」事件

名称:「空気入りタイヤ」事件
拒絶審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10068号 判決日:平成29年2月7日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:容易想到性
[概要]
副引用例に記載された技術事項は、本願発明の構成を示唆するものではないから、当業者は、副引用例に記載された技術事項を適用した主引用発明において、本願発明の構成にするという発想に至らず、また、被告が主張する技術常識は、当業者に本願発明のような発想を与えるものではないとして、本願発明の進歩性が肯定された事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2010-215766号)に係る拒絶査定不服審判(不服2014-26370号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本願発明]
【請求項1】
一対のビード部間をトロイド状に跨って配設された少なくとも1層のカーカスと、
該カーカスのタイヤ径方向外側に配置され、タイヤ周方向に延びる複数の周方向主溝が形成されたトレッドと、
タイヤ径方向における前記カーカスと前記トレッドとの間に配設され、タイヤ赤道面に対し鋭角となる第1角度で交差すると共にタイヤ幅方向両端において折れ曲がることによりジグザグしながらタイヤ周方向に延びるコードが全領域に埋設されている少なくとも1層の内側ベルトと、
タイヤ径方向における該内側ベルトと前記トレッドとの間に配設され、前記タイヤ赤道面に対し前記第1角度よりも大きい鋭角の第2角度で交差するコードが全領域に埋設され、タイヤ幅方向両側の切断端部がタイヤ幅方向内側に折り返され、前記切断端部が前記周方向主溝のタイヤ径方向内側位置を避けて配置され、前記トレッドの接地幅をWとすると、両側の前記切断端部が、タイヤ赤道面から(0.15~0.35)Wの範囲に位置している少なくとも1層の外側ベルトと、
を有する空気入りタイヤ。
[審決]
1.本願発明と引用発明(引用例1に係る発明)との相違点
コードに係る「第2角度」と、「外側ベルト」の「タイヤ幅方向両側の切断端部」の「配置」とに関して、
本願発明では、「前記タイヤ赤道面に対し前記第1角度よりも大きい鋭角の第2角度で交差するコードが全領域に埋設され、タイヤ幅方向両側の切断端部がタイヤ幅方向内側に折り返され、前記切断端部が前記周方向主溝のタイヤ径方向内側位置を避けて配置され、前記トレッドの接地幅をWとすると、両側の前記切断端部が、タイヤ赤道面から(0.15~0.35)Wの範囲に位置している」のに対して、
引用発明では、「タイヤ赤道面に対し、鋭角の第2角度(所定角度10~35度)で交差するコードが全領域に埋設され、切断端部が周方向主溝のタイヤ径方向内側位置を避けて配置されている」点。
2.容易想到性の判断
上記の構成については、引用例2に記載された技術事項を、引用発明に適用することには十分な動機付けが存在し、外側ベルトの両側の切断端部が、タイヤ赤道面から(0.15~0.35)Wの範囲に位置するような数値範囲で設定することは、以下の事項等により、当業者が適宜になし得た数値範囲の好適化にすぎない、と判断された。
・刊行物2のものにおいて、ベルトを折り返す技術的意味は、ショルダー部近傍において、タガ効果(強度)を維持し、ベルト層両端の損傷を防止することにあるといえるから、その損傷を回避できる程度の折り返し部の所定の長さ(折り返されるベルトの端部(切断端部)が、その折り返しのある側のショルダー部近傍には位置しない程度の長さ)が必要となると考えられること
・刊行物2に図示されるベルトの折り返しの態様は、折り返されるベルトの端部(切断端部)が、ショルダー部からより中央側の領域に位置する蓋然性が高いと考えられること
そして、本願発明は、引用発明及び引用例2に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである、と判断された。
[取消事由]
本願発明の容易想到性の判断の誤り
1.相違点(コードの角度)に係る容易想到性の判断の誤り
2.相違点(切断端部の配置)に係る容易想到性の判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(4) 接地幅に対する切断端部の位置
・・・(略)・・・。
イ 引用例2に記載された技術事項における「トレッドのショルダー部」の領域
引用例2には、「トレッドのショルダー部」が航空機タイヤのどの部分を具体的に指すのかについて記載はない。そして、「ショルダー」が「肩」の意味であることからすれば、「トレッドのショルダー部」とは、トレッドの肩のような形状の部分を指すと解するのが自然である。そして、引用例2の【図1】によれば、かかる形状の部分は、トレッドの中でもサイドウォールに近い部分、すなわち、トレッドの端部をいうものと解される。
また、引用例2には、「高速回転時のトレッド部の変形を抑制するための採用する0°バンドは、トレッド両端部における拘束力が少ないので、トレッドショルダー部の膨張変形に対する効果は少ない。」と記載され(【0026】)、トレッド両端部における拘束力とトレッドのショルダー部の膨張変形に対する効果との間に直接の因果関係がある旨説明されており、引用例2における「トレッドのショルダー部」とは、0°バンドによる拘束力が少ない部分である、トレッドの端部と解するのが自然である。
・・・(略)・・・。
したがって、引用例2に記載された技術事項における「トレッドのショルダー部」とは、トレッドの端部を意味するものと認められ、同技術事項は、ベルトプライの両端の折り返し部を、トレッドの端部に位置するように形成するものということができる。
ウ このように、引用例2に記載された技術事項は、ベルトプライの両端の折り返し部を、トレッドの端部に位置するように形成するものであって、引用発明に引用例2に記載された技術事項を適用しても、折り返し部が形成されるのは「トレッドゴム26」の端部である。したがって、引用発明に引用例2に記載された技術事項を適用しても、外側ベルトの切断端部を、タイヤの赤道面から0.15~0.35Wの範囲に位置させるという本願発明の構成には至らないというべきである。
(5) 被告の主張について
・・・(略)・・・。
ウ 数値範囲の好適化
(ア) 被告は、引用例2に記載された技術事項を適用した引用発明において、外側ベルトの切断端部を、タイヤの赤道面から0.15~0.35Wの範囲に位置させることは適宜になし得ると主張する。
(イ) しかし、前記(3)ウのとおり、引用例2に記載された技術事項の目的は、比較的低弾性率のコードを用い、また、コードをタイヤ周方向に比較的浅い角度とすることによって生じるトレッド両端部における拘束力の低下を、折り返し部でコードを重ねることによって補強し、ベルト層両端の損傷を防止しようというものである。
そうすると、引用例2に記載された技術事項の目的を達成するために必要なベルトの折り返し幅は、低弾性率のコードを比較的浅い角度で配置することによって生じるベルトのトレッド両端部に対する拘束力の低下を防ぐ程度のものが必要であり、かつ、その程度のものであれば十分である。
したがって、引用例2に記載された技術事項は、ベルトのトレッド両端部に対する拘束力の低下を防ぐために、ベルトプライの両端を、折り返し部がトレッドのショルダー部に位置する程度の幅に折り返すことを示唆するにすぎず、トレッド両端部に対する拘束力の低下を防ぐという目的以外に、折り返し幅を調整することを示唆するものではないから、当業者は、引用例2に記載された技術事項を適用した引用発明において、切断端部の位置を赤道面やトレッドのショルダー部との距離に応じて調整するという発想には、そもそも至らない。
(ウ) また、前記1⑷のとおり、本願発明は、外側ベルトの切断端部の位置の下限をタイヤ赤道面から0.15Wとしたから、タイヤ耐圧性を確保するとともに、遠心力による迫出し時のひずみの集中を避けることができ、上限をタイヤ赤道面から0.35Wとしたから、せん断ひずみの集中を避けることができ、その結果、セパレーションの発生を抑制できるというものである。そして、一般的に、タイヤが遠心力により迫出すことが技術常識であり、かつ、トレッドのショルダー部は変形しやすいということができたとしても、このことは、当業者に、ベルトの切断端部の位置を、赤道面やトレッドのショルダー部との距離に応じて調整するという本願発明のような発想を与えるものではない。
・・・(略)・・・。
(オ) したがって、外側ベルトの切断端部を、タイヤの赤道面から0.15~0.35Wの範囲に位置させることを適宜になし得るとの被告の主張は採用できない。』
以上のように、審決の容易想到性の判断が誤りとして、審決が取り消された。
[コメント]
引用例2(副引用例)には、「ベルトの両端を折り返すこと」と、「折り返し部がトレッドのショルダー部に位置すること」とが開示されている。
そして、審決において、引用例2のベルトの両端を折り返す技術的意味等を根拠にして、ベルトの端部がショルダー部からより中央側の領域に位置するように解釈した上で、本願発明のように外側ベルトの両側の切断端部が所定の数値範囲で設定することは、当業者が適宜になし得た数値範囲の好適化にすぎないと、判断された(審決取消訴訟における被告の主張も同様である)。
しかしながら、かかる判断は、引用例2の技術的意味を恣意的に解釈するものであり、少し無理があるように思える。
そして、引用例2には、「折り返し部の端部」をどこに位置するかについて、及び、「折り返し部の端部」が本願発明のような位置まで延ばしてもよいことについて、特に開示乃至示唆されていないため、その点に着目した本願発明が評価され、本願発明の進歩性が肯定されたと考えられる。
以上
(担当弁理士:鶴亀 史泰)

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