IP case studies判例研究

平成28年(行ケ)10036号「ブルニアンリンク作成デバイスおよびキット」事件

名称:「ブルニアンリンク作成デバイスおよびキット」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)10036号 判決日:平成28年11月28日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、動機付け、用途
[概要]
甲2発明及び甲10発明は、いずれも編み物用の編み機であり、本件訂正発明のような用途での使い方を想定しておらず、相違点に係る構成を採用することの動機付けがないとして、本件訂正発明の進歩性が肯定された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5575340号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1、3、6~8、10及び11に係る発明についての特許無効審判(無効2015‐800035号)を請求し、被告が訂正請求をしたところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件訂正発明1]
【請求項1】
一連のリンクからなるアイテムを作成するための装置であって、
前記リンクはブルニアンリンクであり、前記アイテムはブルニアンリンクアイテムであり、
ベースと、
ベース上にサポートされた複数のピンと、を備え、
前記複数のピンの各々は、リンクを望ましい向きに保持するための上部部分と、当該複数のピンの各々の、ピンの列の方向の前面側の開口部とを有し、複数のピンは、複数の列に配置され、相互に離間され、且つ、前記ベースから上方に伸びている
装置。
[本件訂正発明6]
【請求項6】
一連のリンクからなるアイテムを作成するためのキットであって、
前記リンクはブルニアンリンクであり、前記アイテムはブルニアンリンクアイテムであり、
リンクを望ましい向きに保持するための上部部分と、複数のピンの各々の、ピンの列の方向の前面側の開口部を含み、ベースによりお互いに対してサポートされた複数のピンを備え、
前記複数のピンは、複数の列に配置され、相互に離間され、且つ、前記ベースから上方に伸びている、
キット。
[取消事由]
取消事由1.分割要件違反に伴う新規性判断の誤り
取消事由2.補正要件の判断の誤り
取消事由3.訂正要件の判断の誤り
取消事由4.サポート要件の判断の誤り
取消事由5.実施可能要件の判断の誤り
取消事由6.進歩性判断の誤り
[審決で認定された相違点2、4、6及び8]
・相違点2
本件訂正発明1の開口部は、ピンの列の方向の前面側にあるのに対し、甲2発明の溝は、ベースの隙間とは反対側のペグの面側にある点。
・相違点4
本件訂正発明6の開口部は、ピンの列の方向の前面側にあるのに対し、甲2発明の溝は、ベースの隙間とは反対側のペグの面側にある点。
・相違点6
本件訂正発明1の開口部は、ピンの列の方向の前面側にあるのに対し、甲10発明の溝7は、ピン5の外側に面している側面側にある点。
・相違点8
本件訂正発明6の開口部は、ピンの列の方向の前面側にあるのに対し、甲10発明の溝7は、ピン5の外側に面している側面側にある点。
[原告の主張]
取消事由6(進歩性判断の誤り)について
『審決は、相違点2、4、6及び8について、開口部の向きは設計事項ではないと判断したが、誤りである。
すなわち、甲44~47のとおり、編み機のベース上に列状に配置されたピンについて、ピンの列方向又はピンの列に対して斜めの方向に向かって穴や溝状の構造を設けるという技術的思想は、本件原出願の優先日である平成22年11月5日以前に、数多くの編み機において公に実施されており、当業者に一般的に知られているものであった。また、甲29、31及び32のとおり、アクセス溝が外側を向いていようが、ピンの列の方向の前面上に位置させようが、容易にブルニアンリンクアイテムを作成できることに違いはない。そうすると、アクセス溝の位置がいずれの向きであるかは、当業者が編み機を製造するに当たり適宜選択する事項であり、単なる設計事項にすぎない。』
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
取消事由6(進歩性判断の誤り)について
『 イ 相違点2、4、6及び8の容易想到性について
甲2発明は、「編み物を作成するための編み機」であり、編みの性格上、かぎ針(フック)の操作方向は、ペグ(ピン)の列の方向と交差する方向となり、そのため、甲2発明のペグの溝は、ベースの隙間とは反対側のペグの面側、すなわち、ペグの列の方向と交差する方向に形成されている。
甲10発明も、同様に、「編み物製品を作成するための手編み用の編み機」であり、編みの性格上、フックの操作方向は、ピンの列の方向と交差する方向となり、そのため、甲10発明のピンの溝は、ピンの外側に面している側面側、すなわち、ピンの列の方向と交差する方向に形成されている。
そして、これらは、編み物用の編み機である以上、本件訂正発明のように、ピンの列の方向に連続したリンクを形成していくためにフックをピンの列の方向に操作するという使い方を想定していない。
また、甲2及び甲10以外の証拠を検討しても、編み物用の編み機である甲2発明又は甲10発明について、ピンの列の方向に連続したリンクを形成していくためにフックをピンの列の方向に操作すること、そのためにフック挿入用の「開口部」を「ピンの列の方向の前面側」に設けることを開示ないし示唆する証拠は見当たらない。
そうすると、甲2発明において、相違点2に係る本件訂正発明1の構成又は相違点4に係る本件訂正発明6の構成とすること、あるいは、甲10発明において、相違点6に係る本件訂正発明1の構成又は相違点8に係る本件訂正発明6の構成とすることは、いずれも動機付けがなく、当業者が容易になし得ることとは認められない。
ウ 原告の主張について
(ア) 原告は、アクセス溝が外側を向いていようが、ピンの列の方向の前面上に位置させようが、容易にブルニアンリンクアイテムを作成できることに違いはないのであるから、アクセス溝の位置がいずれの向きであるかは、当業者が編み機を製造するに当たり適宜選択する事項であり、単なる設計事項にすぎないと主張する。
しかしながら、甲2発明及び甲10発明は、編み物を作成するための編み機であるところ、甲2及び甲10には、ブルニアンリンクに関する記載や示唆はなく、この編み機をブルニアンリンクを作成するために利用することの記載や示唆もないというべきであるから、仮に、アクセス溝の向きに関わらず、容易にブルニアンリンクを作成できることが事実であったとしても、そのようなブルニアンリンクの作成に係る事実が、編み物を作成するための編み機である甲2発明及び甲10発明の開口部の向きを変更する動機付けになるということはできない。
原告の主張は、理由がない。』
[コメント]
本件訂正発明1及び6は、甲2発明及び甲10発明に対して開口部(アクセス溝)の向きを異ならせているに過ぎず、一見すると構成上の差異は小さい。しかし、本件訂正発明1及び6における開口部の向きは、ブルニアンリンクを作成するために必要とされる、ピンの列の方向に連続したリンクを形成していくフックの操作を円滑にし得るものであり、これを「ピンの列の方向の前面側」としたことには、ブルニアンリンク作成デバイス及びキットとしての技術的意義が認められる。
本判決では、甲2及び甲10にブルニアンリンクの作成に関する記載や示唆がないうえ、甲2発明及び甲10発明の編み機においては、フックの操作方向をピンの列の方向にすることが想定されていないことから、相違点2、4、6及び8に係る構成を採用することの動機付けがない、と判断された。
筆者は編み物に詳しくないが、相違点2、4、6及び8に係る構成は、甲2発明や甲10発明のような編み物用の編み機において、その適用を意図されていないものの、これを採用することがあり得ないとまでは言えないようにも見受けられる。よって、甲2及び甲10にブルニアンリンクの作成に関する記載や示唆がある、あるいは、それら以外の証拠においてフックの操作方向をピンの列の方向にした編み物用の編み機が開示されている、といった事情があれば、また違った展開になっていたであろう。
甲2発明及び甲10発明は、毛糸などの紐状材料を絡み合わせて編み物を作製するための編み機であるのに対し、本件訂正発明は、ゴム輪などの閉じたループをチェインに形成してなるブルニアンリンクを作成するためのデバイス及びキットであり、これらは用途を互いに異にするものと言える。本判決は、かかる先行発明(甲2発明及び甲10発明)の用途に基づき、相違点に係る構成を採用することの動機付けがないと判断された事例であり、進歩性を検討するうえで参考になる。
以上
(担当弁理士:椚田 泰司)

平成28年(行ケ)10036号「ブルニアンリンク作成デバイスおよびキット」事件

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