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平成28年(行ケ)第10009号「加湿機」事件

名称:「加湿機」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10009号 判決日:平成28年10月26日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:動機付け、阻害要因
[概要]
引用例2の「一定の水位」は、引用例1の「第1の基準位置H1における接点」とは水位の性質において明らかに相違し、引用例1の「第1の基準位置H1における接点」を引用例2の「一定の水位」を検知する構成に置き換える動機付けがあるということはできず、さらに、引用例1の「第1の基準位置H1における接点」を引用例2の「一定の水位」を検知する構成に置き換えることには阻害要因があるとして、引用例1及び引用例2に基づいて特許法29条2項の規定により特許を無効にすべきものであるとした審決を取り消した事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第4666516号の特許権者である。
被告が、当該特許の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2014-800202号)を請求したところ、特許庁は、請求項1~3に係る発明についての特許を無効とし、請求項4に係る発明についての審判請求は成り立たないとする審決をした。
原告は、本件審決のうち、請求項1ないし3に係る部分の取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、本件審決のうち、請求項1ないし3に係る部分を取り消した。
[本件発明]
【請求項1】
通気路中の送風機の回転に従い、外部の空気を吸い込んで加湿し、加湿した空気を外部へ吹き出す加湿機であって、
前記通気路内には、前記送風機の上流域に、水を貯めるトレイと、このトレイに貯まっている水に下部が浸されて水分を含んだ加湿フィルタと、が配され、
前記トレイには、前記通気路の外に配されるとともに給水タンクからの水を貯めて前記トレイと互いに連通する補助トレイが接続されていて、
前記補助トレイに貯まっている水が減って水不足の水位に達したことを検知するトレイ水位検知部と、前記送風機の回転動作を制御する制御部とを備えており、
前記送風機の回転に従って、前記補助トレイ内の水面には大気圧が作用する一方で、前記トレイ内の水面には負圧が作用し、
前記制御部は、前記送風機を回転させている加湿運転中に前記トレイ水位検知部から検知出力を受けたとき、所定時間が経過するまで前記送風機の回転を継続させることを特徴とする加湿機。
[審決]
審決では、本件発明1及び2は、引用例1及び引用例2に基づいて、本件発明3は、引用例1ないし4に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件発明1ないし3に係る特許は無効にすべきであるとした。
[取消事由]
1.本件発明1に係る容易想到性判断の誤り
1-1.本件発明1と引用発明との一致点及び容易点の認定の誤り
1-2.相違点1の判断の誤り
2.本件発明2及び3に係る容易想到性判断の誤り
※以下、取消事由1-2についてのみ記載する。
[被告の主張]
『そして、引用例2における、所定時間以上アフターランさせる一定の水位は、その(水位)検知装置5についての記載(【0008】、【0036】、【0037】)及び検知装置5の位置が逆さにした給水用タンク11の口先より下方に位置していること(【図1】)から、水切れ状態(水不足)の水位であることも明らかである。
ところで、引用発明は、タンク挿入部41の水面高さが第1の基準位置H1より下がると、水蒸気発生回路18を介してファン20を停止するのであるから、引用例2に記載された「給水部の水位を検知して、一定の水位よりも低くなると加湿運転を停止し、給水を促す表示をする加湿器」の問題点(室内が乾燥する問題点)を有することが明らかであり、この問題点を解決するために、引用例2に記載された技術事項を適用することには、動機付けがある。
そして、引用発明において、引用例2に記載された技術事項(水不足の水位検知後、直ちにファンを停止させずに所定時間アフターランをするという事項)を適用する際、引用発明のフロートスイッチ14の「第1の基準位置における接点」を、引用例2の「一定の水位」を検知するものとし、タンク挿入部41の水面高さがこの一定の水位よりも低くなると第1表示内容を表示し、ファン20が所定時間以上回転した後、ファン20を停止し、第2表示内容を表示する構成とすることが自然である。
ここで、第1表示内容を表示するための「一定の水位」は、給水を促す位置であり、水不足の水位であることは明らかであるから、本件発明1の「水不足の水位」に相当し、「タンク挿入部41の水面高さが一定の水位よりも低くなると第1表示内容を表示し、ファン20が所定時間以上回転した後、ファン20を停止し、第2表示内容を表示する」ことは、本件発明1の「送風機を回転させている加湿運転中にトレイ水位検知部から検知出力を受けたとき、所定時間が経過するまで前記送風機の回転を継続させる」(水不足の水位検知後所定時間アフターランを行う)ことに相当する。
そうすると、引用発明において、引用例2に記載された技術事項を適用し、相違点1に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易に想到することができたことである。』
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1.本件発明の認定について
『(イ) 引用例2における「一定の水位」の意義
・・・(略)・・・
これらの記載によれば、引用例2に記載の加湿器は、部屋の乾燥を防止するために、水位が「一定の水位」より低くなった後も、モーターが所定時間以上回転し、さらに、低速回転とすることで長時間加湿をすることが可能なものである。そして、「第1表示内容」が「給水」という文字及びタイマー残時間を表示するものであるから、「一定の水位」は、給水が一応求められる水位であるといえるものの、タイマー残時間分のファンの継続運転によって、上記「一定の水位」よりさらに低くなった水位における「第2の表示内容」が「給水」という文字を含む点滅表示であることに照らせば、上記「一定の水位」は、タイマー残時間分の加湿運転の余地がある水位を意味するものと理解される。
したがって、引用例2における「一定の水位」は、それを下回る水位でも加湿機能が適正に動作して加湿空気を生成することができ、それを下回る水位が検出された後も加湿機能の動作を行わせることを前提とするものであるということができる。
(ウ) 以上によれば、引用例2に記載された技術事項における、給水部の水位を検知する検知装置が検知する「一定の水位」は、引用発明におけるフロートスイッチ14の「第1の基準位置における接点」とは、水位の性質、すなわち、それを下回る水位でも加湿機能が適正に動作できるか否か及び加湿機能の動作を行わせることを前提としているか否かという点において、明らかに相違する。
加えて、引用発明において、液面検出手段を構成するフロートスイッチ14は、「第1の基準位置H1における接点」のみならず、「第2の基準位置H2における接点」を有するところ、「第2の基準位置H2における接点」が検出する液面高さの「第2の基準位置」は、加湿機の運転時の場合には、水面高さ(液面高さ)が第1の基準位置H1以上の場合には運転が継続される、すなわち、液面高さが「第2の基準位置」を下回っても、第1の基準位置を上回る限りにおいて、加湿機の運転が継続されるものである(【0028】)。そうすると、所定の水位を下回る液面高さでも加湿機能が動作して加湿空気を生成することができ、それを下回る水位が検出された後も加湿機能の動作を行わせるものである点において、引用例2における「一定の水位」と引用発明の「第2の基準位置H2における接点」は共通するものであるということができる。
このように、引用例2の「一定の水位」は、フロートスイッチ14の「第1の基準位置における接点」とは水位の性質(それを下回る水位でも加湿機能が適正に動作できるか否か及び加湿機能の動作を行わせることを前提としているか否かという点)において明らかに相違し、かつ、引用発明には、上記性質において共通する「第2の基準位置H2における接点」が既に構成として備わっているにもかかわらず、引用発明において、フロートスイッチ14の「第1の基準位置における接点」を引用例2の「一定の水位」を検知する構成に置き換える動機付けがあるということはできない。
(エ) さらに、引用発明におけるフロートスイッチ14の「第1の基準位置H1における接点」を、引用例2に記載された技術事項(それを下回る水位が検出された後も加湿機能の動作を行われせることを前提した「一定の水位」を検出対象とするもの)に置き換えると、引用発明におけるフロートスイッチ14の「第1の基準位置H1における接点」は、液面高さが「第1の基準位置」を下回ったことを検出しても加湿機能を引き続き動作させることになるから、引用発明におけるフロートスイッチ14の「第1の基準位置H1における接点」に係る構成により奏するとされる、加湿部の動作を自動的に停止して液体収容槽の液体の残量がないときにファンを無駄に動作させることを防止できるという効果(【0009】)は、損なわれることになる。
そうすると、引用発明におけるフロートスイッチ14の「第1の基準位置H1における接点」を、引用例2に記載された技術事項である、「一定の水位」を検知する構成に置き換えることには、阻害要因があるというべきである。』
[コメント]
被告は、①引用例1には引用例2に記載された問題点(室内が乾燥する問題点)を有することが明らかであり、この問題点を解決するために引用例2の技術事項を適用することに動機付けがあること、そして、②引用例1の「第1の基準位置における接点」を、引用例2の「一定の水位」に置き換えることができること、を主張した。
これに対し、裁判所は、①引用例2の「一定の水位」は、それを下回る水位でも加湿機能が適正に動作して加湿機能が適正に動作でき、また、加湿機能の動作を行わせることを前提としている点で、引用例1の「第1の基準位置における接点」とは水位の性質が明らかに相違し、引用例1の「第1の基準位置における接点」に、引用例2の「一定の水位」の適用を試みる動機付けがあるということはできず、②引用例1の「第1の基準位置における接点」を引用例2の「一定の水位」に置き換えると、液体収容槽の液体の残量がないときにファンを無駄に動作させることを防止できるという引用例1の効果が損なわれることとなり、上記の置き換えには阻害要因がある、と判断した。
本件発明の「前記制御部は、前記送風機を回転させている加湿運転中に前記トレイ水位検知部から検知出力を受けたとき、所定時間が経過するまで前記送風機の回転を継続させる」という構成は、一見すると、引用例2に記載されているようにも思われる。しかし、引用例1の「第1の基準位置における接点」と引用例2の「一定の水位」とは異なる性質の水位であることに着目し、引用例1に引用例2を適用する動機付けが無く、当該適用には阻害要因がある、とした裁判所の判断は、妥当と考える。
以上
(担当弁理士:小島 香奈子)

平成28年(行ケ)第10009号「加湿機」事件

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