IP case studies判例研究

平成27年(行ケ)10033号「5α-レダクターゼ阻害剤によるアンドロゲン脱毛症の治療方法」事件

名称:「5α-レダクターゼ阻害剤によるアンドロゲン脱毛症の治療方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)10033号 判決日:平成28年4月20日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:構成の容易想到性、効果の顕著性
[概要]
本件発明1と引用発明との相違点1~3はいずれも容易想到であって、かつ本件審決に顕著な効果を看過して進歩性を否定した誤りはないとされた事例。
[事件の経緯]
原告は特許第3058351号の特許権者である。
被告が本件特許を無効とする無効審判(無効2013-800194号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が無効とする審決をしたため、原告は、その取消を求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
[請求項1]
単位用量として0.05~1mgの5α-レダクターゼ2阻害剤および医薬的に許容可能なキャリヤーより成る、ヒトにおけるアンドロゲン脱毛症治療用経口剤型医薬組成物。
[審決]
本件発明は、いずれも下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び下記イからオの各引用例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができた。
[取消事由]
(取消事由1)引用発明の認定の誤り
(取消事由2)本件発明1と引用発明との一致点及び相違点の認定の誤り
(取消事由3)相違点1(本件発明1は、「経口剤型医薬組成物」であるのに対し、引用発明は、経口投与されるものではあるものの、「経口剤型医薬組成物」について特定されていない点)の判断の誤り
(取消事由4)相違点2(本件発明1においては、用途について、「ヒトにおけるアンドロゲン脱毛症治療用」と特定されているのに対し、引用発明においては、そのような特定がなく、禿げかかった成体雄stumptail macaque サルにおいて作用を確認している点)の判断の誤り
(取消事由5)相違点3(本件発明1においては、用量について、「単位用量として0.05~1mg」と特定されているのに対し、引用発明においては、「0.5mg/日」と特定されている点)の判断の誤り
(取消事由6)顕著な効果を看過した誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
(取消事由1)
『・・・(略)・・・引用例1に、本件審決が認定した引用発明(前記第2の3⑵)のうち、「0.5mg/日にて経口投与するフィナステライドおよびリンゴのスライスより成る、禿げかかった成体雄stumptail macaque サルにおいて5頭のうち4頭が頭皮毛髪重量の増加を示し、1頭は非応答であったこと」が記載されているということができる。
・・・(略)・・・引用例1に、本件審決が認定した引用発明(前記第2の3⑵)のうち、「当該サル(前記の頭皮毛髪重量の増加を示した4頭のサル)における毛髪成長をミノキシジル単独によって誘導されるレベルまで刺激したことを示唆する」が記載されている。
イ 以上によれば、引用例1には、本件審決が認定したとおりの引用発明(前記第2の3⑵)が記載されていることが認められる。
・・・(略)・・・原告は、甲第32号証を根拠として、実験データの中で他とかけ離れた値を示す「はずれ値」を含めた結果と除外した結果とが異なる場合、当該実験結果の信頼性が疑われることになることを前提として、当業者は、本件優先日当時、引用発明に係る実験の結果からフィナステライドが禿頭症のサルに対して有意な増毛作用を及ぼすことを認識することはできなかった旨主張する。
・・・(略)・・・以上によれば、当業者は、本件優先日当時、引用発明に係る実験において被験体である5匹のサルのうち1匹が非応答であったことのみをもって、同実験の結果からフィナステライドが禿頭症のサルに対して増毛作用を及ぼすことを認識することができなかったとは、考え難い。』
(取消事由4)
『・・・(略)・・・本件優先日当時、stumptail macaque は、他の動物に比してヒトのアンドロゲン脱毛症に似た脱毛症の症状を示すことから、ヒトのアンドロゲン脱毛症の臨床研究に有用な動物であることが、技術常識として確立していたものということができる。
したがって、当業者は、本件優先日当時、禿げかかった5匹の成体雄stumptail macaque サルに対して0.5mg/日のフィナステライドをリンゴのスライスに塗布して経口投与したところ、うち4匹が頭皮毛髪重量の増加を示したという引用発明に係る実験の結果から、フィナステライドがヒトのアンドロゲン脱毛症患者に対しても頭皮毛髪重量の増加を促すことを期待して、フィナステライドをヒトのアンドロゲン脱毛症の治療に試用するものと考えられるから、フィナステライドをヒトのアンドロゲン脱毛症の治療に用いる動機付けは十分にあるというべきである。』
(取消事由3)
『・・・(略)・・・当業者は、前記2のとおり、引用発明に係る実験において、禿げかかった5匹のサルに対してフィナステライドを経口投与したところ、うち4匹が頭皮毛髪重量の増加を示したことから、アンドロゲン脱毛症に対するフィナステライドの薬効を認識すること、また、前記イのとおり、本件優先日当時において、フィナステライドの経口投与については、アンドロゲン脱毛症と同じくアンドロゲン過剰蓄積が原因となって発症する前立腺肥大症の治療という薬効が発揮されるために適切な投与経路であることを示す事実の存在が認められることに照らせば、当業者は、引用発明から経口剤型医薬組成物を容易に想到するものということができる。』
(取消事由5)
『・・・(略)・・・当業者は、ヒトのアンドロゲン脱毛症の治療のために、頭皮毛髪重量の増加と相関関係があり得る血清DHT濃度の低下を目指してフィナステライドの経口投与を試み、用量の設定に当たっては、前記⑵のとおり、引用例2から5の記載に接し、ヒトの男性に対する0.04mg/日など1mg/日以下の用量のフィナステライドの投与によって血清DHT濃度が低下することを認識するものということができる。
以上によれば、当業者は、ヒトのアンドロゲン脱毛症の治療剤の開発に当たり、引用例2から5を参照しながら1mg/日以下のフィナステライドの経口投与を試み、血清DHT濃度を低下させることのできる用量として相違点3に係る0.05~1mg/日の用量の設定を容易に想到することができたものということができる。』
(取消事由6)
『原告が本件発明の顕著な効果として主張するもののうち、患者の生活の質の向上及び副作用の低減については、本件明細書に記載されておらず、したがって、これらの効果に係る原告の主張は、本件明細書に基づかないものであるから、採用できない。』
[コメント]
本件明細書にて、具体的に効果の顕著性を示す記載が無かったと判断された以上、本件発明の進歩性が認められるためには、構成が容易想到でない旨の主張立証が必要となる。しかしながら、医薬発明の審査基準では、単にヒト以外の動物用の化合物をヒト用の医薬へ転用したにすぎないものについては、引用発明の内容に当該転用の示唆がない場合であっても、通常、進歩性は否定される。引用発明がヒト以外の動物用としてであっても、重複する単位用量で同じ化合物を治療用に使用する発明である以上、本件発明の進歩性否定はやむを得ないように思われる。
以上
(担当弁理士:山下 篤)

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