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平成27年(行ケ)10165号「5角柱体状の首筋周りストレッチ枕」事件

名称:「5角柱体状の首筋周りストレッチ枕」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)10165号  判決日:平成28年3月23日
判決:請求認容
特許法29条2項
キーワード:動機付け、格別の技術的意義
[概要]
引用文献に「多角形状」という記載はあるが、引用文献に具体的に開示された8角形よりも角の数の少ない多角形状の外周面を持つ形状とすることは、引用発明の目的から離れていくことであり、これを試みること自体に相応の創意を要するとして、「5角柱体」とする本願発明が引用発明に基づいて容易に想到し得たものとはいえないと判断された事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2008-280947号)に係る拒絶査定不服審判(不服2014-11286号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容した。
[本件発明]
【請求項1】
発泡プラスチック等弾力性のある材料で作られた5角柱体状の首筋周りストレッチ枕。
[取消事由]
1.相違点1の判断の誤り
2.相違点2の判断の誤り
[審決]
1.相違点2
本願発明が「5角柱体状」であるのに対し,引用発明では,「多角形状の外周面をもつ転がし容易な形状」であるものの,「5角柱体状」かは明らかではない点。
2.相違点2の判断
① 一般に,枕の断面形状を5角形とすることは,従来周知の技術事項である。
② 引用発明の転がり枕は,多角形状の外周面を持つ転がし容易な形状のものであるから,多角形状の一形態として,従来周知の技術事項に照らして5角形の断面形状を選択して,5角柱体状の転がり枕を構成することは,当業者にとって容易である。
③そうすると,引用発明において,多角柱体状の枕の形状を5角柱体状に限定することは,当業者が容易に想到し得た。
[原告の主張](取消事由2に関してのみ抜粋して記載)
審決は,5角形の断面形状の枕が周知の技術事項であり,引用発明の転がり枕の一形態として,5角形の断面形状を選択して5角柱体状の転がり枕を構成することが容易であると判断する。
しかしながら,本願発明のストレッチ枕は,枕面からの抗力に着目し,これを利用してストレッチをするものであり,その最適形状として,任意の場所で任意の方向に作用を加え得る5角柱体状としたのであり,むしろ,枕が転がらないようにしたものである。したがって,引用発明の転がり枕から本願発明のストレッチ枕は導かれない。
[被告の主張](取消事由2に関してのみ抜粋して記載)
枕が転がれば,枕面からの抗力を利用したストレッチができないとしても,5角形の枕であっても,枕の弾性によるたわみが小さく,かつ,枕と設置面との間の摩擦力が小さければ,頭を枕面に押し付けたときに転がることは十分に想定されるのであり,5角形の断面と転がりにくさとの間には,必ずしも相関関係はない。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
(1) 『上記各公報には,枕の一部を構成する部分に5角形の断面形状を有するものが認められるものの,そうであるからといって,一部材からなる枕の断面形状を5角形にするという技術事項を開示したことにはならないのであり,また,単体で使用する枕の断面形状を5角形にすることが直ちに動機付けられるものでもない。』
(2) 『また,引用発明は,「適度な弾性を有するウレタンフォームや発泡スチロール若しくはゴムなどの弾性体で作られた,多角形状の外周面をもつ転がし容易な形状の,容易に転がして首筋の任意な好みの部位にその円頂部を宛がう転がり枕」というものであるところ,「多角形」の語義それ自体には5角形が含まれ(・・・(略)・・・),また,引用例には,「多角形」が8角形であってもよいことが開示されている(【図5】)。』
『しかしながら,・・・(略)・・・との記載があることにかんがみると,引用発明の転がり枕の外周面は,円に近い形状の多角形が想定されているものと認められる(審決は,引用例【0005】【0007】の記載から,引用発明について「多角形の転がり易い形状」と認定したものと解されるが,十分に正確なものとはいえない。)。そして,多角形は,角の数が増えるほど円に近い形状となるから,そのような断面形状を有する物が転がりやすくなり,逆に,角の数が減るほど円から離れた形状となり転がりにくくなることは自明である。そうであれば,引用例に接した当業者は,具体的に開示された8角形よりも角の数の多い多角形状の外周面を持つ形状とすることを通常試みるとはいえるものの,これよりも角の数の少ない多角形状の外周面を持つ形状とすることは,引用発明の目的から離れていくことであって,これを試みること自体に相応の創意を要する。』
『他方,本願発明は,本願明細書に「正5角柱体枕の形状や傾斜度は,他の角柱体や円柱体
に比べて,人間が仰臥,横臥の姿勢で行う,こすり付けや引っ掛け等のストレッチ運動において,そのし易さ,安定度等の点で非常に優れている…例えば,…,3角柱体は,急斜面過ぎて使い難い。7角以上の柱体では,一辺の長さが5角柱体に比べ小さく,転がり易く不安定」であり,「又,頭との接触幅が小さいので感触も劣る。」(【0011】)と記載されているとおり,5角柱体に格別の技術的意義を見出したものである。
(3) 『このように,枕を5角柱体とすることに格別の技術的意義を見出した本願発明に対し,枕の断面形状を5角形とすることが周知技術とはいえず,また,多角形状の枕である引用発明は,「転がり容易」なことを目的とするものである。そうすると,引用発明において,「多角形状の外周面をもつ転がし容易な形状」を「5角柱体状」とすることは,当業者が容易に想到し得る事項ではないと認められる。』
(4) 『被告は,転がりやすさは,枕の弾性や枕と設置面との間の摩擦力にもよることであって,断面形状と転がりにくさとの間には必ずしも相関関係はないと主張する。しかしながら,枕の弾性や枕と設置面との間の摩擦力など,枕の断面形状以外の条件を同じくすれば,断面形状の角の数がより少ないものがより転がりにくくなることは明らかである。被告の上記主張は,枕の断面形状と転がりにくさとの関係を主張しているものではなく,失当である。』
[コメント]
多角形という開示がある状況で、「5角形」に限定することは一見すると容易に思えるが、引用発明の目的に鑑みれば、多角形としての角の数を増やす形状とすることには動機付けがあるものの、角の数を減らす形状とすることにはむしろ発明の目的から離れる方向であるから、動機が存在しないと判断された。
このような判断は、本願発明が、5角形という形状が優れていることに鑑みてなされたものである点、明細書において3角形や7角形以上の形状は好ましくない旨の記載をしている点にも起因すると考えられる。
一見すると容易想到と判断されがちな請求項であっても、発明の目的と効果について明細書内で言及していれば、権利化への道が開けることを再確認できる事案である。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)
 

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