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平成26年(行ケ)10272号「自己乳化性の活性物質配合物」事件

名称:「自己乳化性の活性物質配合物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成26年(行ケ)10272号  判決日:平成28年2月17日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性、手続違背
[概要]
 技術常識から相違点5の看過を認め、一方の相違点3に想到する条件では、他の相違点4の構成に想到できない場合も考えられることから、各相違点を同時に達成できることが容易であるか否かを検討することにより、進歩性が肯定された事例。
 審決で初めて示された相違点3及び4の構成は、引用発明に周知技術を適用しても、試行錯誤なしに想到できるものではないため、当該技術の周知性や適用可能性の有無等について出願人に何らの主張の機会を与えなかったことの手続違背を認めた事例。
[事件の経緯]
 原告が、特許出願(特願2001-587743号)に係る拒絶査定不服審判(不服2012-17374号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[補正発明]
 ⅰ)0.1~50重量%の、少なくとも1種の活性物質を含む活性成分、
 ⅱ)6~60重量%の、少なくとも1種の脂質を含み、50℃を超えない融点を有する脂質成分、
および
 ⅲ)20~93.9重量%の、ポリビニルピロリドン、ビニルピロリドン/ビニルアセテートコポリマー、ヒドロキシアルキルセルロース、ヒドロキシアルキルアルキルセルロース、セルロースフタレートおよび(メタ)アクリル樹脂から選択される少なくとも1種の結合剤を含む結合剤成分、
を含む自己乳化性固形配合物であって、
 前記脂質成分が、12を超えないHLBを有し、
 前記脂質成分の含有量が、前記結合剤成分を基準にして、40重量%を超えず、
 前記配合物が、前記脂質成分および前記結合剤成分を含む分子分散体を含み、
 前記配合物が、本質的に前記活性物質の結晶を含まない、
前記配合物。
[取消事由]
1 取消事由1(相違点の看過)
2 取消事由2(相違点に関する判断の誤り)
3 取消事由3(手続違背)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『(2) 取消事由1(相違点の看過)についての検討
・・・(略)・・・ア そこで、検討するに、上記のとおり、固体分散体(固体分散製剤)には、薬物の微結晶を含むものと、薬物が分子サイズで均一に分散(非晶質化・分子分散)しているもの(固溶体)の両方があるから、引用発明が、固体分散製剤であるからといって、直ちに、薬物の結晶を含まないということはできない。
 そして、引用発明のうち、薬物を脂肪酸等に「溶解させた溶液」を用いる場合について検討すると、薬物を脂肪酸等に溶解させた溶液の段階では、薬物が脂肪酸等の中に分子分散され、結晶を含まない状態といえるが、それを、(溶融した)水溶性ポリマーマトリックスに混合し、冷却した後、乾燥工程(具体的には、12時間以上オーブン中で乾燥する工程)を経た後においても、薬物の結晶を含まない状態が維持されるか否かについての技術常識は存在せず、乾燥工程後の状態として薬物の結晶を含まないことについて、具体的な技術的根拠があるとはいえない。一般的に、薬物が非晶質化された固体分散体は、熱力学的に高エネルギーな準安定系であり、安定な結晶形に転移しやく経時的に薬物の結晶化が起こり得るという上記技術常識に照らすと、(溶融した)水溶性ポリマーマトリックスと混合する工程、及び(12時間以上のオーブン中での)乾燥工程において、薬物が結晶化する可能性は否定できない。
 したがって、引用発明のうち、薬物を脂肪酸等に「溶解させた溶液」を用いた発明は、当該「溶解させた溶液」を用いることのみを理由としては、薬物の結晶を実質的に含まないものと認めることはできない。
 他方、引用発明のうち、薬物を脂肪酸等に「分散させた溶液」を用いる場合について検討すると、薬物を脂肪酸等に分散させた溶液では、薬物は、溶解することなく、ある程度の大きさの結晶で存在している状態の場合もあり得ると認められる。そうすると、それを水溶性ポリマーマトリックスに混合し、冷却した後、乾燥工程を経た後で、結晶を含まない状態となることについて、具体的な技術的根拠があるとはいえない。
 イ 以上によれば、引用発明は、「本質的に活性物質の結晶を含まない」ものであるとはいえず、審決が、この点を補正発明と引用発明の一致点とし、相違点5として認定しなかった判断には誤りがあるというべきである。・・・(略)・・・
3 取消事由2(相違点判断の誤り)について
・・・(略)・・・弁論の全趣旨によれば、最終的にできた製剤が分子分散体であるからといって、当然に自己乳化性を示すとは限らず、また、溶融法、溶融押出法のいずれの製法においても、一般的に、溶融時点において分子分散体となっていたからといって、乾燥工程を経て得られた製剤の状態で、なお活性物質が結晶を含まない状態が維持されているとは限らないのであって、その場合には、採用する具体的な条件(成分の種類や含有量、溶融や乾燥の時間、温度等)によって、補正発明の構成に想到できるか否か左右されることになる。そうすると、補正発明の相違点3に係る構成に想到できる条件と相違点4に係る構成に想到できる条件が重なり合うとは限らず、独立に容易想到性を判断すると、ある特定の相違点の構成に想到する条件では、他の相違点の構成に想到できない場合も考えられることになる。 したがって、相違点1~4及び看過した相違点5を同時に達成することが容易に想到できるか否かを検討する必要があるというべき・・・(略)・・・
 そこで、検討するに、確かに、補正発明の胃腸管での活性物質の吸収性向上という課題は、製薬技術分野において当然の課題であったというべきであり、この点において、補正発明と引用発明は共通するといえるが、活性物質の吸収を高めるための方法としては、本件優先日において、活性成分の粒子自体を小さくする方法に加え、自己乳化性製剤以外に固体分散製剤などの方法があり、吸収性以外の作成難易度等の諸事情を総合的に判断すると、自己乳化性製剤が常に最適であると考えられていたわけではなく、固体分散製剤よりも自己乳化性製剤の方が好ましい等の技術常識はない以上、上記一般的課題から常に補正発明の構成である自己乳化性の剤形を目指すことはできず、何らかの動機付けや示唆がなければ、当業者にとって容易に想到できるものではない。しかるに、引用文献1には、自己乳化性製剤とすることについて記載も示唆もない。
 したがって、当業者が、固体分散製剤である引用発明において、脂質成分の選択(相違点2)、選択された脂質成分の含有量(相違点1)を設定し、その物理的状態の特定(相違点3、5)を行って、自己乳化性を示す製剤(相違点4)とすることは、容易に想到できる事項とはいえない。 ・・・(略)・・・
 4 取消事由3(手続違背)について
・・・(略)・・・
 審決は、補正発明について、上記各相違点を認定した上で、相違点3(脂質が分子分散している点)について、甲6~8・・・(略)・・・を用いて「薬剤成分の分子分散」と「溶融押出法」に関する周知技術を認定し、引用発明に当該周知技術を適用することは容易に想到し得たものであり、例えば、引用発明の具体例である実施例22に対して当該周知の成形手段を適用した結果得られる製剤は、薬剤であるケトコナゾールだけでなく、脂質成分であるオレイン酸も、PVP中に分子分散されたものとなると当然に解されると判断し、また、相違点4(自己乳化性である点)についても、仮に、引用発明が自己乳化性なる性質が備わらないとしても、当該周知技術の溶融押出法を用いれば、自己乳化性なる性質が備わると判断して、補正発明は、独立特許要件(進歩性)を欠くと判断した。
 このように、審決は、拒絶査定においては、成分の観点から一致点としていた「前記脂質成分および前記結合剤成分を含む分子分散体を含」む点、及び「自己乳化性」である点について、初めて相違点3、4を認定し、これらの相違点について、拒絶査定においては全く検討していなかった「薬剤成分の分子分散」と「溶融押出法」に関する周知技術を適用することによって、補正発明は、引用発明及び周知技術から、当業者が容易に想到することができた旨を判断している。しかも、上記周知技術に関する文献は、審決時に初めて示されたものである。・・・(略)・・・
 本願発明は、本件補正前後を問わず、発明の効果を奏する上で、自己乳化性を具備することが特に重要であるところ、少なくとも、補正発明においては、自己乳化性の有無に関し、脂質成分及び結合剤成分が分子分散体を形成するか否かが一定の影響を与える前提に立っているから、相違点3及び4に係る構成、特に相違点4に係る構成を具備するために適用する必要がある技術の有無やその具体的内容は、補正発明の進歩性判断を左右する重要な技術事項というべきである。しかも、結果的にみれば、上記周知技術に関する甲6~8の文献は、あくまでも、脂質成分のない水溶性ポリマーと活性成分の2成分系に関するものであって、そこで示された技術を、水溶性ポリマーと脂質成分を含む場合に利用すれば、当然に全体が分子分散体を形成する効果を奏するか否かは明らかではなく、適用すれば、試行錯誤なしに相違点に係る構成に想到できる技術とはいえない。本願明細書に記載された脂質成分が一般的な添加剤であることは、被告が指摘するとおりであるが、溶融押出しにおいて脂質成分を添加した場合に、最終的な製剤において、水難溶性薬物の結晶を含まず、自己乳化性を帯びやすいと、当然にはいえない。そうすると、上記各文献は、溶融押出しという製剤化手段に関する周知な技術に関するものではあるが、当業者にとって引用発明に適用すれば、試行錯誤なしに相違点3及び4の構成を具備できるような技術といえない以上、審決が、審判手続において、相違点3及び4の存在を指摘せず、溶融押出しの技術に関する上記各文献を示すこともなく、判断を示すに至って、初めて相違点3及び4の存在を認定し、それに当該技術を適用して、不成立という結論を示すのは、実質的には、査定の理由とは全く異なる理由に基づいて判断したに等しく、当該技術の周知性や適用可能性の有無、これらに対応した手続補正等について、特許出願人に何らの主張の機会を与えないものといわざるを得ず、特許出願人に対する手続保障から許されないというべきである。』
[コメント]
 相違点の看過について、細かく技術常識を分析している点は参考になる。また、請求項において、成分の種類や含有量、性質や温度等の多種の条件を特定している場合、独立に容易想到性を判断すると、ある特定の相違点の構成に想到する条件では、他の相違点の構成に想到できない場合も考えられることになるとの反論を行う際に参考になる。  以上
(担当弁理士:春名 真徳)

平成26年(行ケ)10272号「自己乳化性の活性物質配合物」事件

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