IP case studies判例研究

平成27年(行ケ)10069号「棒状ライト」事件

名称:「棒状ライト」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)10069号  判決日:平成28年1月14日
判決:請求棄却
特許法29条1項2号
キーワード:公然実施
[概要]
本件特許に係る発明が備える構成要件の全てを備えた製品を出願前に販売していた場合において、一部の構成要件につき、当該製品を破壊しなければ知ることができず、且つ、製品の分解・改造を禁止する旨の記載を製品に付していたとしても、該当する製品の販売が公然実施に該当すると判断された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第5324681号(出願日:平成24年5月29日)の特許権者である。
被告は、当該特許を無効とする無効審判(無効2014-800030号)を請求し、特許庁は、請求項1、3~7、及び9に係る発明についての特許を無効とする審決をした。原告は、その取り消しを求める訴訟を提起した。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明](A~Hの各符号は、審決で付されたものである)
【請求項1】
A:筒状の胴体部と、
B:前記胴体部の内部に位置し、発光する発光部と、
C:前記胴体部の前端に設けられ、前記発光部が発する光を遮蔽するヘッド部と、
D:前記胴体部と連結し、側面に孔部を備える手でつかむための保持部と、
E:前記保持部の内部に設けられ、前記発光部に動力を供給する電源部と、
F:前記保持部の内部であって、前記孔部に隣り合うように設けられた、前記発光部が発する熱を散熱する散熱部とを有し、
G:前記胴体部は、前記保持部に差し込まれることで前記保持部に連結し、
H:前記発光部は、前記胴体部の、前記保持部に差し込まれた部分に位置する棒状ライト。
[原告の主張]
本件製品が本件特許の出願日前に販売されていたとしても,本件製品の構成Fは,本件製品を破壊しなければ知ることができないものであり,本件製品の分解は禁止されていたのであるから,構成Fが「知られるおそれのある」状態で販売されていたことが認められるとして,本件製品の公然実施を認めた審決には誤りがある。
(1) 本件製品のパッケージ裏面には「意図的に分解・改造したりしないでください。破損,故障の原因となります。」との記載(甲4)があり,これにより,本件製品の分解が禁じられていた。上記記載が,破損,故障に対する注意書きであったとしても本件製品の分解を禁じていることに変わりはない。内部構造をノウハウとして秘匿するべく購入者による本件製品の分解を認めていないのであるから,本件製品の購入者は,社会通念上,この禁止事項を守るべきであり,警告を無視する悪意の人物を想定し,本件製品の破壊により分解しなければ知ることができない構成Fについて「知られるおそれがある」と判断することは特許権者である原告に酷である。
(2) 審査基準において,「『公然知られるおそれのある状況』とは,例えば,工場であるものの製造状況を不特定の者に見学させた場合において,その製造状況を見た場合に製造工程の一部については装置の外部を見てもその内容を知ることができないものであり,しかも,その部分を知
らなければその発明全体を知ることはできない状況で,見学者がその装置の内部を見ること,又は内部について工場の人に説明してもらうことが可能な状況(工場で拒否しない)をいう。」(甲5)とされている。本件製品の事例を上記審査基準の例に当てはめれば,装置の前に内部を見ることを禁止する看板が掲げられているようなものであるから,本件製品の販売が「公然知られるおそれのある状況」であるとするのは不当である。
(3) 特許制度には出願前の実施に関し,善意の実施者が事業をしていた後に,別の者が特許出願をして権利化したとしても,善意の実施者が保護されるという先使用権の制度があるにもかかわらず,善意の実施者である先使用者の事業によってその後に出願された特許が公然実施を理由に無効になってしまうのであれば,そもそも先使用権の制度に先使用者の事業を含める必要性がない。
[裁判所の判断]
(1) 『特許法29条1項2号にいう「公然実施」とは,発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいうものである。本件のような物の発明の場合には,商品が不特定多数の者に販売され,かつ,当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん,外部からはわからなくても,当業者がその商品を通常の方法で分解,分析することによって知ることができる場合も公然実施となる。』
『本件製品が販売されるに当たり,その購入者に対し,本件製品の構成を秘密として保護すべき義務又は社会通念上あるいは商慣習上秘密を保つべき関係が発生するような事情を認めるに足りる証拠はない。』
(2) (原告の主張(1))に対して
『本件製品のパッケージ裏面の前記記載は,その記載内容等に照らすと,意図的な分解・改造が本件製品の破損,故障の原因となることについて購入者の注意を喚起するためのものにすぎないといえる。本件製品のパッケージ裏面の意図的な分解・改造が破損,故障の原因となる旨の記載により,この記載を看取した購入者がそれでもなお意図して本件製品を分解し,本件製品を破損・故障させるなどした場合については,販売者等に対し苦情を申し立てることができないということはあるとしても,この記載を看取した購入者に本件製品の構成を秘密として保護すべき義務を負わせるものとは認められず,そのような法的拘束力を認めることはできない。また,上記記載があるからといって,社会通念上あるいは商慣習上,本件製品を分解することが禁止されているとまでいうことはできず,秘密を保つべき関係が発生するようなものともいえない。』
『仮に,原告が本件製品のパッケージ裏面に前記記載をした意図が購入者による本件製品の分解禁止にあったとしても,前記認定を左右するものではない。』
(3) (原告の主張(2))に対して
『前記審査基準における例示は,装置の所有権等の管理権が工場側にあることを前提とするものであるのに対し,前記のとおり,本件製品の購入者は,本件製品の所有権を取得しており,本件製品をどのように使用し,処分するかは購入者の自由であるといえるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものといわざるを得ない。』
(4) (原告の主張(3))に対して
『特許を受ける権利を有する者の行為に起因する発明の新規性喪失については,特許法30条2項ないし4項に規定するところにより保護されるものであるから,先使用権制度の趣旨を理由とする原告の上記主張は,採用することができない。』
[コメント]
構造物に関する発明においては、出願前に販売をしてしまうと、新規性を失うことは疑いのないところである。判決文の中で、審査基準に記載されている「公然知られるおそれのある状況」の例は、あくまで、実施された環境が特許権者の管理下にある場合を前提とした内容であることが再確認された。
ソフトウェア発明等、どのような演算を行っているかが製品を分析しても第三者が確認できない場合においては、製品を販売した後に出願をしても、当該製品の販売によって新規性が失われない可能性はあるものの、発明がどのようなジャンルのものであれ、当該発明が搭載された製品が販売される前に特許出願を行っておくのが大原則であることに変わりはない。
なお、原告の主張する(3)の「先使用権」のくだりは、平成23年法改正(施行日:平成24年4月1日)によって、販売の行為も新規性喪失の例外の規定の適用対象となっていることから、裁判所はその主張を退けているが、仮に本出願が当該改正法の施行前であった場合には、上記の主張に対して裁判所がどのような判断を行っていたのか、興味深い。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)

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