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平成27年(行ケ)10093号「労働安全衛生マネージメントシステム、その方法及びプログラム」事件

名称:「労働安全衛生マネージメントシステム、その方法及びプログラム」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)10093号  判決日:平成27年11月30日
判決:審決一部取消
特許法29条2項
キーワード:相違点の認定
 
[概要]
特許請求の範囲に記載された用語(「歩掛マスターテーブル」、「危険源評価マスターテーブル」)を明細書で定義した記載がないため、明細書及び出願時(優先日)の技術常識から、当該用語の解釈を行った上で、審決における相違点の認定が誤りだとして、本願発明の進歩性を肯定した審決が取り消された事例。
 
[事件の経緯]
被告は、特許第4827120号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~19に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2014-800105号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、請求項1、12、16及び18に係る部分の審決を取り消した。
なお、上記請求項(独立請求項)以外については、従属請求項であるため、特許庁で実質的に審理されておらず、知財高裁でも、判断していない。
 
[本件発明]
【請求項1】
労働安全衛生マネージメントシステムであって,
複数の工事名称,および,前記複数の工事名称の各々にそれぞれ関連付けられた各要素を含む歩掛マスターテーブルと,前記要素に関連付けられた危険有害要因および事故型分類を含む危険情報が規定されている危険源評価マスターテーブルとが格納されている記憶手段と,
少なくとも工事名称を含む評価対象工事の情報を入力する入力手段と,
演算手段を使用して,前記記憶手段に格納されている前記歩掛マスターテーブルを参照して,前記入力された評価対象工事の情報に含まれる工事名称に基づき,前記評価対象工事に含まれる各要素を含む内訳データを生成する内訳データ生成手段と,
前記演算手段を使用して,前記危険源評価マスターテーブルを参照して,前記内訳データ生成手段により生成された内訳データに含まれる各要素に基づき,当該各要素に関連する危険有害要因および事故型分類を抽出し,該抽出した危険有害要因および事故型分類を含む危険源評価データを生成する危険源評価データ生成手段と,
を含むことを特徴とする労働安全衛生マネージメントシステム。
 
[審決]
本件発明1と甲1発明(特開2001-350819)とを比較すると、相違点1~5が存在するため、本件発明1の進歩性が肯定された。
相違点1とその判断は、以下の通り。
 
・相違点1
本件発明1の「記憶手段」には,「複数の工事名称,および,前記複数の工事名称の各々にそれぞれ関連付けられた各要素を含む歩掛マスターテーブル」が格納されているが,甲1
発明3にはそのようなテーブルが存在しない点。
・相違点1に係る判断
甲1発明においては,「キーワード管理部」では入力された工事名称に対してツリー構造の「1つ下の工事名称」が検索され,「データ管理部」では「代表作業用キーワード(細別)と規格」に対して「安全管理情報」(本件発明1の「危険情報」)が対応付けられており,この「1つ下の階層の工事名称」と「代表作業用キーワード(細別)と規格」は,そもそも互いに異なる情報であって,本件発明1の「歩掛マスターテーブル」と「危険源評価マスターテーブル」に共通に格納される「要素」に相当するものとはいえない。
[取消事由]
1.無効理由1(特許法29条2項)の判断の誤り
・相違点1ないし4の認定の誤り
・相違点5の容易想到性の判断の誤り
※取消事由2以下については、記載を省略する。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1.相違点1の認定について
『本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の文言によれば,本件発明1の「歩掛マスターテーブル」は,「複数の工事名称,および,前記複数の工事名称の各々にそれぞれ関連付けられた各要素を含む」ものであるが,同請求項1には,「工事名称」又は「工事名称の各々にそれぞれ関連付けられた各要素」を規定した記載はない。』
『本件明細書(甲20)には,「歩掛マスターテーブル」の語を定義した記載はない。』
『本件発明1の「工事名称の各々にそれぞれ関連付けられた各要素」にいう「要素」は,当該「工事名称」に紐付けられたものであれば,当該「工事名称」からみて体系ツリー図の「一つ下位の項目」のものに限らず,その下位のものや,更にその下位のもの等も含むものと解される。』
『甲1発明3の「データ管理部」に格納されている「大事業区分から細別区分へと順次ツリー構造として構築されている情報」は・・・(略)・・・,本件発明1の「工事名称」に該当するものと認められる。
・・・(略)・・・「工事区分」に関する情報(例えば,「築堤・護岸」)は,・・・(略)・・・当該「工事名称」に関連付けられた「要素」(本件発明1の「要素」)に該当するものと認められる。
・・・(略)・・・甲1発明3の「データ管理部」には,上記ポンプ車の台数,作業員の数及びコンクリートの量等に対応する「歩掛」に係る情報が格納されているものと認められる。
そうすると,甲1発明3の「データ管理部」に格納されている「大事業区分から細別区分へと順次ツリー構造として構築されている情報」及び「歩掛」に係る情報は,本件発明1の「複数の工事名称,および,前記複数の工事名称の各々にそれぞれ関連付けられた各要素を含む歩掛マスターテーブル」(相違点1に係る本件発明1の構成)に該当するものと認められる。
・・・(略)・・・以上によれば,甲1発明3は,本件発明1の「歩掛マスターテーブ
ル」の構成を備えるものと認められるから,これと異なる本件審決における相違点1の認定は誤りである。』
以上のように、相違点1の認定に誤りがあり、また、記載を省略するが、相違点2及び3の認定にも誤りがあり、そして、相違点4及び5に係る構成を容易に想到することができる
として、本件発明1の進歩性が否定され、請求項1、12、16及び18に係る部分の審決が取り消された。
[コメント]
本件発明の思想、即ち、「費用を算出する積算データから危険源評価書を出力する」という思想は、引用文献には、開示されていないように思える。推測ではあるが、審決の相違点1に係る判断は、本件発明の思想を評価した上で、相違点として認定したのであろうか。
しかしながら、ソフトウェア関連の発明においては、強い権利を獲得するために、広義となるように用語を特定する必要がある。その反面、広義となるように特定した用語が従来技術を含むようになることで、進歩性が否定され易くなるため、明細書を作成する段階では、その程度を決めることが非常に難しい。
したがって、特許請求の範囲の用語を、段階的に限定できる文言を明細書に記載しておく必要があると考える(本件特許においては、サブクレーム等で用語を限定している)。
なお、同じ当事者間で争われた侵害訴訟の控訴審(平成26年(ネ)第10102号)においても、本件特許の請求項1、16、及び18に係る発明につき、進歩性欠如の無効理由があるとして、特許権者(控訴人)の控訴を棄却している。
以上
(担当弁理士:鶴亀 史泰)

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