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平成26年(行ケ)10176号「高透明性非金属カソード」事件

名称:「高透明性非金属カソード」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 26 年(行ケ)10176 号 判決日:平成 27 年 10 月 8 日
判決:請求棄却
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件
[概要]
請求項に係る発明が、材料の構造が特定されていないため、本件明細書の発明の詳細な説
明の記載及び本件優先権主張日当時の技術常識に照らして,当業者が本件発明の課題を解決
できると認識できる範囲を超えており,サポート要件に適合しないと判断された事例。
請求項に係る発明が、機能的な発明特定事項を含んでいるか否かで、サポート要件の判断
基準は変更されないと判断された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第 4511024 号の特許権者である。
被告が、当該特許の請求項1~6、9、及び10に係る発明についての特許を無効とする
無効審判(無効 2011-800099 号)を請求し、特許庁は、当該特許を無効とする審決(第1次
審決)をした。原告は、この第1次審決の取り消しを求める訴訟を提起した(知財高裁平成
24 年行(ケ)10314 号)。知財高裁は、この第1次審決を取り消す判決をした。
特許庁は、更に無効 2011-800099 号事件について審理し、当該特許の請求項1~6、9、
及び10に係る発明についての特許を無効とする審決(本件審決)をした。これに対し、原
告は、本件審決の取り消しを求めた(本件訴訟)。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】(本件発明1)
発光層を有する、エレクトロルミネッセンスを生ずることができる有機発光デバイスであって、
前記発光層は、電荷キャリアーホスト材料と、前記電荷キャリアーホスト材料のドーパントと
して用いられる燐光材料とからなり、
前記有機発光デバイスに電圧を印加すると、前記電荷キャリアーホスト材料の非放射性励起子
三重項状態のエネルギーが前記燐光材料の三重項分子励起状態に移行することができ、且つ前記
燐光材料の前記三重項分子励起状態から燐光放射線を室温において発光する有機発光デバイス。
[審決]
励起子三重項状態から燐光放射線を発光する有機電界発光材料として見いだされたのは,上述
の【化44】~【化47】(ただし,M1は白金である。)のみである。これに対して,本件発明
は,ドーパントとして用いられる燐光材料として,具体的な材料が何ら限定されていないことは
明らかであるところ,ドーパントとして用いられる燐光材料として,具体的な材料が何ら限定さ
れていない本件発明には,例えば,金属を考えてみても,Eu,Gd,Ru,Ir等というPt
以外の金属が広く含まれることになる。してみると,本件発明は,発明の詳細な説明の記載によ
り当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも,また,その記載や
示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる
範囲のものであるともいうことはできず,発明の詳細な説明の記載の範囲を超えているものであ
る。
[取消事由]
1.サポート要件についての判断の誤り(取消事由1)
[原告の主張]
(「主張1」と呼ぶ。):本件審決は,本件発明が解決しようとする課題の認定を誤り,誤って認
定した課題を前提に「課題を解決できると認識できる範囲」と本件発明とを対比してサポート要
件を満たさないと判断したものであって,誤りである。本件発明は,上記の技術水準を前提とし
たものであり,本件発明が解決しようとする課題は,「室温において燐光発光を示す有機発光デバ
イスを得ること」であるといえる。
(「主張2」と呼ぶ。):本件発明は,いわゆる機能的クレームである。機能的クレームについて
は,当業者の技術常識を踏まえて,明細書の内容(発明の具体的な構成など)に基づいて,その
技術的範囲が画定されることになり,明細書に開示された内容に基づいて画定された技術的範囲
は,明細書によってサポートされているから,原則として,サポート要件違反の問題は生じない。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1.取消事由1について
(1) サポート要件の判断基準について
『そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の
範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の
詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決
できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時
の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討し
て判断すべきものである。』
(2) 本件発明の課題について
『本件明細書の【0027】には,・・・(略)・・・が記載されている。そうすると,本件発明
の課題は,「非放射性励起子三重項状態のエネルギーを励起子三重項状態のエネルギーに移行させ,
励起子三重項状態から燐光放射線を発光し,かつ,その燐光消滅速度が表示デバイスで用いるの
に適切になるほど十分速い,有機発光デバイスを提供すること」であると認めるのが相当である。』
(3) 本件発明の課題を解決できると認識できる範囲について
『本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先権主張日当時の技術常識に照らせば,本
件発明の課題を解決できると当業者が認識できるのは,【化43】,【化44】の構造を有するPt
OEP,一般式【化45】においてM1=Ptである燐光化合物,【化46】又は【化47】の構
造を有する燐光化合物をドーパントとして用いた有機発光デバイスであると認められる。』
(4) 本件発明のサポート要件の適合性について
『本件発明には,燐光材料の構造に関わらず,「電荷キャリアーホスト材料の非放射性励起子三
重項状態のエネルギーが前記燐光材料の三重項分子励起状態に移行することができ,且つ前記燐
光材料の前記三重項分子励起状態から燐光放射線を室温において発光する有機発光デバイス」は,
全て包含される。』
『しかし,前記(5)オのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先権主張日当
時の技術常識に照らして,当業者が本件発明の課題を解決できると認識できるのは,【化43】,
【化44】の構造を有するPtOEP,一般式【化45】においてM1=Ptである燐光化合物,
【化46】又は【化47】の構造を有する燐光化合物をドーパントとして用いた有機発光デバイ
スであると認められる。』
『したがって,燐光材料の構造が特定されていない本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説
明の記載及び本件優先権主張日当時の技術常識に照らして,当業者が本件発明の課題を解決でき
ると認識できる範囲を超えており,サポート要件に適合しないというほかない。』
(5) 原告の主張に対して
<主張1に対して>
『本件明細書中には,【0246】,【0060】,【0171】のように,・・・(略)・・・の記
載があるにすぎず,この記載をもって「室温において燐光発光を示す有機発光デバイスを得るこ
と」という課題を読み取ることは,困難である。そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,
従来技術における有機発光デバイスの燐光発光が極低温におけるものであることの記載もなく,
「室温において燐光発光を示す有機発光デバイスを得ること」という課題は記載されていない。
さらに,課題を解決するための手段,発明の作用・効果も含め,本件発明における有機発光デバ
イスの燐光発光を測定した際の具体的な温度設定条件及び室温において燐光発光を示す有機発光
デバイスを得ることによる具体的な作用効果の記載も全くない。』
『発明が,一定の技術的課題の設定,その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技
術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されるものであ
ることから,本件明細書の発明の詳細な説明に,上記のとおり,室温において燐光発光を示す有
機発光デバイスを得ることについて,課題を解決するための手段及び本件発明の作用効果がいず
れも具体的に記載されていないことからすれば,液体窒素温度のような極低温において燐光発光
を示す有機発光デバイスは知られていたものの,室温において燐光発光を示す有機発光デバイス
はいまだ知られていなかったという本件優先権主張日当時の技術水準のみに基づいて,本件発明
の課題を,「室温において燐光発光を示す有機発光デバイスを得ること」であると認定することは
できない。』
『また,仮に,本件発明の課題が,室温において燐光発光を示す有機発光デバイスを得ること
であるならば,本件優先権主張日当時の技術水準に照らし,本件明細書中に,課題を解決するた
めの手段として,燐光発光材料としての【化43】~【化47】の構造式だけでなく,燐光発光
を測定した具体的な温度設定条件が記載されていてしかるべきであるし,室温において燐光発光
を示す有機発光デバイスを得ることによる具体的な作用効果が記載されていてしかるべきもので
ある。それにもかかわらず,本件明細書には,課題を解決するための手段としての本件発明にお
ける有機発光デバイスの燐光発光を測定した際の具体的な温度設定条件や,室温において燐光発
光を示す有機発光デバイスを得ることによる具体的な作用効果については,全く記載されていな
い。』
『仮に,本件発明の課題が,室温において燐光発光を示す有機発光デバイスを得ることである
としても,本件明細書の発明の詳細な説明には,【化43】,【化44】の構造を有するPtOEP,
一般式【化45】においてM1=Ptである燐光化合物,【化46】又は【化47】の構造を有す
る燐光化合物を燐光発光材料とする課題解決手段が開示されているのみであって,本件優先権主
張日当時の技術水準に照らしても,本件発明の特許請求の範囲の範囲まで,発明の詳細な説明に
おいて開示された内容を拡張ないし一般化できないことは明らかであって,本件発明はサポート
要件に違反することとなる。』
<主張2に対して>
『しかし,特許法36条6項1号がサポート要件を法定した趣旨は前記(1)のとおりであって,
かかる趣旨はいわゆる機能的クレームであると否とにかかわらず,特許請求の範囲の記載につい
て等しく妥当するものであって,特許請求の範囲に機能的な発明特定事項が含まれるか否かによ
って,サポート要件の判断基準を変更しなければならない理由はない。』
[コメント]
明細書を作成するに際し、請求項1については、往々にして広い権利範囲となるように作成す
る傾向にある。このような場合、請求項に係る発明と課題との関係を再考し、場合によっては課
題の再設定を検討すべきである。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)

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