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平成25年(行ケ)10140号「有機発光デバイスの発光層用組成物」事件

名称:「有機発光デバイスの発光層用組成物」事件
無効不成立審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成25年(行ケ)10140号 判決日:平成27年3月26日
判決 : 請求棄却
特許法29条2項
キーワード:容易想到性、技術常識
[概要]
甲1発明のELデバイスにおいて燐光発光する Ir(ppy) 3 に代えて,甲4記載のL 2 MXの式
で表される錯体16-21を用いることは,技術常識等を踏まえれば,当業者が容易に想到
し得たということはできないとして、進歩性が認められた事例。
[争点]
相違点に関する容易想到性の判断の誤り
[特許請求の範囲(請求項1)]
式L 2 MX(式中,L及びXは,異なったモノアニオン性二座配位子であり,MはIrであ
り,さらに前記L配位子はsp 2 混成炭素及び窒素原子を介してMに配位し;前記X配位子が
O-O配位子又はN-O配位子である。)の燐光性錯体を含む,有機発光デバイスの発光層と
して用いるための組成物(但し,L 2 MX中,Xがヘキサフルオロアセチルアセトネート又は
ジフェニルアセチルアセトネートである組成物を除く。)。
[裁判所の判断]
・甲1発明について
甲1発明が,・・・「Ir(ppy) 3 なる燐光性錯体を含む,有機発光デバイスの発光層として用
いるための組成物(前記式中,「ppy」は 2-フェニルピリジンである)。」というものであるこ
とは,当事者間に争いがない。
・甲4について
甲4には,錯体16-21について,室温において,紫外線に曝された状態で約515n
mに強力な「fluorescence」を示すこと,この「fluorescence」はペプチドのマーキングに有
用となり得ることが記載されているということができるところ,甲4記載の錯体16-21
は Ir(ppy) 2 X(XはN-O配位子)と表記できるから,本件発明1の「式L 2 MX(XはN-
O配位子)」で表される有機金属化合物に相当する構造を有するものである。
そこで,甲4の錯体16-21が示したとされる「fluorescence」の記載について,当業者
であれば,これを「蛍光発光」ではなく,「燐光発光」であると理解するかについて検討する。
一般に,光を扱う技術分野,特にELデバイスの技術分野においては,三重項励起状態から
の発光であり,一般に発光寿命が長い「燐光」(phosphorescence)と,一重項励起状態から
の発光であり,一般に発光寿命が短い「蛍光」(fluorescence)を用語として明確に区別して
使用することが通常である・・・本件明細書においても,「得られたイリジウム錯体は,…1
~3マイクロ秒(μsec)の寿命を持っている。そのような寿命は燐光であることを示してい
る。」(段落【0079】)と記載されているように,発光寿命は燐光であることの重要な指標
の一つとされている。しかし,甲4は,ペプチドのマーキング等に用いられる金属錯体に関
する文献であってELデバイスに関する技術分野の文献ではないこと,一般的な辞典におい
ては,「蛍光(fluorescence)」は,蛍光と燐光を含む概念であるルミネセンス(発光)と同義
に用いられることも多い旨記載されていること・・・甲4においては燐光と蛍光を区別する
指標の一つである発光寿命等が測定されていないことからすれば,甲4の錯体16-21が
示したとされる「fluorescence」の記載が,燐光とは異なる蛍光の意味であるのか,あるいは,
蛍光と燐光を含めた上位のルミネセンス(発光)の意味であるのかを,甲4の記載のみから
明確に判断することはできない。
そこで,・・・本件優先日当時の技術水準を踏まえて検討すると,甲4の錯体16-21は,
Irという重原子を含み,かつIr-C結合を二つ含む Ir(ppy) 2 という部分構造を有する錯
体であるから,・・・技術常識を踏まえると,その発光は燐光である可能性があると当業者が
予測するとまではいえるものの,その発光が,蛍光ではないとまで断言できる技術水準にあ
ったということはできないから,当該錯体が示すとされる「fluorescence」が,蛍光か燐光か
は,これを認識することはできなかったものと認められる。そうすると,本件優先日当時,
当業者が,発光寿命を測定するなどの実験を経ることによって燐光であることを確認するこ
となく,甲4の錯体16-21が示す「fluorescence」の記載から,これを「蛍光」ではなく
「燐光」であることを容易に理解したということはできない。
・甲1発明に甲4記載のL 2 MXの式で表される有機金属化合物(イリジウム錯体)を組み合
わせることの容易想到性について
甲4記載の錯体16-21が示す「fluorescence」が燐光であることを当業者が容易に理解
したということはできないから,甲1発明のELデバイスにおいて燐光発光する Ir(ppy) 3 に
代えて,甲4記載のL 2 MXの式で表される錯体16-21を用いることは,当業者が容易に
想到し得たということはできない。
仮に,重原子効果等の技術常識を考慮することにより,当業者が,甲4記載の錯体 16-21
が示す「fluorescence」は燐光であると理解することができたとしても,以下のとおり,甲1
発明に甲4記載の錯体 16-21 を組み合わせることが容易に想到できたということはできない。
すなわち,甲4において,錯体16-21の「fluorescence」については,ペプチドのマー
キングに有用となる旨記載されていることからすれば,甲4記載の発明と,ELデバイスに
係る甲1発明とは,適用する対象の技術分野が異なるものであるから,甲1発明と甲4記載
の錯体16-21を組み合わせる積極的な動機付けがあるということはできない。
また,・・・光励起により燐光発光する物質であれば,その具体的な構造,PL効率等の発光
特性いかんにかかわらず,直ちにELデバイスの発光層として用いる燐光発光有機金属化合
物に適用して,電気励起により燐光発光させることができるとの技術常識があったというこ
とはできず,光励起により燐光発光する物質の中からPL効率が高い物質を見出し,さらに,
その物質のELデバイス作製における適合性を調べる必要があった。
そして,・・・甲1には高性能デバイスに適した燐光性遷移金属錯体として,適度なフォトル
ミネセンス効率と約1μs の寿命で十分であることが記載されているということができると
ころ,甲4には,室温において紫外線励起により強力な「fluorescence」を示すことが記載さ
れているものの,具体的なフォトルミネセンス効率(PL効率)及び発光寿命については何
らの記載もないから,甲4記載のL 2 MXの式で表される錯体16-21を,甲1発明の
Ir(ppy) 3 に代えて採用するための手がかりとなる物性が不明というほかない。
確かに,甲1発明のL 3 Mの式で表される Ir(ppy) 3 と,甲4記載のL 2 MXの式で表される
錯体16-21とは,Ir(ppy) 2 という部分構造を有すること及び発光波長が緑色であること
等においては共通するものの,甲4記載のL 2 MXの式で表される錯体16-21のN-O配
位子が,発光特性にどのような影響を及ぼすかについては,本件優先日当時において何らか
の知見があったことを認めるに足りる証拠が全くない以上,上記部分構造と発光波長の共通
性等に基づいて,甲1発明のL 3 Mの式で表される Ir(ppy) 3 を,甲4記載のL 2 MXの式で表
される錯体16-21により置換することが可能であることを当業者が容易に想到すること
ができたとまでいうことはできない。
以上のとおりであるから,仮に,甲4記載のL 2 MXの式で表される錯体16-21が示す
「fluorescence」は燐光であると当業者が理解したとしても,甲1発明のL 3 Mの式で表され
る Ir(ppy) 3 に代えて,甲4記載のL 2 MXの式で表される錯体16-21を用いることは,当
業者において,容易に想到することができたということはできない。

平成25年(行ケ)10140号「有機発光デバイスの発光層用組成物」事件

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