IP case studies判例研究

平成26年(行ケ)第10156号「逆流防止装置」事件

名称:「逆流防止装置」事件
無効審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 26 年(行ケ)第 10156 号 判決日:平成 27 年 4 月 21 日
判決:請求棄却(無効請求棄却審決の維持)
特許法第29条第2項
キーワード:容易想到性、技術的意義、動機付け
[概要]
無効審判が請求され、特許維持と判断された審決が維持された事例。
[特許請求の範囲](下線は争点:筆者付記)
【請求項1】
給湯管から浴槽への配管の途中に設けられて前記浴槽から上水道への汚水の逆流を防止す
る逆流防止装置であって、
前記給湯管から前記浴槽へ向かう水の流れを開放または遮断する電磁弁と,
開弁方向に付勢するためのスプリングを有し,前記上水道の圧力低下に応動して前記電磁
弁より前記浴槽の側の前記配管内の水を大気に放出するよう開閉動作する一方,前記上水道
の圧力低下がない状態においては閉じた状態を保つ大気開放弁と,
を備えた逆流防止装置において,
前記大気開放弁から前記浴槽へ向かう前記配管内に一つのみ配置されて前記浴槽から前記
大気開放弁の方向への流れを阻止する第1の逆止弁と,
前記電磁弁と前記大気開放弁との間に一つのみ配置され,前記大気開放弁が前記上水道の
圧力低下に応動して大気開放したときに,前記大気開放弁を介して大気に放出される水およ
び吸い込まれた大気が前記上水道の圧力低下によって前記電磁弁の方向に流れてしまうのを
阻止する第2の逆止弁と,
を備えていることを特徴とする逆流防止装置。
[争点]
(1)取消事由1-1
甲8発明と本件発明1の相違点は当業者が容易に想到し得た程度のものかどうか。
(2)取消事由1-2
甲8発明と甲1発明の組み合わせによって本件発明1が容易に想到し得た程度のものかど
うか。
(3)取消事由1-3、取消事由2、取消事由3は紙面の都合上割愛する。
[裁判所の判断](筆者により適宜カッコ書きにて数字を振り,要約した。)
(1) 取消事由1-1について
本件発明1におけるオリフィスとしての機能は,逆止弁が異物の噛み込みなどにより水密
不良になり,逆流をせき止めるという本来の役割を十分に
果たし得ない状態,いわば,機能不全の状態にあることを活用し,配置位置において流路を
絞ることによって,オーバーフロー口から吸い込まれる大気の流量を減少させるというもの
である。このようなオリフィスとしての機能が,通常の逆止弁の機能とは全く異なるもので
あることは明らかといえ,逆止弁の機能として一般的なものとは認められず,また,甲8発
明において,記載も示唆もされていない。
前述したとおり,オリフィスとしての機能は,逆止弁の機能として一般的なものとは認め
られず,また,甲8発明において,記載も示唆もされていないことに鑑みると,当業者にお
いて,甲8発明から,逆止弁のオリフィスという機能自体,想到するものとは考え難い。
したがって,第2の逆止弁を電磁弁と大気開放弁との間に配置することによって,オリフ
ィスとしての機能を活用し,第2の逆止弁が「大気開放弁を介して大気に放出される水およ
び吸い込まれた大気が上水道の圧力低下によって電磁弁の方向に流れてしまう」(相違点1)
ことを阻止する役割を果たす構成とすることについても,当業者が,甲8発明から想到する
ものとは認められない。
原告は,オリフィスの機能は,逆止弁の本来の構成に基づいて発揮される一般的な機能で
あり,本件発明1に特有のものではない旨主張する。しかしながら,前述したとおり,オリ
フィスの機能は,逆止弁が本来の役割を十分に果たし得ない,いわば機能不全の状態にある
ことを活用するものであり,通常の逆止弁の機能とは,全く異なるものであることは明らか
といえるから,そのようなオリフィスの機能をもって一般的な機能とする原告の主張は,失
当である。
原告は,甲1発明,甲2発明及び甲5発明によれば,逆流防止装置と浴槽との間に逆止弁
を1つのみ設けることは,周知技術であるから,当業者においてこれを甲8発明に適用すれ
ば,本件発明1を想到する旨主張する。
しかしながら,甲1発明は,・・・「大気開放時にも排水が出ない水路の逆流防止装置の提
供を目的とするもの」,甲2発明は,・・・「上水道を浴槽等の水槽に直結して給水する給水装
置に用いる排水機構付きバキュームブレーカに関する」もの,甲5発明は,「給湯水路から分
岐する浴槽への注湯水路に,浴槽の温度がさめたとき,上記注湯水路を通し高温の湯を注
湯可能にする所謂,高温差し湯機能付給湯機の改良に係わる」ものであり,それぞれ,発明
の内容を異にしている。この点に鑑みれば,前述したとおり,各発明の実施例において「第
1の逆止弁」及び「第2の逆止弁」に相当する位置に,逆止弁が配置されているとしても,
各配置位置に係る技術的意義はそれぞれに異なるものというべきであるから,形式的に同配
置位置のみを技術上の共通点として抽出し,周知技術と認めることはできない。
以上によれば,原告の前記主張は,採用できない。
(2) 取消事由1-2について
甲8発明は,甲1発明の課題を解決することを目的とし,同課題の解決のために前述した
とおりの大気連通口開閉手段と大気開放口開閉手段とを併用したことによって,断水時及び
給湯停止時のいずれにおいても大気開放するという甲1発明とは異なり,断水時には大気開
放し,給湯停止時には大気開放しないという構成を備えるに至ったものと認められる。
以上に鑑みると,当業者において,甲1発明及び甲8発明に接した場合,甲1発明に替え
て,その課題を解決するためにあえて大気開放に係る構成を替えた甲8発明を用いることは,
当然に考えるとしても,甲1発明に甲8発明を適用すること,すなわち,・・・甲1発明の構
成の一部を甲8発明の構成の一部と置き換えることについての動機付けは乏しいといえる。
[コメント]
構成上の相違点は微差であるものの、発明の作用・効果を踏まえて請求項の構成を解釈し
たことで、容易想到ではないと判断された事例である。
請求項の文言では「第2の逆止弁」について、「前記大気開放弁を介して大気に放出される
水および吸い込まれた大気が前記上水道の圧力低下によって前記電磁弁の方向に流れてしま
うのを阻止する」という表現で限定しているが、実際は、逆止弁を「オリフィス」として機
能させる構成が容易想到かどうかについて争われている。現行の文言から直ちに「『オリフィ
スとして機能する』逆止弁」と読むことができるかどうかに疑問がないわけではないが、発
明の本質部分を正確に理解した上で、容易想到性の有無を裁判所が判断している点が興味深
い。
構成が単純な発明ほど、その作用や効果を丁寧に記載しておくことは、日本出願において
特許を取得する上では有効であることが確認できる事案であると考える。ただし、米国出願
においてはこの種の主張は通用しない可能性が高いため、国際的に権利を取得することを検
討する発明においては、日米で請求項の文言を変更する、或いは米国で権利化しやすい請求
項に補正可能な程度に明細書を作成しておくことが必要であろう。

平成26年(行ケ)第10156号「逆流防止装置」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ