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平成24年(行ケ)第102332号「アーク放電電極」事件

名称 : 「アーク放電電極」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 24 年(行ケ)第 102332 号 判決日:平成 25 年 7 月 2 日
判決:請求認容(審決取消)
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件
[概要]
審決における請求項に記載の内容の解釈に誤りが認められた結果,サポート要件を充足し
ないとした審決が取り消された事例。
[特許請求の範囲](下線は争点:筆者付記)
【請求項1】
a 第1面と第1側面を有する平面又は曲面状の金属体において,
b 前記第1面から前記金属体の裏面にかけて前記金属体の厚さ方向に貫通し,長さ方向に
おいて前記第1側面に開口された第1スリットを形成した陰極と,
c 第2面と第2側面を有する平面又は曲面状の金属体において,前記第1スリットの位置
に対応して配置され,前記第2面から前記金属体の裏面にかけて金属体の厚さ方向に貫通し,
長さ方向において前記第2側面に開口された第2スリットを有した陽極と,
d 第3面と第3側面を有する平面又は曲面状の絶縁体において,前記第1スリット及び前
記第2スリットの位置に対応して配設され,前記第3面から前記絶縁体の裏面にかけて,前
記絶縁体の厚さ方向に貫通し,長さ方向において前記第3側面に開口されたスペーサスリッ
トを有し,少なくとも前記第1スリットの貫通部分には存在せず,前記スペーサの前記第3
面が前記陰極の前記裏面と接合し,前記スペーサの裏面が前記陽極の前記裏面と接合して,
前記陰極と前記陽極とを絶縁して保持するスペーサと,
から成り,
e 前記第1側面における前記第1スリットの開口部と,前記第2側面における前記第2ス
リットの開口部との間がアーク放電領域となる
f ことを特徴とするアーク放電電極。
[争点箇所]
「各スリットがグロー放電を生起するために設けられていて,ひいては,そのグロー放電
によって放出された電子が供給されて,アーク放電と結びつくことについて何ら特定されな
いスリットを有するアーク放電電極」との技術的事項について,本願発明がこのようなアー
ク放電電極をその構成に含むものか,すなわち請求項1に係る発明である本願発明が,この
技術的事項にまで及んでいるかで当事者間に争いがある。
被告はこれを肯定することでサポート要件違反と主張し,原告はこれを否定していること
から,この点が争点となっている。
[裁判所の判断](筆者により適宜カッコ書きにて数字を振り,要約した。)
(1) 審決は,本願発明について「第1側面における第1スリットの開口部と,第2側面
における第2スリットの開口部との間のみが,アーク放電領域となることを特定するもので
はない」と判断した。
(2) 構成eは,一見すると,第1側面における第1スリットの開口部と,第2側面にお
ける第2スリットの開口部との間がアーク放電領域となれば,そこに包含されることになり,
アーク放電領域に限定がないといえなくもない。すなわち,構成eには,他の領域もアーク
放電領域となっていながら,これに加えて当該領域がアーク放電領域となる場合と,当該領
域のみがアーク放電領域となる場合両方が含まれていると解される余地がないではないが,
一般的には当該領域がアーク放電領域になった場合に同時に他の領域でアーク放電が起きる
ことは考えにくい。
また,他の領域がアーク放電領域になった場合には当該領域はアーク放電領域とならない
から,発明の詳細な説明に照らすと,「【0015】スリット部分から容易に電子が多量に電
離用気体に向けて供給されることになり,容易に安定したアーク放電を得ること」により,
アーク放電が安定して継続したアーク放電を得るとともに,発光点をスリットの端点からの
発光とすることで,ごく微少な点光源を得るという課題を解決することにならない。したが
って,構成eはアーク放電領域を限定したものというべきである。
(3) 被告の指摘するとおり,本願発明の請求項1はスリットの幅や長さ等を数値によっ
て特定していない。しかしながら,「スリット」という用語自体に「細長い切れ目」という意
味が存在するし,技術的思想として,第1側面における第1スリットの開口部と,第2側面
における第2スリットの開口部との間でアーク放電が安定的に得ることが,本願明細書の発
明な詳細な説明に記載されているから,本願発明におけるスリットは,そのような目的を実
現できるだけの幅や長さに自ずと限定されるものと解すべきである。
すなわち,請求項1における「スリット」とは,基本的には,グロー放電を生起させるた
めに設けられていて,ひいては,そのグロー放電によって放出された電子が供給されて,ア
ーク放電電極となる幅や長さを有するスリットと解すべきであって,このことは当業者が出
願時の技術常識に照らして実施可能である。
したがって,本願発明が上記争いある技術的事項を含むもの,すなわち,その技術的事項
にまで及んでいるものであるとする被告の主張は採用できない。
(4) 本願発明は,陰極と陽極とスペーサにスリットを設け,陰極のスリットの開口部と
陽極のスリットの開口部との間がアーク放電領域となるアーク放電電極であるところ,発明
の詳細な説明にも,同様の記載がある。さらに,陰極のスリットの開口部と陽極のスリット
の開口部との間がアーク放電領域となるアーク放電電極という本願発明においては,マイク
ロアークを発生させることが発明の詳細な説明からわかることから,本願発明の課題を解決
するものであるといえる。
すなわち,本願発明の詳細な説明には「アーク放電による微少な点光源を得るため,グロ
ー放電を生起することができ,生起したグロー放電によって生成された電子を供給するため
のスリットを設け,前記スリットの開口部の近傍にアーク放電領域を形成したアーク放電」
に関する技術的思想の開示はあるものの,争いある技術的事項である「各スリットがグロー
放電を生起するために設けられていて,ひいては,そのグロー放電によって放出された電子
が供給されて,アーク放電と結びつくことについて何ら特定されないスリットを有するアー
ク放電電極」との技術的事項までを,本願発明が含むものとは認められない。
したがって,これに関する記載が発明の詳細な説明になされていなくとも,サポート要件
違反があるということにはならず,請求項1に記載された本願発明は,発明の詳細な説明に
記載されたものとして,本願明細書の記載は特許法36条6項1号の要件を充足するもので
あるといえる。
[コメント]
請求項の文言のみから見れば,発明の効果を奏しない内容を含んでいるように解釈できる
が,明細書の記載を参酌するとそのような内容は除外されており,サポート要件を充足して
いると判断された事例である。
本来,請求項の記載は,文言のみによって発明の効果を奏する内容として記載するのが好
ましいことは言うまでもない。しかし,そのために必要な細かい条件を規定するのが困難な
場合も多く,そのような場合には機能的な表現を用いることで対処するということが実務上
行われることがある。本件事案は,e「前記第1側面における前記第1スリットの開口部と,
前記第2側面における前記第2スリットの開口部との間がアーク放電領域となる」という記
載が上にいう機能的な表現に対応するが,a~dに記載の構成要件とeの内容の関係が請求
項の記載のみからは一義的に理解できないと審判官が判断したため,争いとなったものであ
る。
審決では,「請求項1に記載のスリットの構成要件は,「電子を供給する」という機能的表
現により修飾されていないので,請求項1の発明は,「電子を供給する」という機能を有しな
い単なるスリットを備えた電極を含むが,明細書には「電子を供給する」という機能を有し
たスリットを備える電極は記載されているものの,その機能を有さないスリットを備えた電
極の開示がないので,特許法36条6項1号に規定する要件に違反する。」という判断がされ
ているところ,スリットが電子を供給するという機能を有していることにつき文言上記載し
ていれば,このような争いにはならなかった可能性もある。
本件は,裁判所において,明細書の記載から本件発明の効果を奏しない「スリット」を含
むアーク放電電極は請求項1からは読み取れない旨の判断がされたが,「一般的には当該領域
がアーク放電領域になった場合に同時に他の領域でアーク放電が起きることは考えにくい。」
という記述にも見受けられるように,発明の技術分野における特殊な事情も判断に考慮され
た可能性があり,他の技術分野において同様の判断がされるかどうかは疑わしいところであ
る。
請求項1を記載する場合,なるべく広い範囲となるような記載を心がけるのが実務上は一
般的な方法であるが,その反面,文言のみからは発明の効果を奏しない範囲を含んでしまっ
ているものも散見される。特に,本件のように,補正後の請求項1として記載する場合には,
可能な限り,発明の効果を奏しない内容を包含しないような文言にすることに留意すべきで
ある。

平成24年(行ケ)第102332号「アーク放電電極」事件

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