IP case studies判例研究

平成22年(行ケ)第10203号「腫瘍特異的細胞傷害性を誘導するための方法および組成物」事件

名称:「腫瘍特異的細胞傷害性を誘導するための方法および組成物」事件
審決取消請求事件(拒絶審決取消請求)
知財高裁:判決日24年5月28日、平成22年(行ケ)第10203号
判決:請求認容
キーワード:容易想到性判断の誤り
[概要]
進歩性を肯定するために、実際に実験等によりデータを示していないペーパーイグザンプ
ル(paper example)についての後出しデータを参酌することは許されるとして、審決を取り
消した事案である。
[特許請求の範囲](請求項1のみ転記)
細胞傷害性の遺伝子産物をコードする異種配列に機能的に連結されたH19 調節配列を含む
ポリヌクレオチドを含有する、腫瘍細胞において配列を発現させるためのベクターであって、
前記腫瘍細胞が膀胱癌細胞または膀胱癌である、前記ベクター。
[争点]
容易想到性判断の誤り
[被告の反論]
被告は、「(3) 本願当初明細書の実施例である9節(段落【0077】,【0078】)
では,膀胱腫瘍モデルマウスにおけるH19調節配列を使用した遺伝子療法の一般的な方法
が記載されているにとどまり,マウスに実際に投与する際の具体的手法等について記載され
ていない。実験結果についても,「マウスの実験群内の膀胱腫瘍は,対照群内の膀胱腫瘍と
比較し,腫瘍の大きさが減少し壊死する」という記載がなされているにとどまり,具体的な
腫瘍の計測結果や壊死の状況は一切記載されておらず,実験結果を客観的に確認できない。
そして,9節では,他の実施例には存在する「結果と考察」欄が記載されていない上に,他
の実施例では過去形で実験結果が記載されているのとは対照的に,現在形で実験結果が記載
されており,実際に実験が行われたか疑問である。原告が真に実験を行っていれば,容易に
その結果を本願当初明細書に記載できたはずであって(P.Ohana ほか著「USE OF H19
REGULATORYSEQUENCES FOR TARGETED GENE THERAPY IN CANCER」,2002年(平成14年)
発行 Int.J.Cancer Vol.98,645~650頁,乙6参照),本願明細書の作用効果の記載
(段落【0078】)は,いわば願望を記載したものにすぎない。原告が参考文献として提
出する文献がいずれも本件出願後のものであるのは,この証左である。かかる具体性を欠い
た記載をもって発明の作用効果を開示したものとすることは,何らの実験による確認無しに,
憶測のみで多数の可能性について特許出願し,出願後に確認を行い初めて効果があると判明
した部分について,その後参考文献や実験成績証明書と称してデータを提出することにより
特許権を取得することを許す結果となって,出願当初から十分な確認データを開示する第三
者との間に著しい不均衡を生じ,先願主義の原則にも悖るし,発明の公開の代償として独占
権を付与する特許制度の趣旨に反する。」として、後出しデータによる、ペーパーイグザン
プル(paper example)に係る効果の主張は許されないと反論した。
[裁判所の判断]
裁判所は、「本願明細書の段落【0078】には,具体的に数値等を盛り込んで作用効果
が記載されているわけではないが,上記①,②は上記段落中の本願発明1の作用効果の記載
の範囲内のものであることが明らかであり,甲第10号証の実験結果を本願明細書中の実験
結果を補充するものとして参酌しても,先願主義との関係で第三者との間の公平を害するこ
とにはならないというべきである。」として、審決の判断は誤りであるとした。
[コメント]
日焼け止め組成物事件(平成21(行ケ)10238)では、後出しデータとして実験成績証明書を
提出して、本願発明の効果の主張を行い、進歩性が認められている。その後の判決でも、進
歩性を主張するための後出しデータの提出は認められる傾向にある。本件において特許庁は、
実施例において、実際に実験等によりデータを示していないペーパーイグザンプル(paper
example)についての後出しデータは、「具体性を欠いた記載をもって発明の作用効果をを開
示したものとすることは,何らの実験による確認無しに,憶測のみで多数の可能性について
特許出願し,出願後に確認を行い初めて効果があると判明した部分について,その後参考文
献や実験成績証明書と称してデータを提出することにより特許権を取得することを許す結果
となる」として許されない旨の反論を行った。なお、米国のMPEPでは、ペーパーイグザンプ
ルを過去形で記載することを禁じている。
日本の特許実用新案審査基準においては、後出しデータに関連する事項について、「明細
書に引用発明と比較した有利な効果が記載されているとき、及び引用発明と比較した有利な
効果は明記されていないが明細書又は図面の記載から当業者がその引用発明と比較した有利
な効果を推論できるときは、意見書等において主張・立証(例えば実験結果)された効果を
参酌する。しかし、明細書に記載されてなく、かつ、明細書又は図面の記載から当業者が推
論できない意見書等で主張・立証された効果は参酌すべきでない。」と記載されている(第
Ⅱ部第2章新規性・進歩性2.5(3)②)。
特許庁の主張に対し、裁判所は、ペーパーイグザンプルについての後出しデータが、本願
発明1の作用効果の記載の範囲内であるため、参酌しても先願主義との関係で第三者との間
の公平を害することにはならないと判示しており、近年の傾向に沿った判例として興味深い。

平成22年(行ケ)第10203号「腫瘍特異的細胞傷害性を誘導するための方法および組成物」事件

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