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平成23年(行ケ)10241号「電力システム」事件

名称:「電力システム」事件
拒絶審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成 23 年(行ケ)10241 号       判決日:平成 24 年 2 月 28 日
判決:審決取消
特許法29条の2
キーワード:発明の詳細な説明の参酌

[概要]
発明の名称を「電力システム」とする発明に関し、先願との実質同一(29条の2)によ
る拒絶審決が取り消された事案である。
[裁判所の判断]
以下の理由により裁判所は審決を取り消した。
1. 本願補正発明の請求項1
【請求項1】
1つまたは複数の発電機器,1つまたは複数の蓄電機器および1つまたは複数の電力消
費機器のうちから選ばれた少なくとも1つの機器と,電力需給制御機器とを備えた電力需
給家の複数が電力需給線路により相互接続されてなる電力システムにおいて,
前記電力需給制御機器は,
当該電力需給制御機器が備えられた前記電力需給家において電力不足が生じるか否か,
または電力余剰が生じるか否かを判断し,
当該電力需給家において電力不足が生じる場合には,前記発電機器および/または前記
蓄電機器を備えた他の電力需給家から電力需給線路を介して電力を受け取り,
当該電力需給家において電力余剰が生じる場合には,他の電力需給家に電力需給線路を
介して電力を渡す,
ことを特徴とする電力システム。
2. 「電力需給線路」という用語の解釈に発明の詳細な説明を参酌する点について
本願補正発明における「電力需給線路」は,同発明の特許請求の範囲の請求項1の記載
によれば,複数の電力需給家の電力需給制御機器を相互接続するものであり,電力需給家
において電力不足又は電力余剰が生じた場合に,これを介して電力を「受け取り」又は「渡
す」ものであることが認められるが,請求項1の記載のみでは,その技術的意義が明確で
はないから,発明の詳細な説明の記載を参酌する。
3. 「電力需給線路」が「送配電網」を含むかどうかについて
請求項1記載の「電力需給線路」は,従来の電力系統に拠らない電力システムを構成し,
各「電力需給家」が備える「電力需給制御機器」を接続するものであり,各「電力需給家」
において,電力の不足,余剰が生じた場合には,「電力需給制御機器」がこれを判断して
電力を「受け取り」又は「渡し」,電流・電圧等の整合を行うが,「電力需給線路」を介し
て電力の移動が行われるものであることが認められる。
すなわち、本願補正発明における「電力需給線路」は,「従来の電力系統に拠らない」
ことを目的とするものであって、図8(従来の電力系統)が示すような,大規模発電所を
頂点とし需要家を裾野とする「放射状系統」を基本とする広域かつ大規模な単一システム
を前提とする電力設備は含まず,各「電力需給家」が備える「電力需給制御機器」を接続
するものであるから,「電力需給線路」は,「従来の電力系統」とは異なるとともに,電圧
等の整合を行うための構成を含んでいないと解するのが相当である。そうすると,電力需
給家の複数が夫々の電力需給制御機器を相互接続するための「電力需給線路」は,「従来
の電力系統」(図8が示すような,大規模発電所を頂点とし需要家を裾野とする「放射状
系統」を基本とする広域かつ大規模な単一システムを前提とする電力設備)を排除してい
るものと解すべきである。
引用例の図5(別紙図面の「引用例の図5」のとおり。)には,先願発明の「制御装置」
(本願補正発明の「電力需給制御装置」に相当する。)は,「通信網」とは接続されている
が,「送配電線網」とは接続されていない様子が明確に示されており,先願発明では,既
存の系統を利用することなく,別個に送電及び受電を行うための技術的構成」は示されて
いないというべきである。
従って,本願補正発明の「電力需給線路」は,従来の電力系統でないとともに「電力需
給制御装置」とも区別されているのであって,電圧等の整合を行うための構成を含んでい
ないのに対して,先願発明における「送配電線網」は,従来の電力系統として変電所等の
電圧等の整合を行うための構成を示すにとどまり,これを超える構成を示すものではない
から,両者が相当するということはできない。そうすると,本願補正発明における「電力
需給線路」は,「従来の電力系統」を含まない点において,先願発明の「送配電線網」と
相違する。本願補正発明と先願発明に相違点は認められないとした審決には誤りがあると
いうべきである。
[コメント]
本事案の争点はあくまで発明の(実質)同一性の有無であり,容易想到性は争点ではない
ことに注意する必要がある。判決文においても,19頁下から6行目以後に括弧書きとして,
「本願補正発明における「従来の電力系統」を前提とする電力設備の範囲の明確性や,その
ような電力設備を含まない「電力需給線路」の構成の容易想到性は,本件の争点ではない」
という注意書きが付されている。
請求項の構成要件の文言のみからは先願の内容を含むように捉えられる可能性がある場合
においても,明細書の記載から発明の目的や実施形態の構成を認定することで,当該構成要
件は先願の内容を排除する趣旨であると認定されている点が注目される。出願段階では先願
の内容を含まないような文言で請求項を記載すべきではあるが,補正が困難な状況下での拒
絶対応で,且つ容易想到性に係る拒絶理由ではない場合においては,明細書の記載から請求
項に記載された構成要件が先願の内容を排除するものであるという反論を展開する場合に参
考になると思われる。

平成23年(行ケ)10241号「電力システム」事件

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