侵害差止等請求事件 » 平成31年(ワ)第7038号(第1事件)、同第9618号(第2事件)「グラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材」事件

名称:「グラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材」事件
特許権侵害行為差止等請求事件(第1事件)、損害賠償請求事件(第2事件)
東京地方裁判所:平成31年(ワ)第7038号(第1事件)、同第9618号(第2事件)
判決日:令和3年10月29日
判決:請求棄却
特許法104条の3、29条1項2号
キーワード:パラメータ特許、無効の抗弁、公然実施
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/726/090726_hanrei.pdf

[概要]
パラメータ特許の技術的範囲に属する被告製品が出願前から製造販売されていたため、公然実施による無効の抗弁が認められて、非侵害となった事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第5697067号の特許(本件特許1)と特許第5688669号(本件特許2)の特許権者である。
第1事件と第2事件の両被告は、被告製品A1等と被告製品B1等を製造販売等していた。
原告は、両被告の行為が特許権を侵害すると主張して、差止め等を求めた。
東京地裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明1]
1A 菱面晶系黒鉛層(3R)と六方晶系黒鉛層(2H)とを有し、
1B 前記菱面晶系黒鉛層(3R)と前記六方晶系黒鉛層(2H)とのX線回折法による次の(式1)により定義される割合Rate(3R)が31%以上であることを特徴とする
(Rate(3R)=P3/(P3+P4)×100・・・・(式1)
ここで、P3は菱面晶系黒鉛層(3R)のX線回折法による(101)面のピーク強度、P4は六方晶系黒鉛層(2H)のX線回折法による(101)面のピーク強度である。)
1C グラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材。
[本件発明2]
2A 菱面晶系黒鉛層(3R)と六方晶系黒鉛層(2H)とを有し、
2B 前記菱面晶系黒鉛層(3R)と前記六方晶系黒鉛層(2H)とのX線回折法による次の(式1)により定義される割合Rate(3R)が40%以上であることを特徴とする
(Rate(3R)=P3/(P3+P4)×100・・・・(式1)
ここで、P3は菱面晶系黒鉛層(3R)のX線回折法による(101)面のピーク強度P4は六方晶系黒鉛層(2H)のX線回折法による(101)面のピーク強度である。)
2C グラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材。

[争点]
1  被告各製品が本件各発明の技術的範囲に属するか(争点1)
2  無効の抗弁の成否(争点2)
ア~オ 文献に基づく新規性欠如(争点2-1~2-5)
カ  公然実施に基づく新規性欠如(争点2-6)
キ  記載要件違反(争点2-7)
3  先使用権の成否(争点3)
4  消尽の成否(争点4)
5  損害の発生及びその額(争点5)
6  差止め等の必要性(争点6)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1 争点1(被告各製品が本件各発明の技術的範囲に属するか)について
『以上によれば、被告製品A1ないし3並びにB2及び6は、構成要件1Aないし1Cを充足するから、本件発明1の技術的範囲に属すると認められ、被告製品A4ないし11並びにB1及び3ないし5は、構成要件1Aないし1C及び2Aないし2Cを充足するから、本件各発明の技術的範囲に属すると認められるが、被告製品B2は、構成要件2B及び2Cを充足しないから、本件発明2の技術的範囲に属するとは認められない。』
2 争点2-6(公然実施に基づく新規性欠如)について
『(2) 公然実施該当性
ア 判断基準について
法29条1項2号にいう「公然実施」とは、発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいい、本件各発明のような物の発明の場合には、商品が不特定多数の者に販売され、かつ、当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん、外部からそれを知ることができなくても、当業者がその商品を通常の方法で分解、分析することによって知ることができる場合も公然実施となると解するのが相当である。』
『以上によれば、被告伊藤は、本件特許出願前から現在に至るまで、被告製品Aの各名称を付した黒鉛製品を製造販売しており、この間、菱面晶系黒鉛層の増減に影響を与えると考えられるこれらの製品の製造工程及び規格値にほぼ変更はないことから、この間に製造販売された被告製品Aは、同じ製造工程を経て、同じ規格を満たすものであると認められる。そして、他にこれらの製品に対してRate(3R)の増減に影響を及ぼす事情が存したとは認められず、前記2のとおり、現時点において、被告製品A1ないし3は本件発明1の、被告製品A4ないし11は本件各発明の各技術的範囲に属する。これらの事情に照らせば、被告伊藤は、本件特許出願前から、被告製品A1ないし3については本件発明1の、被告製品A4ないし11については本件各発明の各技術的範囲に属する被告製品Aを製造販売していたと認めるのが相当である。』
『以上によれば、被告西村は、本件特許出願前から現在に至るまで、被告製品B1及び2の各名称を付した黒鉛製品を製造販売しており、この間、菱面晶系黒鉛層の増減に影響を与えると考えられるこれらの製品の製造工程及び規格値に変更はないことから、この間に製造販売された被告製品B1及び2は、同じ製造工程を経て、同じ規格を満たすものであると認められる。そして、他にこれらの製品に対してRate(3Rの増減に影響を及ぼす事情が存したとは認められず、前記2のとおり、現時点において、被告製品B1は本件各発明の、被告製品B2は本件発明1の各技術的範囲に属する。これらの事情に照らせば、被告西村は、本件特許出願前から、上記のような被告製品B1及び2を製造販売していたと認めるのが相当である。』
『そして、前記2(1)イのとおり、本件特許出願当時、当業者は、物質の結晶構造を解明するためにX線回折法による測定をし、これにより得られた回折プロファイルを解析することによって、ピークの面積(積分強度)を算出することは可能であったから、上記製品を購入した当業者は、これを分析及び解析することにより、本件各発明の内容を知ることができたと認めるのが相当である。したがって、本件各発明は、その特許出願前に日本国内において公然実施をされたものであるから、本件各特許は、法104条の3、29条1項2号により、いずれも無効というべきである。』
『(3) 原告の主張について
ア 原告は、被告ら、日本黒鉛ら及び中越黒鉛の取引の相手方は秘密保持義務を負っていたから、本件特許出願前に本件各発明が公然と実施されたとはいえないと主張する。
しかし、証人Zは、日本黒鉛工業が黒鉛製品を販売するに当たり、購入者に対して当該製品の分析をしてはならないとか、分析した結果を第三者に口外してならないなどの条件を付したことはないと証言するところ、この証言内容に反する具体的な事情は見当たらない。また、被告ら、日本黒鉛ら及び中越黒鉛が、その全ての取引先との間で、黒鉛製品を分析してはならないことや分析結果を第三者に口外してはならないことを合意していたことをうかがわせる事情はない。』
『イ 原告は、第三者において、被告ら、日本黒鉛ら及び中越黒鉛から本件各発明を実施した製品を取得したとしても、本件各発明の構成ないし組成を知り得なかったと主張する。
しかし、前記2(1)イのとおり、本件特許出願当時、当業者は、物質の結晶構造を解明するためにX線回折法による測定をし、これにより得られた回折プロファイルを解析することによって、ピークの面積(積分強度)を算出していた。このような分析を外部の専門機関に依頼するのに、費用や労力、時間がかかることは、本件各発明が公然と実施されていたことの認定判断の妨げになるものとは認められない。』
『ウ 原告は、本件特許出願前に販売された製品と近時に販売された製品の品名・品番が同一であるからといって、製品として同一であるとはいえないと主張する。
しかし、品名・品番を基準として、製品の品質が管理されることが多いことは、当裁判所に顕著な事実である。そして、このような事情に加えて、前記(2)イないしオのとおり、被告ら、日本黒鉛ら及び中越黒鉛において、本件特許出願の前後を通じて、製品の製造工程に大きな変更はなく、製品の規格にも変更がなかったこと、本件特許出願前の製品のサンプルにRate(3R)が31%以上又は40%以上のものが含まれていることなどを考慮すると、前記(2)カのとおり、被告ら、日本黒鉛ら及び中越黒鉛は、本件特許出願前から、本件発明1又は本件各発明の各技術的範囲に属する製品を製造販売していたものと認めるのが相当である。』
『オ 原告は、検査成績書(乙A8)や製品別製造標準(乙A38、48)等には、存在証明・非改ざん証明が一切行われていない文書であり、事後的に作成することができるものであり、また、これらの文書に記載された作成日又は改訂日以降に変更が加えられていないことは明らかではないと主張する。
しかし、存在証明・非改ざん証明が行われていない文書であるからといって、直ちにこれらを信用することができないということはできない。また、上記各文書が事後的に作成されたり、その内容に変更が加えられていたりすることをうかがわせる具体的な事情は見当たらない。』

[コメント]
パラメータ特許については、出願前にパラメータ値を測定すること自体の認識がないことが多いため、出願前に製造販売されている製品について、訴訟段階で実験成績証明書を提出することで、公然実施による無効の抗弁が認められるか否かについて、争いの余地があった。
本判決では、「本件各発明のような物の発明の場合には、商品が不特定多数の者に販売され、かつ、当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん、当業者がその商品を通常の方法で分解、分析することによって知ることができる場合も公然実施となると解するのが相当である。」との基準を示した上で、出願後に測定された実験データにより、パラメータ特許について公然実施による無効の抗弁を認めた。
その際の理由として、A.現在の被告製品を測定するとパラメータ特許の構成要件を充足すること、B.同じ品番の製品が出願前から販売されていたこと、C.パラメータ値に影響するような製造条件と仕様の変更が無かったこと、を挙げている。
更に、公然実施による無効の抗弁を認める当たり、①秘密保持義務の有無、②パラメータ値の測定の困難性、③特許出願前に販売された製品と近時に販売された製品の同一性、④存在証明・非改ざん証明が一切行われていない文書の証拠力、などについても、上記のような裁判所の判断が示されている。
以上
(担当弁理士:梶崎 弘一)