侵害差止等請求事件 » 令和3年(ネ)第10043号「2,3-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロプロパン,2-クロロ-1,1,1-トリフルオロプロペン,2-クロロ-1,1,1,2-テトラフルオロプロパンまたは2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを含む組成物」事件

名称:「2,3-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロプロパン,2-クロロ-1,1,1-トリフルオロプロペン,2-クロロ-1,1,1,2-テトラフルオロプロパンまたは2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを含む組成物」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和3年(ネ)第10043号 判決日:令和3年11月11日
判決:控訴棄却
特許法17条の2第3項
キーワード:新規事項の追加
判決文: https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/680/090680_hanrei.pdf

[概要]
「追加の化合物」の組み合わせに関して、出願当初の請求項1に記載された多数例示列挙された中から、HFO-1243zfとHFC-245cbという特定の組合せを導き出す技術的意義を理解するに足りる記載が当初明細書等に一切見当たらないから、HFO-1243zfとHFC-245cbを選択する補正は新たな技術的事項を導入するものであり、新規事項の追加に該当し、無効審判により無効にされるべきものであるから被控訴人の行為の差止等をすることができないと判断された事例。

[事件の経緯]
控訴人(原審原告)は、特許第5701205号の特許権者である。
控訴人が、被控訴人(原審被告)の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被控訴人の行為の差止め等を求めた(東京地裁令和元年(ワ)第30991号)ところ、東京地裁が、控訴人の請求を棄却する判決をしたため、控訴人は、原判決を不服として、控訴を提起した。
知財高裁は、控訴人の控訴を棄却した。

[出願当初の請求項1及び請求項2]
【請求項1】
HFO-1234yfと、HFO-1234ze、HFO-1243zf、HCFC-243db、HCFC-244db、HFC-245cb、HFC-245fa、HCFO-1233xf、HCFO-1233zd、HCFC-253fb、HCFC-234ab、HCFC-243fa、エチレン、HFC-23、CFC-13、HFC-143a、HFC-152a、HFC-236fa、HCO-1130、HCO-1130a、HFO-1336、HCFC-133a、HCFC-254fb、HCFC-1131、HFO-1141、HCFO-1242zf、HCFO-1223xd、HCFC-233ab、HCFC-226baおよびHFC-227caからなる群から選択される少なくとも1つの追加の化合物とを含む組成物。
【請求項2】
約1重量パーセント未満の前記少なくとも1つの追加の化合物を含有する請求項1に記載の組成物。

[本件発明1](設定登録時)
【請求項1】
HFO-1234yfと、
ゼロ重量パーセントを超え1重量パーセント未満の、HFO-1243zfおよびHFC-245cbと、
を含む、
熱伝達組成物、冷媒、エアロゾル噴霧剤、または発泡剤に用いられる組成物。

[主な争点]
補正に係る新規事項の追加(争点2-4)(原判決での記載)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(1)補正要件(新規事項の追加)について
特許法は、特許請求の範囲等の補正については、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない旨規定する(17条の2第3項)。しかして、上記の「最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項を意味するものというべきところ、第三者に対する不測の損害の発生を防止し、特許権者と第三者との衡平を確保する見地からすれば、当該補正が、上記のようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものといえるというべきである(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号同20年5月30日特別部判決参照)。』(原判決での記載)
『・・・(略)・・・、本件特許に係る特許出願当初の請求項1及び2の記載は、HFO-1234yfに対する「追加の化合物」を多数列挙し、あるいは当該「追加の化合物」に「約1重量パーセント未満」という限定を付すにとどまり、上記のとおり多数列挙された化合物の中から、特定の化合物の組合せ(HFO-1234yfに、HFO-1243zfとHFC-245cbとを組み合わせること)を具体的に記載するものではなかったというべきである。
しかして、上記(3)の当初明細書の各記載について見ても、特許出願の当初の請求項1と同一の内容が記載され(【0004】)、新たな低地球温暖化係数(GWP)の化合物であるHFO-1234yf等を調製する際に、HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243db、HCFO-1233xf、及びHCFC-244bb)に含まれる不純物や副生成物が特定の「追加の化合物」として少量存在することが記載されており(【0003】、【0016】、【0019】、【0022】)、具体的には、HFO-1234yfを作製するプロセスにおいて、有用な組成物(原料)がHCFC-243db、HCFO-1233xfおよび/またはHCFC-244bbであることが記載され(【0005】)、HCFC-243db、HCFO-1233xf及びHCFC-244bbに追加的に含まれ得る化合物が多数列挙されてはいる(【0006】ないし【0008】)ものの、そのような記載にとどまっているものである。
そして他方、当初明細書においては、そもそもHFO-1234yfに対する「追加の化合物」として、多数列挙された化合物の中から特に、HFO-1243zfとHFC-245cbという特定の組合せを選択することは何ら記載されていない。この点、当初明細書においては、HFO-1234yf、HFO-1243zf、HFC-245cbは、それぞれ個別に記載されてはいるが、特定の3種類の化合物の組合せとして記載されているものではなく、当該特定の3種類の化合物の組合せが必然である根拠が記載されているものでもない。また、表6(実施例16)については、8種類の化合物及び「未知」の成分が記載されているが、そのうちの「245cb」と「1234yf」に着目する理由は、当初明細書には記載されていない。さらに、当初明細書には、特許出願当初の請求項1に列記されているように、表6に記載されていない化合物が多数記載されている。それにもかかわらず、その中から特にHFO-1243zfだけを選び出し、HFC-245cb及びHFO-1234yfと組み合わせて、3種類の化合物を組み合わせた構成とすることについては、当業者においてそのような構成を導き出す自明となる事項が必要と考えられるところ、そのような記載は存するとは認められない(なお、本件特許につき、優先権主張がされた日から特許出願時までの間に、上記各説示と異なる趣旨の開示がされていたことを認めるに足りる証拠はない。)。
これらに照らせば、当業者によって、当初明細書、特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項としては、低地球温暖化係数(GWP)の化合物であるHFO-1234yfを調製する際に、HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243db、HCFO-1233xf、及びHCFC-244bb)に含まれる不純物や副反応物が特定の「追加の化合物」として少量存在する、という点にとどまるものというほかなく、その開示は、発明というよりはいわば発見に等しいような性質のものとみざるを得ないものである。そして、当初明細書等の記載から導かれる技術的事項が、このような性質のものにすぎない場合において、多数の化合物が列記されている中から特定の3種類の化合物の組合せに限定した構成に補正(本件補正)することは、前記のとおり、そのような特定の組合せを導き出す技術的意義を理解するに足りる記載が当初明細書等に一切見当たらないことに鑑み、当初明細書等とは異質の新たな技術的事項を導入するものと評価せざるを得ない。したがって、本件補正は、当初明細書等の記載から導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入したものであるというほかない。』(原判決での記載)
『(4)原告の主張について
これに対し、原告は、①特許出願当初の特許請求の範囲及び当初明細書の記載からすれば、本件補正は新たな技術的事項を導入するものではなく、また、第三者に不測の損害を与えるものでもないこと、②特許庁の審査基準で許されない訂正として掲げられている事例と本件とは異なること等を縷々主張する。
しかしながら、上記(3)の説示に照らし、本件補正は、当初明細書等の記載を慎重に検討した結果、①当初明細書等の記載から導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入したものであると言わざるを得ず、そうである以上、②特許庁の審査基準において、許されない訂正として掲げられている事例と本件とが異なるか否かにかかわらず、本件補正は補正要件に違反するものといざるを得ない。そして、その他の原告の主張を慎重に検討しても、その内容に照らし、上記の結論を左右するものはない。原告の上記主張は、採用することができない。』(原判決での記載)
『(2)控訴人の主張について
ア 控訴人は、沸点の近い化合物を組み合せて共沸組成物とすることが本件発明の技術的思想であることや、低コストで有益な組成物を提供することができること等を主張するが、当初明細書中には、沸点の近い化合物を組み合せて共沸組成物とすることや低コストで有益な組成物を提供できることについては、記載も示唆もされていないから、その主張は前提を欠くし、このような当初明細書に記載のない観点から本件補正をしたというのであれば、それは新たな技術的事項を導入するものであり、まさしく新規事項の追加にほかならない。
イ 控訴人は、出願当初の請求項1、請求項2、当初明細書の表6、表5、段落【0032】、図1、表2(パートA)の記載から、HFO-1234yf、HFC-245cb及びHFO-1243zfを成分とする組成物が権利範囲になることは当業者であれば当然に予想すべきものである旨を主張する。
上記表5及び表6には、前記(1)ウ④の製造工程において、(ア)HFO-1234yfと、(イ)HFC-245cbを0.4又は0.1モルパーセントと、(ウ)その他の化合物とを含有する組成物が生成したことが記載されている(実施例15、16)。同④の製造工程の原料として用いられるHCFC-244bbの製造工程である同③の製造工程には、HFO-1243zfに関する記載はなく(実施例13、14)、さらに、同③の前製造工程である同②においてHFO-1243zfの組成は0GC面積%となっていることから(実施例8ないし11。実施例7においては、HFO-1234yf及びHFC-245cbが生成されておらず、同③の原料として用いられるHCFO-1233xfの生成量も3.9GC面積%にすぎない。)、上記表5及び表6に記載される組成物において、HFO-1243zfが、HFC-245cbと合わせて1重量パーセント未満含まれていることが明らかということはできない。
また、上記表2(パートA)は、同①の製造工程に対応するものであり、実施例3、実施例5及び実施例6として、HFO-1234yf、HFO-1243zf及びHFC-245cbを一定の組成比で含む組成物を開示するものではあるが、いずれの組成物も、HFO-1243zfとHFC-245cbを合わせて1重量パーセント未満含むものではない。
そうすると、前記(1)オのとおり、当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項とは、低地球温暖化係数の化合物であるHFO-1234yfを調整する際に、不純物や副反応物が追加の化合物として少量存在し得るというものであるところ、上記のとおり、HFO-1234yf、HFC-245cb及びHFO-1243zfを含む組成物であって、追加の化合物であるHFC-245cb及びHFO-1243zfが合計で1重量パーセント未満含まれるものは、いずれの実施例においても示されておらず、また、当初明細書等の記載から自明な事項であるともいえない以上、当業者は当該組合せを導き出すことはできないから、控訴人の指摘する記載が当初明細書等にあったからといって、本件補正が新規事項の追加であることを免れるものではない。』

[コメント]
本件発明1は、HFO-1234yfを調製する際に、不純物や副反応物が特定の「追加の化合物」として少量存在することを発見したという、発明というよりはいわば発見に等しいような性質のものである。そして、その中から、HFO-1243zf、HFC-245cbを選択する根拠や技術的意義は一切明細書に記載はなく、この組合せの実施例も存在しない。当初明細書に記載された「追加の化合物」の組合せは、相当数存在することもあり、HFO-1234yf、HFO-1243zf、HFC-245cbの組合せを選択した補正が新規事項の追加に該当するとした裁判所の判断は妥当と考える。
マーカッシュ形式で記載された中から特定の選択肢を選択する場合、その組合せについての技術的意義の説明が明細書中になかったり、その組み合わせの実施例が存在しないと、新規事項の追加となる可能性が高いため、補正時には注意したい。また、明細書起案時には、特に重要な組合せについては明示するとともに、その技術的意義についての説明を記載しておくべきである。
(担当弁理士:奥田 茂樹)