IP case studies判例研究

平成30年(ワ)第21900号「空調服」事件

名称:「空調服」事件
特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所:平成30年(ワ)第21900号 判決日:令和3年5月20日
判決:請求認容
特許法102条2項
キーワード:損害額の推定、推定の覆滅事由
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/432/090432_hanrei.pdf
[概要]
 被告の行為が特許権を侵害すると認定されたものの、損害額の算定について、本件各発明の被告各製品の売上げに対する貢献の程度により80%、市場に競合品が存在することにより50%の推定の覆滅を認めるべきであるから、法102条2項により推定される損害額の90%について推定の覆滅を認めるのが相当であるとされた事例。
[事件の経緯]
 原告は、特許第6158675号の特許権者である。
 原告は、被告の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被告の行為の差止め等を求めた。
 東京地裁は、原告の請求を認容し、被告の行為の差止め等を認めた。
[本件発明1]
A 送風手段を用いて人体との間に形成された空気流通路内に空気を流通させる空調服の襟後部と人体の首後部との間に形成される、前記空気流通路内を流通する空気を外部に排出する空気排出口について、その開口度を調整するための空気排出口調整機構において、
B 第一取付部を有し、前記空調服の服地の内表面であって前記襟後部又はその周辺の第一の位置に取り付けられた第一調整ベルトと、
C 前記第一取付部の形状に対応して前記第一取付部と取り付けが可能となる複数の第二取付部を有し、前記第一調整ベルトが取り付けられた前記第一の位置とは異なる前記襟後部又はその周辺の第二の位置に取り付けられた第二調整ベルトと、を備え、
D 前記第一取付部を前記複数の第二取付部の少なくともいずれか一つに取り付けることで前記空気流通路内を流通する空気の圧力を利用することにより、前記襟後部と人体の首後部との間に、複数段階の予め定められた開口度で前記空気排出口を形成することを特徴とする
E 空気排出口調整機構。
[争点]
(1) 被告各製品が本件各発明の技術的範囲に属するか(争点1)
(2) 無効の抗弁の成否(争点2)
 ア 明確性要件違反(争点2-1)
 イ 特開2006-132040号(乙2。以下「乙2公報」という。)を主引用例とする新規性欠如(争点2-2)
 ウ 乙2公報を主引用例とする進歩性欠如(争点2-3)
(3) 損害額(争点3)
(4) 差止め等の必要性(争点4)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『2 争点1(被告各製品が本件各発明の技術的範囲に属するか)について
 (1) 被告各製品の構成
 ・・・(略)・・・
 ア 被告各製品は、服背面下部のファン設置位置にファンを設置して使用する服であり、ファンを作動させることで、ファン設置位置から空気を服本体に吸い込み、吸い込んだ空気が、人体と服の間を通過し、襟首等から服本体の外部に排出される。
 イ 被告各製品の服の内側の背面上部で、襟部から下に約53ないし61mmの中央部に、1本のゴムベルトがその中央部で取り付けられており、上記ゴムベルトは、中央部から左右端かけてそれぞれ複数のボタンホール(被告製品1については8つずつ)を有する(別紙2写真目録記載2及び3参照)。
 ウ 被告各製品の服の内側の背面上部で、襟部から下に約13ないし58mmで中央部から左右対称の位置に、二つの布ベルトが縫い付けられており、被告各品を着用した場合、上記各布ベルトは、着用者の首後部と肩甲骨の上部との間に位置し、上記各布ベルトは、それぞれ一つのボタンを有する(別紙2写真目録記載2及び3参照)。
 エ 前記ウの各布ベルトのボタンは、前記イのゴムベルトの複数のボタンホールから一つを選択し、これに取り付けることができ、上記ボタンを、上記複数のボタンホールのうち中央部により近いものに取り付けると、服のうち二つの布ベルトで挟まれた部分のゆるみが大きくなり、中央部からより遠いものに取り付けると、当該部分のゆるみは小さくなる(別紙2写真目録記載4参照)。
 (2) 被告各製品の構成要件充足性
 ・・・(略)・・・
 以上の検討結果及び前記前提事実(5)ウによれば、被告各製品は、いずれも構成要件AないしGを充足するので、本件各発明の技術的範囲に属すると認められる。』
『3 争点2-1(明確性要件違反)について
 ・・・(略)・・・
 したがって、構成要件Dのうち「前記襟後部と人体の首後部との間に、複数段階の予め定められた開口度で前記空気排出口を形成する」との記載は、本件明細書を参照して理解することにより、その技術的範囲が明確であって、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確な内容を含んでいないといえるから、明確性要件(法36条6項2号)違反は認められない。』
『4 争点2-2(乙2公報を主引用例とする新規性欠如)について
 ・・・(略)・・・
したがって、本件発明1と乙2発明1とは前記(2)ウの相違点が認められるので、本件発明1について、乙2公報を主引用例とする新規性欠如の無効理由は認められない。』
『5 争点2-3(乙2公報を主引用例とする進歩性欠如)について
 ・・・(略)・・・
 イ 乙2発明1に乙3発明1又は2を組み合わせることの可否等
 ・・・(略)・・・
 (イ) 乙2発明1が、空調衣服において、身体の各部位を流れる空気の量を調整することができるようにするため、服地部の内側の2か所に各々の一端が取着された一組の接続部材を接続することにより、前記2か所の間の服地部が外側にたわむようにすることで、空気の流通路を拡張する流通路拡張手段を設けたものであり、機械的に相当量の空気を流通させる空調衣服において、より効果的な冷却性能を得ることを目的としたものである(前記4(1)イ)。これに対して、乙3発明1及び2は、シャツ等において、外観上礼を失することなく寒暑の変化に対応して襟の開度を容易に調整するために、数か所(又は3点)に設けられたボタン及び留め孔又はマジックテープを用いて、服地部の結合位置を直接変更することにより、襟部の開口度を調節するものであり(前記ア(イ))、人工的な空気の流れを利用することなく自然な涼を得ることを目的としたものである。そうすると、乙2発明1と乙3発明1及び2とでは、技術分野の関連性は否定できないとしても、乙2発明1が空調衣服における空気の流通路に関する発明であり、服地部の2か所の間に意図的にたわみを形成し、これを調整しようとするものであるのに対し、乙3発明1及び2はシャツ等の襟の開度に関する発明であり、服地部の結合位置を直接変更し、襟部の開口度を調節しようとしたものであるから、発明が解決しようとする課題及びその課題解決の手段は異なるというべきである。
 ・・・(略)・・・
 以上を総合すれば、乙2発明1に乙3発明1又は2を組み合わせることについては、その動機付けを認めることができないというべきである。』
『6 争点3(損害額)について
 (1) 推定される損害額
 ア 前記前提事実(5)のとおり、被告は、本件特許権の登録日である平成29年6月16日から令和元年10月31日までの間、被告各製品合計●省略●個を販売し、これにより●省略●円の売上げがあり、少なくとも●省略●円の経費を要した。
 したがって、法102条2項の利益の額は、5652万1465円(消費税込み)と認めるのが相当である。
 ・・・(略)・・・
 (2) 推定の覆滅事由
 ア 本件各発明が被告各製品の部分のみに実施されていること
 ・・・(略)・・・
 しかし、本件特許の出願当時、既に、空調服の襟後部の内表面に一組の調整紐を設け、これらを結ぶことによって上記開口部の大きさを調整する技術があったところ(本件明細書【0004】)、本件発明1は、一組の調整紐を任意の長さに結ぶことが難しく、上記開口部の大きさを求める冷却効果に応じた適正なものにすることが困難であったことを解決しようとしたものであり(同【0006】及び【0009】)、上記開口部からの空気の排出の効率化という点では、従来技術の延長線上に位置付けられるものである。そして、本件発明1は、主として、従来技術における調整紐を「取付部」を有する「調整ベルト」に置き換えたものであるが、前記5(2)のとおり、本件特許の出願当時、ボタン及びボタンホール等を使用し、衣服におけるサイズを複数段階で調整することができる周知慣用の技術が存在したものである。
 以上からすると、従来技術と比較したときの本件発明1の技術的意義は、必ずしも大きいものではなかったといわざるを得ない。
 ・・・(略)・・・
 そうすると、本件発明1は、容易に襟後部と首後部との間に空気排出口を形成し、これを調整することができるものの、従来技術に比して大きな作用効果があるものとは認められない。
 ・・・(略)・・・
 そうすると、被告各製品が備える機能のうち本件発明1を実施した部分が占める割合は小さかったといえ、また、同部分の顧客誘引力が特に高かったとはいえない。
 (エ) 以上によれば、本件発明1の技術的意義や作用効果、被告各製品のうち本件発明1が実施された部分の顧客誘引力等に照らすと、本件特許権を侵害する同部分が被告各製品の販売に貢献したところは小さいといわざるを得ないから、この事情に基づき、法102条2項により推定される損害額の80%について推定の覆滅を認めるのが相当である。
 イ 市場における競合品の存在
 (ア) 前記(1)イのとおり、平成29年から令和元年までの電動ファン付きウエアの市場において、原告グループのシェアは約30ないし40%、被告グループのシェアは約20ないし40%であり、原告は、襟後部と首後部との間に形成される開口部の大きさを調整することができるように、2段階調整型空調服を製造販売している。
 ・・・(略)・・・
 そうすると、空調服のうちの特定のものだけが被告各製品の競合品となるとは認められず、競合品に係るシェアは上記の原告、被告及びその他の競業他社のシェアのとおりと認めるのが相当であり、これを踏まえると、被告が被告各製品を販売することがなかったとしてもその購入者の全てが原告製品を購入したとはいえないから、この事情に基づき、法102条2項により推定される損害額の50%について推定の覆滅を認めるのが相当である。
 ・・・(略)・・・
 ウ 被告の営業努力
 被告は、独自のブランドである「空調風神服」の名称で被告各製品を販売しており、「空調風神服」には強い出所識別力があるから、被告各製品の販売には上記ブランドによる力が貢献していると主張する。
 しかし、前記(1)イのとおり、遅くとも平成29年以降、電動ファン付きウエアの市場において、原告グループのシェアと被告グループのシェアは拮抗し、むしろ原告グループのシェアの方が伸びていることからすると、原告製品の顧客吸引力と比較して「空調風神服」の名称に特に強い顧客吸引力があるとは認められないというべきであり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 ・・・(略)・・・
(3) 小括
 ア 以上によれば、本件各発明の被告各製品の売上げに対する貢献の程度により80%(前記(1)ア)、電動ファン付きウエアの市場に競合品が存在することにより50%(前記(1)イ)の推定の覆滅を認めるべきであるから、被告による本件特許権の侵害により、原告が被った逸失利益に係る損害額は、565万2147円(5652万1465円×(1-0.8)×(1-0.5))と認められる。』
[コメント]
 本判決では、102条2項により推定される損害額に対し、90%という大きな割合で推定の覆滅が認められた。
 推定覆滅の事情について、大合議事件である「二酸化炭素含有粘性組成物」事件(平成30年(ネ)第10063号)では、①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情を推定覆滅の事情として考慮することができる、とされた。
 本判決では、推定覆滅の事情として、(ア)本件各発明の被告各製品の売上げに対する貢献の程度、(イ)市場における競合品の存在が挙げられている。(イ)に関し、上記大合議判決で②として例示されており、本判決では(イ)の事情に基づき、損害額の50%について推定の覆滅が認められた。
 一方、(ア)に関し、本判決では、本件発明の技術的意義や作用効果、被告各製品のうち本件発明が実施された部分の顧客吸引力を考慮して、本件特許権を侵害する部分が被告各製品の販売に貢献したところは小さいとして、損害額の80%について推定の覆滅が認められた。
 (ア)は、上記大合議判決で例示されていないものの、従来からある寄与率(特許発明が被告製品の販売に寄与した割合)の考え方である。なお、上記大合議判決でも、「特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても、推定覆滅の事情として考慮することができるが、特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく、特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け、当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。」と述べられている。特許発明の寄与率に関しては、主張立証内容によって判断に大きな差が認められる可能性がある。そのため、大きな割合で推定が覆滅された本判決は、被疑侵害者側の主張立証時の参考になる。

以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)

平成30年(ワ)第21900号「空調服」事件

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