侵害差止等請求事件 » 令和2年(ネ)第10052号「癌治療剤」事件

名称:「癌治療剤」事件
特許権持分一部移転登録手続等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:令和2年(ネ)第10052号 判決日:令和3年3月17日
(原審・東京地方裁判所平成29年(ワ)第27378号)
判決:控訴棄却
特許法74条1項
キーワード:発明者、持分移転登録
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/178/090178_hanrei.pdf

[概要]
 実験の遂行に係る控訴人の関与は、本件発明の技術的思想との関係において、創作的な関与に当たるものと認めることはできないから、控訴人が、本件発明の発明者に該当するものと認められないとして控訴棄却された事例。

[事件の経緯]
 控訴人(原審原告)は、本件特許に係る発明が大学院在籍中に行った実験結果やその分析から得られた知見をまとめた論文(後記PNAS論文)に基づくものであるから、同発明の発明者の一人であるとして、本件特許権を共有する被控訴人らに対し、本件発明の発明者であることの確認及び特許法74条1項に基づく本件特許権の持分の移転登録手続を求めるとともに、共同不法行為に基づく損害賠償を請求した。
 原審は、発明者であることの確認を求める部分を却下し、その余の請求をいずれも棄却した。
 控訴人は、原判決を不服として、控訴を提起した。
 知財高裁は、控訴人の控訴を棄却した。

[本件発明]
【請求項1】
PD-1の免疫抑制シグナルを阻害する抗PD-L1抗体を有効成分として含む癌治療剤。

[原審]
1.争点1(本件発明の発明者であることの確認の利益の有無)について
 確認の利益を欠き、不適法である。
2.争点2(原告が本件発明の発明者かどうか)について
 (1)発明者の判断基準
 発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいい(特許法2条1項)、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められなければならない。したがって、発明者と認められるためには、当該特許請求の範囲の記載に基づいて定められた技術的思想の特徴的部分を着想し、それを具体化することに現実に加担したことが必要であり、仮に、当該創作行為に関与し、発明者のために実験を行い、データの収集・分析を行ったとしても、その役割が発明者の補助をしたにすぎない場合には、創作活動に現実に加担したということはできないと解すべきである。
 ①本件発明の技術的思想を着想したのは、被告Y及びZ教授であり、②抗PD-L1抗体の作製に貢献した主体は、Z教授及びW助手であり、③本件発明を構成する個々の実験の設計及び構築をしたのはZ教授であったものと認められ、原告は、本件発明において、実験の実施を含め一定の貢献をしたと認められるものの、その貢献の度合いは限られたものであり、本件発明の発明者として認定するに十分のものであったということはできない。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
 原審の「(1) 発明者の判断基準」について
『特許法2条1項は、「発明」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいうと規定し、同法70条1項は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定している。これらの規定によれば、特許発明の「発明者」といえるためには、特許請求の範囲の記載によって具体化された特許発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)を着想し、又は、その着想を具体化することに創作的に関与したことを要するものと解するのが相当であり、その具体化に至る過程の個々の実験の遂行に研究者として現実に関与した者であっても、その関与が、特許発明の技術的思想との関係において、創作的な関与に当たるものと認められないときは、発明者に該当するものということはできない。』
 原審の「(4)本件発明を構成する個々の実験の構想及び具体化における原告の貢献」に関して
『しかるところ、控訴人の供述中には、①A研に入る前に2C細胞及びP815細胞を使用した経験はなかった、②2C細胞にPD-1が発現していることは知らなかった、③P815細胞がHg-2Lを発現しているという認識はなかった、④2C細胞とP815細胞の組合せがキラーT細胞の活性を検証するために以前から使用されていたことは知らなかった、⑤2C細胞とP815細胞の組合せ実験が移植免疫系であるとの認識はなかった、⑥2C細胞とP815細胞との組合せを思い付いたときにはPDcL1を導入する実験のことは想定しておらず、A教授からP815細胞にPD-L1を導入してみてはどうかとの助言を受けた、⑦2C細胞とP15細胞との組合せの実験でうまくいっても、その先における具体的なプランはなかった旨の供述部分があることに照らすと、控訴人は、2C細胞とP815細胞を使用してどのような実験を実施するかというアイデアや、2C細胞とP815細胞の組合せ実験の後の展望を有していなかったものと認められるから、控訴人が2C細胞とP815細胞を用いた実験を行うことを提案したことは、本件明細書等の実施例1に係る2C細胞とP815細胞の組合せ実験の出発点となったものと認められるが、そのことのみから、控訴人が上記組合せ実験の策定又は構築について創作的に関与したものと評価することはできない。』
『エ まとめ
 以上によれば、控訴人は、A教授の指導、助言を受けながら、自らの研究として本件発明を具体化する個々の実験を現実に行ったものと認められるから、A教授の単なる補助者にとどまるものとはいえないが、一方で、上記実験の遂行に係る控訴人の関与は、本件発明の技術的思想との関係において、創作的な関与に当たるものと認めることはできないから、控訴人は、本件発明の発明者に該当するものと認めることはできない。』

[コメント]
 原審で示された発明者の判断基準は、従来の知財高裁判決(知財高裁平成19年3月15日判決(平成18年(ネ)第10074号)、同平成22年9月22日判決(平成21年(ネ)第10067号)等参照)を踏襲したものであり、「その役割が発明者の補助をしたにすぎない場合には、発明者に該当しない」というものである。
 しかし、本件では、控訴人(原審原告)の発明への貢献が、発明者の単なる補助者にとどまるものとはいえないものであったため、本判決では更に踏み込んだ判断基準を説示している。
 つまり、発明者の判断基準として、
「特許発明の「発明者」といえるためには、特許請求の範囲の記載によって具体化された特許発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)を着想し、又は、その着想を具体化することに創作的に関与したことを要するものと解するのが相当であり、その具体化に至る過程の個々の実験の遂行に研究者として現実に関与した者であっても、その関与が、特許発明の技術的思想との関係において、創作的な関与に当たるものと認められないときは、発明者に該当するものということはできない。」との基準を示した。
 従って、発明への貢献が発明者の単なる補助者にとどまるものでない場合には、特許発明の技術的思想との関係において、創作的な関与に当たるか否かで判断されることになる。この基準の具体的な検討については、本件では、実験の策定又は構築について創作的に関与したか否かが検討されており、当該関与が否定された結果、発明者に該当しないと認定されている。

以上
(担当弁理士:梶崎 弘一)