IP case studies判例研究

平成27年(ワ)第21684号「アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法」事件

名称:「アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法」事件
特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所:平成27年(ワ)第21684号 判決日:平成30年4月20日
判決:請求棄却
特許法100条、36条4項1号、36条6項1号
キーワード:特許権侵害行為差止、実施可能要件、サポート要件
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/717/087717_hanrei.pdf
[概要]
本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明の効果に影響を及ぼし得る耐食コーティングやワインの組成について十分な開示がされていないため、サポート要件違反及び実施可能要件違反の点で、本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものであるとして、原告は、本件特許権を行使することができない、と判断された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第3668240号の特許権者である。
原告は、被告らの行為が当該特許権を侵害すると主張して、被告らの行為の差止め等を求めた。東京地方裁判所は、原告の請求を棄却した。
[本件発明](下線部は、本件特許の無効審判事件における訂正請求による訂正部分)
[請求項1]
アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法であって、該方法が:
アルミニウム缶内にパッケージングする対象とするワインとして、35ppm未満の遊離SO2と、300ppm未満の塩化物と、800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワインを意図して製造するステップと;
アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされているツーピースアルミニウム缶の本体に、前記ワインを充填し、缶内の圧力が最小25psiとなるように、前記缶をアルミニウムクロージャでシーリングするステップとを含む、アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法。
[争点](争点(3)エ、オのみ判断)
(1) 被告各方法は本件発明の技術的範囲に属するか
(2) 間接侵害の成否
(3) 無効の抗弁の成否
ア 乙29発明及び乙30文献による進歩性欠如
イ 乙29発明による新規性欠如
ウ 乙29発明及び甲24文献による進歩性欠如
エ 実施可能要件違反
オ サポート要件違反
(4) 訂正の再抗弁の成否
(5) 損害の発生の有無及びその額
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『2 争点(3)オ(サポート要件違反)について
・・・(略)・・・
ア 上記(2)①(遊離SO2、塩化物及びスルフェートの濃度)について
上記(2)①(構成要件B)は、「35ppm未満の遊離SO2と、300ppm未満の塩化物と、800ppm未満のスルフェート」を有するワインを製造するというものであるところ、本件明細書の発明の詳細な説明には、上記の構成に関し、「上述のようにして製造されたワインは、35ppm未満の遊離二酸化硫黄レベルと、250ppm未満の総二酸化硫黄レベルとを有する。酸、塩化物、ニトレート及びスルフェートを形成することができる陰イオンレベルは、規定の最大値未満である。」(段落【0032】)との記載が存在するにすぎない。このように、本件明細書の発明の詳細な説明には、ワインの品質に影響を与える成分の中から「遊離SO₂」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度範囲を特定することの技術的な意義、本件発明の効果との関係、濃度の数値範囲の意義についての記載は見当たらない。
・・・(略)・・・
しかし、「塩化物」及び「スルフェート」については、アルミニウム容器に対して負の影響を及ぼす因子であることは技術常識であったとしても、一方では、乙29文献の表2に、硫酸及び塩酸が「化学的/物理的安定性」については正の影響を与えることが示されているのであるから、ワインの品質の保持のためには、その濃度を高くすることも考え得るのであって、本件特許の出願日当時、本件発明の効果を実現するためにその濃度を低くすることが当然であるとの技術常識が存在したということはできない。
また、乙29文献の表2及び3によれば、ワインをパッケージングしたアルミニウム容器に対して負の影響を及ぼす成分等は他に複数あるものと認められるところ(例えば、リンゴ酸、クエン酸、炭酸ガス、酸素、銅イオン、亜鉛イオンなど)、その中で「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」の各成分の濃度を特定すれば、他の成分の濃度等を特定することなく本件発明の効果を実現できることが技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。むしろ、当業者であれば、「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」以外の様々な成分等もアルミニウム缶にパッケージングされたワインの品質に影響を及ぼすと考えるのが通常であるということができる。
そうすると、「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度のうち、特に「塩化物」及び「スルフェート」の濃度に係る構成については、その濃度範囲を特定することの技術的な意義、本件発明の効果との関係、濃度の数値範囲の意義についての記載がないと、当業者は、特許請求の範囲に記載された構成により本件発明の課題を解決し得ると認識することができないというべきところ、本件明細書にはそのような記載がないことは前記判示のとおりである。
イ 上記(2)②(耐食コーティング)について
・・・(略)・・・これによれば、耐食コーティングに用いる材料や成分が、ワイン中の成分と反応してワインの味質等に大きな影響を及ぼすことは、本件特許の出願日当時の技術常識であったということができる。
上記のとおり、耐食コーティングに用いる材料の成分が、ワイン中の成分と反応してワインの味質等に大きな影響を及ぼし得ることに照らすと、本件明細書に記載された「エポキシ樹脂」以外の組成の耐食コーティングについても本件発明の効果を実現できることを具体例等に基づいて当業者が認識し得るように記載することを要するというべきである。
この点、原告は、本件発明の課題は、ワイン中の遊離SO2、塩化物及びスルフェートの含有量を所定値以下にすることにより達成されるのであり、耐食コーティングの種類によりその効果は左右されない旨主張する。しかし、塗膜組成物の組成を変えることにより塗膜の物性が大きく変動し、缶内の飲料に大きな影響を及ぼすことは周知であり(乙34の第1表、乙35の第2、3表等)、ワイン中の遊離SO2、塩化物及びスルフェートの含有量を所定値以下にすれば、コーティングの種類にかかわらず同様の効果を奏すると認めるに足りる証拠はない。
(4) 以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、具体例の開示がなくとも当業者が本件発明の課題が解決できると認識するに十分な記載があるということはできない。そこで、本件明細書に記載された具体例(試験)により当業者が本件発明の課題を解決できると認識し得たかについて、以下検討する。
・・・(略)・・・
ウ さらに、本件発明に係る特許請求の範囲はワイン中の三つの成分を特定した上でその濃度の範囲を規定するものであるから、比較試験を行わないと本件発明に係る方法により所望の効果が生じることが確認できないが、本件明細書の発明の詳細な説明には比較試験についての記載は存在しない。このため、当業者は、本件発明で特定されている「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」以外の成分や条件を同程度としつつ、「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度を特許請求の範囲に記載された数値の範囲外とした場合には所望の効果を得ることができないかどうかを認識することができない。加えて、耐食コーティングについては、試験で用いられたものが本件明細書に記載されている「エポキシ樹脂」かどうかも明らかではなく、まして、エポキシ樹脂以外の材料や成分においても同様の効果を奏することを具体的に示す試験結果は開示されていない。
エ 以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された「試験」は、ワインの組成や耐食コーティングの種類や成分など、基本的な数値、条件等が開示されていないなど不十分のものであり、比較試験に関する記載も一切存在しない。また、当該試験の結果、所定の効果が得られるとしても、それが本件発明に係る「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度によるのか、それ以外の成分の影響によるのか、耐食コーティングの成分の影響によるのかなどの点について、当業者が認識することはできない。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明に実施例として記載された「試験」に関する記載は、本件発明の課題を解決できると認識するに足りる具体性、客観性を有するものではなく、その記載を参酌したとしても、当業者は本件発明の課題を解決できるとは認識し得ないというべきである。
オ この点、原告は、本件発明の特徴的な部分は、従来存在しなかった技術思想であり、「塩化物」等の濃度には臨界的な意義もないので、その裏付けとなる実験結果等の記載がないとしてもサポート要件には違反しないと主張する。
しかし、前記判示のとおり、特許請求の範囲に記載された構成の技術的な意義に関する本件明細書の記載は不十分であり、具体例の開示がなくても技術常識から所望の効果が生じることが当業者に明らかであるということはできない。また、「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」に係る濃度については、その範囲が数値により限定されている以上、その範囲内において所望の効果が生じ、その範囲外の場合には同様の効果が得られないことを比較試験等に基づいて具体的に示す必要があるというべきである。
したがって、原告の上記主張は理由がない。
・・・(略)・・・
3 争点(3)エ(実施可能要件違反)について
・・・(略)・・・
(3) 他方、前記のとおり、乙29文献の表2及び3によれば、ワインをパッケージングしたアルミニウム容器に対して負の影響を及ぼす成分は他に複数あるものと認められ、「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度を特定すれば、他の成分の濃度いかんにかかわらず本件発明の効果を実現できるという技術常識が存在したと認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件発明に係る方法を使用するためには、本件明細書に「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度に加えて、本件発明に係る「ワイン」に含まれ、効果に影響を及ぼし得るその他の成分の濃度等についても具体的に記載されていないと、当業者はどのような組成のワインが本件発明に係る効果を奏するかを確認することが困難であるが、本件明細書に記載された「試験」で使用されたワインの組成は「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度すら明らかではなく、他の成分の種類や濃度も何ら開示されていないことは前記判示のとおりである。
(4) また、耐食コーティングに用いる樹脂等の成分の違いにより、缶内の飲料に与える影響に大きな差があることは前記のとおりであるところ、本件明細書には耐食コーティングの具体例として「エポキシ樹脂」が挙げられているのみで、他の種類のコーティングにおいても同様の効果を奏すると当業者が理解し得る記載は存在しない。また、そのような技術常識が本件特許の出願時に存在したと認めるに足りる証拠はない。
また、本件明細書に記載された「試験」で用いられた耐食コーティングの種類は明らかではなく、どのようなコーティングがワインの組成成分とあいまって本件発明に係る効果を奏するかを具体的に示す試験結果は存在しない。そうすると、当業者は、本件発明を実施するに当たって用いるべき耐食コーティングについても過度の試行錯誤することを要するというべきである。
(5) 以上のとおり、本件発明に係るワインを製造することは困難ではないが、本件発明の効果に影響を及ぼし得る耐食コーティングの種類やワインの組成成分について、本件明細書の発明の詳細な説明には十分な開示がされているとはいい難いことに照らすと、本件明細書の発明の詳細の記載は、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているということはできず、特許法36条4項1号に違反するというべきである。そして、この無効理由は、本件訂正によっても解消しない。
よって、本件発明に係る特許は、特許法123条1項4号により特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから、原告は、特許法104 条の3第1項により、本件発明に係る特許権を行使することができない。』
[コメント]
本件の被告である大和製罐(株)が請求した本件特許の無効審判(無効2016-800043)では、サポート要件違反及び進歩性欠如により特許を無効とすべき、と判断されたが、実施可能要件は満たすと判断された。
無効審判においては、「耐食コーティング」について、本件特許の優先日前から多くの種類の耐食コーティングが当業者に知られていることを踏まえれば、本件特許明細書の段落[0034]の「保存中に過度のレベルのアルミニウムがワイン中に溶解しないことを保障することが重要である」との記載を考慮して、内容物に応じて適宜選択した組成の耐食コーティングをアルミニウム缶の内面に設ければよいことが明らかである、として、実施可能要件を満たす、と判断された。しかしながら、公知文献に示されているような数ある耐食コーティングの中から、本件の特定のワインに適応可能なコーティングを選択する必要があり、これは当業者に過度の試行錯誤を強いるものであり、裁判所の判断の方が妥当だと感じた。
また、サポート要件についても、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件の課題が解決できると認識するに十分な記載はなく、実施例(試験)におけるワインの組成や耐食コーティングの種類や成分等についても十分な開示がないため、今回の裁判所の判断は妥当なものと思われる。
以上
(担当弁理士:千葉 美奈子)
 

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