IP case studies判例研究

平成27年(ネ)10107号「多接点端子を有する電気コネクタ」事件

名称:「多接点端子を有する電気コネクタ」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成27年(ネ)10107号  判決日:平成28年3月28日
判決:控訴棄却
特許法70条
キーワード:構成要件充足性、均等論、本質的部分
[概要]
本件特許の図面を根拠に、構成要件1Bの「弾性腕」には「根元部分」を含まなくてもよいとの控訴人に主張に対して、当該図面は発明の内容を明らかにするための説明図にすぎず、控訴人が主張するような技術的思想を、当該図面の記載から読み取ることはできないとして、被控訴人製品は、構成要件1Bを充足せず、均等の第1要件についても充足しないとされた事例。
[事件の経緯]
控訴人(原審原告)は、特許第5197216号(本件特許1)、特許5220888号(本件特許2)の特許権者である。
控訴人が、被控訴人(原審被告)の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被控訴人の行為の差止め等を求めた(東京地裁平成26年(ワ)第18842号)ところ、東京地裁が、控訴人の請求を棄却する判決をしたため、控訴人は、原判決を不服として、控訴を提起した。
知財高裁は、原審と同様に、控訴人の請求を棄却した。
[訂正後の本件発明1](筆者にて争点にアンダーラインを付した)
【請求項1】
1A’
① 端子が複数の弾性腕を有し,
② 相手コネクタとの嵌合時に,該複数の弾性腕の弾性部の先端側にそれぞれ形成された突状の接触部が斜縁の直線部分との接触を通じて相手端子に一つの接触線上で順次弾性接触するようになっており,
③ 端子は金属板の板面を維持したまま作られていて,
④ 該端子の板厚方向に間隔をもってハウジングに配列されている
⑤ 電気コネクタにおいて,
1B’ 端子の複数の弾性腕は,相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置しており,
1C’ 上位の弾性腕が上端から下方に延び上記接触線に向う斜縁を有していて該斜縁の下端に接触部を形成し且つ該斜縁よりも嵌合側と反対側に位置する下縁に凹部が形成されており,
1D’ 上記複数の弾性腕の接触部は,下方に向け順に位置しており,
1E’ 上位に位置する弾性腕の接触部に対して下位となる接触部を有する弾性腕の上端が上記上位の弾性腕の接触部に近接して位置付けられることにより有効嵌合長が長く確保されており,
1F’ コネクタ嵌合時に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっており,
1G’ 上位に位置する弾性腕の弾性部の板面の幅が,下位に位置する弾性腕の弾性部の板面の幅より大きいことを特徴とする多接点端子を有する電気コネクタ。
[訂正後の本件発明2](省略)
[争点]
(1)被控訴人製品は本件発明1の構成要件1B(訂正後の1B’も同じ)、本件発明2-1の構成要件2B、本件発明2-2の構成要件2Hを充足するか
(2)他の争点は省略
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
A:文言侵害について
(1) 本件発明1の構成要件1B(弾性腕の解釈)について
『イ そして,本件特許1に係る明細書(甲2)の記載も,「接触線に対して一方の側に位置」するのは,「複数の弾性腕」の一部ではなく,全体を指すという解釈と整合する。
・・・(略)・・・本発明の端子の複数の弾性腕はいずれの接触線に対しても一方の側に位置する。」という記載は,接触線が,複数の弾性腕の一部である接触部を結んだ線であることを前提としつつ,「接触線に対して一方の側に位置する」対象を,「接触部」とせずに,「複数の弾性腕」とするものである。
・・・(略)・・・基部21につながっている被取付部22A,そこから上方へ延びている第一弾性部22B,第一接触部22Cからなる第一弾性腕22と,基部21につながっている第二弾性部23A,第二接触部23Bからなる第二弾性腕23が,いずれも接触線Xに対して一方の側に位置することを要求しているのであって,「接触部」である22C及び23Bや,「弾性部」である22B,23Aの一部が,接触線Xの一方の側にあれば足りるとは記載されていない。
ウ したがって,構成要件1Bにおける「弾性腕」とは,弾性腕全体を指すものというべきである。』
(2)被控訴人の充足性について
『そして,被控訴人製品における内側接触子23のうち内側湾曲部23Aは,接触線Xの反対側に存在する根元部分も含めて,全体として,腕状の形態をなすものであるから,上記根元部分が本件特許発明1の「弾性腕」の一部に含まれる。
したがって,被控訴人製品は,構成要件1Bを充足しない。』
(3)控訴人の主張について
『(ア) 控訴人は,構成要件1Bにつき,被控訴人製品における「内側接触子」と「外側接触子」の各二つの接触部が相手端子とその一つの側で接触することを限定するものにすぎず,相手端子が挿入されない弾性腕の根元部分はおよそ問題とならない旨主張する。
しかしながら,上記のとおり,構成要件1Bは,弾性腕が接触線の一方側に位置するか否かを問題としているのであって,弾性腕の一部である根元部分は接触線との位置関係が問題とならないという控訴人の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものである。
(イ) また,控訴人は,本件特許1に係る明細書の【図4】をみると,接触線は,「第二弾性腕23」の根元部分を跨いでいるから,「第二弾性腕23」は,その端から端まで全体が接触線に対して一方の側に位置していない発明の実施態様を示しているし,【図3】をみても,「接触線」は,「第二弾性腕23」の根元部分の上面と接しており,・・・(略)・・・とも主張する。
しかしながら,特許出願に際して,願書に添付された図面は,設計図ではなく,特許を受けようとする発明の内容を明らかにするための説明図にすぎない。第二弾性腕の根元部分と接触線との位置関係については,特に,明細書に記載はないし,【図3】及び【図4】の説明部分においても同様である。しかも,【図3】及び【図4】第二弾性腕23の根元部分が接触線を跨いでいるのは,目視しただけでは確認できないほどわずかであり,上記のように,接触線を伸ばして確認して初めて理解できるにすぎないから,第二弾性腕23の根元部分は,接触線を跨いでよいとの技術的思想を,このような図面の記載から読み取ることはできない。』
B:均等侵害について
(1)均等の第1要件(構成要件1B’)
『(ウ) これらの記載によれば,本件特許発明1の特徴となる技術的意義の一つは,弾性腕の接触部についての有効嵌合長が短くなるという課題を解決するために・・・(略)・・・,複数の弾性腕が,いずれも,端子の基部から接触線に沿って平行に延びるという解決手段を採用することによって・・・(略)・・・,端子の基部から延びる弾性腕が接触線を跨ぐことで相手端子と当接することを防ぎ,その結果,各弾性腕を長く形成することができ(【0013】),そのため,有効嵌合長を大きく確保することができるという効果を奏する(【0019】)ものであるから,弾性腕が,端子の基部から接触線に沿って平行に延びることは,本件特許発明1の効果を奏するために必要となる,特徴的な構成であると認められる。
これに対し,本件特許発明1において,弾性腕の間に設けられた中央壁15は,実施例で言及されているだけであるから,本件特許発明1において発明特定事項となる必須の構成ではなく,・・・(略)・・・コネクタでは,2つの端子の接触部側の間に,相手端子を当接して停止させる効果をもたらす中央壁が必ず設けられるという技術常識は存在しないから,当業者にとって,上記中央壁の設置が当然の構成ということもできない。そして,中央壁が存在しない場合には,弾性腕の根元部分が接触線を跨ぐと,有効嵌合長が短くなるし,・・・(略)・・・弾性腕が屈曲形状を有していて,中央壁よりも高い位置で接触線を跨ぐときには,有効嵌合長が短くなることも想定され,したがって,有効嵌合長の長さは,常に中央壁よりも高い弾性腕部分の長さになるわけではなく,弾性腕の根元部分の位置や弾性腕の形状等にも左右される。・・・(略)・・・これらの従来技術を踏まえた本件特許発明1は,相手端子が当接する中央壁の有無にかかわらず,有効嵌合長を長くすることを確実にする効果を目指していた発明ということができる。
そうすると,本件特許発明1は,中央壁の有無にかかわらず,有効嵌合長を大きく確保することを課題とする発明である以上,当該効果を確実に実現するためには,弾性腕の一部だけが接触線に対して一方の側に位置すれば足りるわけではなく,その全体が接触線に対して一方の側に位置することが不可欠であり,複数の弾性腕全体が接触線の一方の側にあるという発明特定事項は,本件特許発明1の本質的部分といえる。
したがって,被控訴人製品は,本件特許発明1の本質的部分である構成要件1Bと相違するから,均等の第1要件を充足しない。』
[コメント]
明細書に記載の先行技術との対比で本件発明の特徴をとらえると、「弾性腕全体が接触線に対して一方の側に位置する」との記載ではなく、「(少なくとも)弾性腕の接触部が接触線に対して一方の側に位置する」との記載も可能であったと思われる。起案者は発明者から与えられた資料だけでなく、想定し得る変形例(別実施形態)を考えつつ、請求項を記載しなければならない。そのような変形例は、弁理士自身が考えるだけでなく、発明者からもうまく引き出す必要がある。
以上
(担当弁理士:谷口 俊彦)

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