IP case studies判例研究

平成27年(ワ)第12414号「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」事件

名称:「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」事件
特許権侵害差止請求事件
東京地裁:平成27年(ワ)第12414号  判決日:平成28年3月30日
判決:請求棄却
条文:特許法68条の2、67条の3第1項1号、67条2項、100条1項、2項
キーワード:延長された特許権の効力範囲、処分の対象となった物、均等物・実質同一物
[事案の概要]
被告各製品は、本件各処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」ではなく、その均等物ないし実質同一物に該当するものということもできないとして、存続期間が延長された本件特許権の効力は被告各製品の生産等には及ばないと判断された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第3547755号の特許権者であり、本件特許権は延長登録を受けていた。
原告は、被告の行為が当該特許権を侵害すると主張して、被告の行為の差止め等を求めた。
東京地裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明]
【請求項1】
A 濃度が1ないし5mg/mlで
B pHが4.5ないし6の
C オキサリプラティヌムの水溶液からなり、
D 医薬的に許容される期間の貯蔵後、製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり、
E 該水溶液が澄明、無色、沈殿不含有のままである、
F 腸管外経路投与用の
G オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。
[争点]
被告各製品は本件各処分の対象となった物又はその均等物ないし実質的に同一と評価される物か(争点2)
[裁判所の判断](筆者にて、適宜下線。)
1.争点2(被告各製品は本件各処分の対象となった物又はその均等物ないし実質的に同一と評価される物か)について
(1)本件各処分の対象となった物について
ア 特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨
『このように,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許権者に対して,政令処分を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について,当該政令処分を受けるために必要であった期間,特許権の存続期間を延長する措置を講じることによって,特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる(知財高裁平成25年(行ケ)第10195号同26年5月30日特別部判決・・・(略)・・・知財高裁平成20年(行ケ)第10460号同21年5月29日第三部判決参照)。』
イ 特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力
『したがって,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,原則として,政令処分を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為,すなわち,当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「(当該用途に使用される)物」についての実施行為にのみ及び,特許発明のその余の実施行為には及ばないと解するのが相当である。
もっとも,特許権者が研究開発に要した費用を回収することができるようにするとともに,研究開発のためのインセンティブを高めるという目的で,特許期間の延長を認めることとした特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に鑑みると,侵害訴訟における対象物件が政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」の範囲をわずかでも外れれば,存続期間が延長された特許権の効力がもはや及ばないと解するべきではなく,当該政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」と相違する点がある対象物件であっても,当該対象物件についての製造販売等の準備が開始された時点(当該対象物件の製造販売等に政令処分が必要な場合は,当該政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点と解される。)において,存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対象に照らして,その相違が周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではないと認められるなど,当該対象物件が当該政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」の均等物ないし実質的に同一と評価される物(以下「実質同一物」ということがある。)についての実施行為にまで及ぶと解するのが合理的であり,特許権の本来の存続期間の満了を待って特許発明を実施しようとしていた第三者は,そのことを予期すべきであるといえる。なお,上記のように解すると,政令処分を受けることによって禁止が解除される特許発明の実施の範囲よりも,存続期間が延長された特許権の効力が及ぶ特許発明の実施の範囲が広いことになるが,上述した意味での均等物や実質同一物についての実施行為の範囲にとどまる限り,第三者の利益が不当に害されることはないというべきである。』
ウ 政令処分が医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る承認である場合について
『医薬品の成分を対象とする特許発明の場合,特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権は,「物」に係るものとして,「成分(有効成分に限らない。)及び分量」によって特定され,かつ,「用途」に係るものとして,「効能,効果」及び「用法,用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で,効力が及ぶものと解するのが相当である。ただし,延長登録制度の立法趣旨に照らして,「当該用途に使用される物」の均等物や「当該用途に使用される物」の実質同一物が含まれることは,前示のとおりである』
エ 本件各処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「当該用途に使用される物」について
『そうすると,「物」に係るものとしての「分量」及び「用途」に係るものとしての「効能,効果,用法,用量」の点をひとまず措くとすれば,本件各処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「当該用途に使用される物」とは,「オキサリプラチン」と「注射用水」のみを含み,それ以外の成分を含まない製剤(ただし,保存中にオキサリプラチンが自然分解し,シュウ酸を含有するに至ることがある。)であると認められる。』
(2)被告各製品は本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」といえるかについて
『本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の「成分」は,いずれも「オキサリプラチン」と「注射用水」のみ(ただし,保存中にオキサリプラチンが自然分解し,シュウ酸を含有するに至ることがある。)であるのに対し,被告各製品の「成分」は,いずれも「オキサリプラチン」と「水」以外に,添加物として「濃グリセリン」を含むものであり,その使用目的は,「安定剤」であることが認められる・・・(略)・・・。
そうすると,本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」と被告各製品とは,その「成分」において異なるものというほかはない。したがって,「分量,用法,用量,効能,効果」について検討するまでもなく,被告各製品は,本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」とはいえない。』
(3)被告各製品は本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の均等物ないし実質同一物に該当するといえるかについて
『医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る特許発明において,「当該用途に使用される物」との均等物,あるいは「当該用途に使用される物」の実質同一物かどうかを判断するに当たっては,例えば,次のように考えることができる。当該特許発明が新規化合物に関する発明や特定の化合物を特定の医薬用途に用いることに関する発明など,医薬品の有効成分(薬効を発揮する成分)のみを特徴的部分とする発明である場合には,延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で,有効成分以外の成分のみが異なるだけで,生物学的同等性が認められる物については,当該成分の相違は,当該特許発明との関係で,周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等に当たり,新たな効果を奏しないことが多いから,「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たるとみるべきときが少なくないと考えられる。他方,当該特許発明が製剤に関する発明であって,医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明である場合には,延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で,有効成分以外の成分が異なっていれば,生物学的同等性が認められる物であっても,当該成分の相違は,当該特許発明との関係で,単なる周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等に当たるといえず,新たな効果を奏することがあるから,「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たらないとみるべきときが一定程度存在するものと考えられる。』
『被告各製品は,「オキサリプラチン」と「水」又は「注射用水」のほか,有効成分以外の成分として,「オキサリプラチン」と等量の「濃グリセリン」を含有するもので,オキサリプラチンを水に溶解したもの(・・・(略)・・・「オキサリプラチン水溶液」という。)にグリセリンを加えたのは,オキサリプラチン水溶液の保存中に,オキサリプラチンの分解が徐々に進行し,類縁物質であるジアクオDACHプラチンやその二量体であるジアクオDACHプラチン二量体を主とした種々の不純物が生成するため,オキサリプラチンの自然分解自体を抑制するということを目的としたものであることが認められる。これを,本件発明との関係でみると,被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において,オキサリプラチン水溶液にオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを加えることが,単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たると認めるに足りる証拠はなく,むしろ,オキサリプラチン水溶液に添加したグリセリンによりオキサリプラチンの自然分解を抑制するという点で新たな効果を奏しているとみることができる・・・(略)・・・。
そうすると,被告各製品は,「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」に関する発明であって,医薬品の成分全体を特徴的部分とする本件発明との関係では,本件各処分の対象となった物とは有効成分以外の成分が異なる物であり,当該成分の相違は,被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において,本件発明との関係では,単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たるとはいえず,新たな効果を奏するものというべきである。
したがって,「分量,用法,用量,効能,効果」について検討するまでもなく,被告各製品は,本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の均等物ないし実質同一物に該当するということはできない。』
『この点,原告は,被告各製品に含まれる「濃グリセリン」があくまで「添加物」であるとか,被告各製品は,本件各処分の対象となった物(エルプラット50,エルプラット100及びエルプラット200)と生物学的同等性を有することを前提に,本件各処分で用いられた臨床成績をそのまま利用して承認を得たものであるなどと主張する。しかし,被告各製品が,エルプラット点滴静注液と有効成分である「オキサリプラチン」が共通し,生物学的同等性を有するとされており,「濃グリセリン」それ自体が「添加物」であるとしても,上記のとおり,「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」に関する本件発明が,医薬品の有効成分のみを特徴的部分とする発明ではなく,医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明であって,そのような本件発明との関係では,上述した有効成分以外の成分の相違は,単なる周知技術・慣用技術の付加等には当たらず,新たな効果を奏するものというべきであることからすれば,有効成分である「オキサリプラチン」が共通し,生物学的同等性を有するとされていることをもって,直ちに均等物ないし実質同一物と認めることはできないのであって,原告の上記主張は,採用することができない。』
『以上によれば,被告各製品は,本件各処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」ではなく,その均等物ないし実質同一物に該当するものということもできない。したがって,存続期間が延長された本件特許権の効力は,被告による被告各製品の生産等には及ばないものというべきである。』
[コメント]
本判決は、地裁レベルではあるが、延長された特許権の効力範囲について具体的に司法判断がなされた初めてのケースである。これまでに延長登録の審査段階に関しての2件の最高裁判決(パシーフカプセル事件:H21(行ヒ)326号:最判H23.4.28、ベバシズマブ事件H26(行ヒ)356号:最判H27.11.17)はあったが、権利行使の段階における延長登録後の特許権の効力範囲についての具体的な判断はなされておらず、その原審の知財高裁大合議判決(H25(行ケ)10195-10198号:H26.5.30判決)の傍論部分で一定の判断枠組みが示されるにとどまっていた。
本判決は上記大合議判決の文脈に沿うものであって、さらに医薬発明の特徴的部分に着目して「均等物」、「実質同一物」該当性の判断基準を具体的に例示し適用したものといえる。また、本判決を踏まえると、ライフサイクルマネジメントの一環としてなされることの多い「製剤に関する発明」に対しては、追加成分を含むことにより”微差”を超える「新たな効果」を有する後発品であれば(実質同一物には該当せず)延長された特許権の効力は及ばない方向となりうるため、今後それを意図した後発品が増えるかもしれない。また、本事件では、後発品も選択発明的に特許を取得しており、当該審査過程では本件特許(国内公表公報)が引例とされており、この点も「新たな効果」の判断において重要なファクターとなっていたのであろう。
また、本事件を含むオキサリプラチン(オキサリプラティヌム)製剤の一連の係争について、本件特許に関する審決取消訴訟(H27(行ケ)10105:H28.3.9判決)や関連特許に関する侵害訴訟(H27(ワ)12416:H28.3.3判決:弊所ニュースレター21-4)等がある。
以上
(担当弁理士:東田 進弘)

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