IP case studies判例研究

平成27年(ネ)10011号「マンホール用のインバート」事件

名称:「マンホール用のインバート」事件
特許権侵害差止等請求控訴事件
知的財産高等裁判所:平成 27 年(ネ)10011 号 判決日:平成 27 年 6 月 16 日
判決:請求棄却
特許法103条
キーワード:過失の推定の覆滅
[概要]
生産時のみならず使用期間中にも特許侵害の有無への注意義務があること等が示され、特
許法 103 条の過失の推定の覆滅が認められなかった事例。
[本発明]
断面半円形の導流溝の最下部に跳ね返り防止用の凹溝を長手方向に形成してなるマンホー
ル用のインバート
[主な争点]
被告における過失の推定覆滅事由の有無
[原審の判断]
原審では、被告への引き渡しに際し、インバートの形状の加工がされていない状態で竣工
されたと認めるに足りる証拠はない等を理由として、被告の過失推定を覆滅する事由はない
とされた。
[原告の主張]
一旦、ある物件が設置され、工事が終了したとしても、それ以降にメンテナンスする必要
がある。導流溝の部分は,インバートのうちでも最も汚損・閉塞が考えられる箇所であるか
ら,これについて,写真・図面がないということは,考え難い。もし写真・図面がないので
あれば,被告のメンテナンス(管理)が不十分ということになる。・・・したがって,被告物
件1,2のような加工がなされていれば,その旨の記載・報告がなされなければならない。
このような記載・報告がないのは,検査の結果問題はないと考えたか,きちんと検査をしな
かったかのいずれかであり,いずれにしろ,被告には過失がある。
[被告の主張]
原判決が,被告の過失推定を覆滅しないと判断する前提として認定した事実関係には,誤
りがある。事実関係が正しく認定されれば,被告の過失推定は覆滅される。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、要約、下線付加)
(1) 被告は,過失推定の覆滅事由として,被告が,管渠築造工事の完了ごとに,一般的な形
状のインバートであることを確認した上で,引渡しを受けていたこと,被告が,インバート
を適切に管理してきたこと,原告又は原告の関係者が,一般的な形状のインバートを,本件
特許権を侵害する態様に施工したことを主張する。
特許法 103 条にいう「侵害」とは,特許権者又は使用権者以外の第三者が,特許発明を実
施することであり,物の発明の場合の実施とは,具体的には,その物の生産のみならず使用
も含まれる。本件発明は,マンホール用のインバートに関する発明であるから,被告は,本
件発明の技術的範囲に含まれるインバートを生産した場合はもちろんのこと,本件発明の技
術的範囲に含まれるインバートを使用した場合も,本件特許権を侵害したことになる。・・・
被告は,かかる被告物件1及び2の使用行為についての過失が推定されることになる。そし
て,特許法 103 条で推定されている過失とは,特許権侵害の予見義務又は結果回避義務違反
のことを指すから,過失推定の覆滅事由としては,特許権の存在を知らなかったことについ
て相当の理由があるといえる事情,自己の行為が特許発明の技術的範囲に属さないと信じる
ことについて相当の理由があるといえる事情などが挙げられる。
(2) まず,被告は,過失推定の覆滅事由として,管渠築造工事の完了ごとに,一般的な形状
のインバートであることを確認した上で,引渡しを受けていたことを主張する。これは,自
己の行為が特許権を侵害しないと信じることについて相当の理由があるといえる事情を指摘
するものと解される。しかしながら,かかる主張は,被告が,被告物件1及び2の施工時に
おいて,十分な注意を払っていたこと,すなわち,特許発明の生産時における過失の覆滅事
由を指摘するものにすぎず,その後の使用時における過失の覆滅事由とはいえない。なぜな
らば,被告物件1及び2が,一旦,本件特許を侵害しない態様で施工されたとしても,その
後,仕様が変更され,本件特許を侵害する可能性があるからである。生産の時点で,特許侵
害の有無を確認していれば,その後の使用期間中は,一切注意を払う必要がないとはいえな
い以上,その後,被告が生産時の確認をもって,その後の使用時に特許侵害がないと信じた
としても,これを正当化することはできない。
(3) 次に,被告は,インバートを適切に管理してきたと主張する。・・・(中略)・・・被告物
件1及び2の管渠築造工事完了後から,被告物件1及び2がそれぞれ別紙の状況であること
が確認された平成24年までにおいて,被告が,地域を限定して実施した小規模な平成19
年調査以外に,インバートの形状の確認及び保全のための具体的措置を講じた形跡はない。
また,被告は,原告から,特許権侵害の疑いを指摘された後も,インバートの形状の調査に
消極的な姿勢を示し,特許権侵害の有無の全面的な調査をせず,3年経過後も特許権侵害の
有無を確定的に判断する立場にはないと表明するなど,自主的に,インバートの形状の変更
の有無の確認作業をしなかったと認められる。このように,被告は,被告物件1及び2の施
工後,その使用期間中,平成19年調査以外に確認及び保全的措置を全く行っておらず,原
告による特許権侵害指摘後も長期間確認等の調査をしなかった以上,被告が,被告物件1及
び2の使用について,施工時の確認のみで,その後の侵害がないと信じることに相当な理由
があると認められるものではない。なお,被告は,被告物件1及び2についてモルタル加工
部分を撤去したり,被告物件1について石川県警察金沢中央警察署へ被害通報したりしてい
るが,前者は,特許権侵害発覚後の是正措置,後者は,将来的な特許権侵害の再発防止措置
を講じたものにすぎず,いずれも,特許権侵害状態での使用よりも後の時点の事情であり,
使用に特許権侵害がないと信じたことを正当化する理由とはいえない。
(4) さらに,被告は,過失の推定の覆滅事由として,原告ないし原告の関係者が本件特許権
侵害の状態を作出したとも主張する。このような事情が認められるのであれば,被告による
特許権の侵害が認められないのは当然である。しかしながら,被告が,主張する根拠は,原
告が,被告市内に多数あるマンホールのインバートの中から,被告物件を特定できた点が不
自然であるという点に尽きる。この点について,原告は,被告物件1を特定できた事情に関
し,・・・疑問を差し挟む余地がないわけではない。しかしながら,・・・,原告の被告物件
1の特定の経過だけを理由として,本件特許を侵害する施工工事の主体が原告ないし原告の
関係者と推認することはできない。したがって,過失の推定を覆滅することはできない。
[コメント]
特許法 103 条の過失は、特許権侵害の予見義務又は結果回避義務違反であり、被告の主張
として、特許登録後特許公報発行前の実施、実施前の特許調査や専門家の鑑定書による反論
があるが、これまで過失の推定の覆滅が認められている例はほとんどない。本件では、事実
関係から被告の特許権侵害の調査に対する消極的な姿勢から、このような反論可能性以前の
問題であるように思われる。

平成27年(ネ)10011号「マンホール用のインバート」事件

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