IP case studies判例研究

平成26年(ネ)第10045号「ポリイミドフィルムおよびそれを基材とした銅張積層体」事件

名称:「ポリイミドフィルムおよびそれを基材とした銅張積層体」事件
特許権侵害差止請求控訴事件
大阪地方裁判所: 平成26年(ネ)第10045号、判決日: 平成27年4月28日
判決:控訴棄却(原審:請求棄却)
特許法29条1項、2項
キーワード:公然実施、進歩性
[概要]
材料の特性をパラメータ等で規定した特許発明(材料及び用途の発明)について、被告製
品の公然実施の有無と進歩性等が争われた結果、被告製品が公然実施され、刊行物との組合
せにより進歩性がないため、本件特許は無効であると判断された原審判決が、高裁でも維持
された事案。
[本件特許発明]
【本件発明1】(構成要件に分説)
1A1: パラフェニレンジアミン、4,4’-ジアミノジフェニルエーテルおよび3,4’
-ジアミノジフェニルエーテルからなる群から選ばれる1以上の芳香族ジアミン成分と、
1A2: ピロメリット酸二無水物および3,3’-4,4’-ジフェニルテトラカルボン酸
二無水物からなる群から選ばれる1以上の酸無水物成分と
1A3: を使用して製造されるポリイミドフィルムであって、
1B: 該ポリイミドフィルムが、粒子径が0.07~2.0μmである微細シリカを含み、
1C1: 島津製作所製TMA-50を使用し、測定温度範囲:50~200℃、昇温速度:
10℃/minの条件で測定したフィルムの機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMDが1
0ppm/℃以上20ppm/℃以下の範囲にあり、
1C2: 前記条件で測定した幅方向(TD)の熱膨張係数αTDが3ppm/℃以上7pp
m/℃以下の範囲にあり、
1D: 前記微細シリカがフィルムに均一に分散されているポリイミドフィルム。
【本件発明2】
2A1~2Dは、1A1~1Dと同じ、
2E: この上に厚みが1~10μmの銅を形成させた銅張積層体を有する
2F: ことを特徴とするCOF用基板。
[争点]
争点(1)④(ア):本件発明1に係る特許について新規性の欠如
争点(2)⑤(ア):本件発明2に係る特許について進歩性の欠如
他の争点:裁判所で判断していないため省略。
[裁判所の判断]
被控訴人は、平成14年3月10日頃から平成15年4月2日までの間に、PPDと、B
PDAを使用して製造されるポリイミドフィルムであって、該ポリイミドフィルムが、遠心
沈降法で測定した粒度分布から算出した平均粒子径が0.09~0.11μmであるコロイ
ダルシリカを含み、摩擦係数が0.5前後であって、セイコー電子株式会社製TMAを使用
し、測定温度範囲:35~370℃、昇温速度:20℃/minの条件で測定したフィルム
の機械搬送方向(MD)の熱膨張係数αMDが10.1~14.4ppm/℃であり、前記
条件で測定した幅方向(TD)の熱膨張係数αTDが3.2~7.0ppm/℃であり、前
記コロイダルシリカがフィルムに均一に分散されているポリイミドフィルムに係る発明(以
下「先行発明」という。)を順次完成させたものと認められる。
控訴人は、先行製品は1ロットの中ですら、αMDが10ppm/℃未満であったり、α
TDが7ppm/℃超であったりして、本件発明1の構成要件1C1及び2と一致しないも
のであり、被控訴人が先行発明を完成させていないことは、①被控訴人やその譲渡先が公表
していたウェブサイト、論文等に先行発明に関する記載がないこと、②厚さ約35μmのポ
リイミドフィルムについては、αTDをαMDと等しくしたものとαMDより低くしたもの
に別の名称を付しているのに対し、厚さ25μmの先行製品については、別の名称を付して
いないこと、③被控訴人がαTDをαMDより低くしたポリイミドフィルムに関する発明を
特許出願したのは、平成20年6月であること、から明らかである旨主張する。
被控訴人は、平成14年3月10日頃から平成15年4月2日までの間に、先行発明の技
術的範囲に属する28本の先行製品を反復継続して製造しているのであるから、1ロットの
中に本件発明1の構成要件1C1及び2と一致しないものが含まれ、あるいは製品ごとに熱
膨張係数についてTD及びMDにそれぞればらつきがあるからといって、それだけでは、先
行発明が完成していないことになるものではない。
上記①及び②については、被控訴人は、平成14年1月頃から、COF用基板の狭ピッチ
化に対応すべく、COF用基板に使用する熱膨張係数の低いポリイミドフィルムを銅張積層
体メーカーと共同開発するために、αTDをαMDより低くした先行製品を製造していたの
であるから、被控訴人やその譲渡先が公表していたウェブサイト、論文等に先行発明に関す
る記載がなく、また、先行発明の技術的範囲に属する先行製品に別の名称を付していないと
しても、そのこと自体、格別不自然であるということはできない。また、上記③については、
証拠(甲15)によれば、被控訴人が平成20年6月に特許出願した発明は、αTDをαM
Dより低くしたポリイミドフィルムの連続製造方法に係る発明であって、上記ポリイミドフ
ィルムに係る発明ではないことが認められる。
被控訴人や上記銅張積層体メーカーが当該譲渡について相互に守秘義務を負っていたこと
を認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告は、本件優先日(平成16年3月30日)
前に、先行発明のうちαTDが3.5ppm/℃以上のものを公然と実施したものというこ
とができる。
一方、本件発明2と上記先行発明との相違点は、本件発明2が「ポリイミドフィルムの上
に厚みが1~10μmの銅を形成させた銅張積層体を有することを特徴とするCOF用基
板」であるとの構成要件2E及び2Fに係る構成を有するのに対し、先行発明が上記構成を
備えていない点である。
本件刊行物には、「ポリイミドフィルムを基材とし、この上に厚みが8μmの銅を形成させ
た銅張積層体を有するCOF用基板」という発明(以下「本件刊行物発明」という。)が記載
されていると認められる。
先行発明と本件刊行物発明は、COF用ポリイミドフィルムとこれを基材としたCOF用
基板という密接に関連した技術分野に属するから、当業者は、先行発明に本件刊行物発明を
容易に組み合わせ、これにより、前記相違点に係る本件発明2の構成に想到することができ
たものと認められる。
控訴人は、この点について、本件優先日当時、COF用基板には等方性ポリイミドフィル
ムを用い、しかも両方向の熱膨張係数は銅層に近づけることが、当業者の技術常識であり、
TDの熱膨張係数をガラスやシリコンに近づけた異方性ポリイミドフィルムを用いるには、
阻害事由があったことなどを主張する。甲31の1~6によれば、本件優先日当時、汎用の
回路基板用ポリイミドフィルムの物性は、等方性が好ましいとされていたことが認められる。
しかし、熱膨張係数に異方性のあるポリイミドフィルムを使用することができないとの技
術常識があったことを認定する証拠はない。
また、シリコンの熱膨張係数が約4ppm/℃であること(甲18の405頁)、液晶基板用
ガラスの熱膨張係数が通常約4~5ppm/℃であること(甲19の40頁Table2)、銅
の熱膨張係数が約16ppm/℃であること(甲18の944頁)は、いずれも本件優先日当
時の技術常識というべきであるから、公然実施された先行発明をCOF用基板として使用し
たときに、MDのカールが防止されるとともに、TDでは狭ピッチ配線を可能にするとの効
果も、当業者が予測できない格別顕著な作用効果ということはできない。
また、本件刊行物の356頁には、熱膨張係数が9.0ppm/℃の先行製品を基材とし
たCOF用基板を開発した旨の記載があるが、この記載は、基材とするポリイミドフィルム
の一例を挙げる趣旨にすぎないことが認められるから、本件刊行物発明に先行発明との組合
せを阻害する事由があるということはできない。
本件発明2は、先行発明に本件刊行物発明を組み合わせることにより、当業者が容易に想
到することができた発明であるから、本件発明2に係る特許は、特許無効審判により無効に
されるべきものである。
[コメント]
本件特許は、無効審判の審決取消訴訟(別件)において、サポート要件違反を理由として、
無効不成立審決が取り消されている。本件は、この特許権に基づく侵害訴訟において、新規
性なし及び進歩性なしとの無効の抗弁が、原審及び控訴審で認められたものである。
被告が出願日前に特許に係る発明を完成させている場合、先使用の抗弁も主張可能である
が、これが公知である場合には、公然実施およびそれに基づく進歩性なしによる無効の抗弁
が有効となる。
製品の譲渡行為があった場合、両者間で秘密保持契約があれば、公然実施とならないが、
本件では、秘密保持契約の存在が立証されず、公然実施が認められた。公然実施と刊行物と
の組合せについても、製品が特許に係る用途を意図して製造されたものであったため、組合
せが容易であると判断された。原告は阻害要因がある旨の反論をしたが、阻害要因があると
まで認められなかったので、進歩性が否定された。

平成26年(ネ)第10045号「ポリイミドフィルムおよびそれを基材とした銅張積層体」事件

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