IP case studies判例研究

昭和44年(ネ)575号「ファスナー」事件

名称:「ファスナー」事件
特許権侵害差止等請求事件
大阪高等裁判所:昭和 44 年(ネ)575 号 判決日:昭和 47 年 6 月 26 日
判決:請求認容(原判決取消)
特許法70条
キーワード:均等,置換容易、置換可能、作用効果
[概要]
イ号におけるキノコ型小片は、本件特許発明における鉤と均等であるとして、侵害を認め
た原審に対して、置換可能性と置換容易性を否定して原判決を取り消した事例。
[特許請求の範囲]
(1)互に引懸けられる様になつている鉤止部材を備えた二個の支持体にて形成された二個
の可撓性部分を連結するフアスナーに於て
(2)該支持体の一方はその表面上に多数の鉤を備え、
(3)他の支持体はその表面上に多数のループを備えた事を特徴とするフアスナー
[イ号の構成]
(1)互に引懸けられる様になつている鉤止部材を備えた二個の布製支持体からなるフアス
ナーである。
(2)支持体の一方には、その表面に、合成樹脂材のモノフイラメントをその両端が表面に
突出するように織込みその突出部の先端にキノコの傘形の膨頭部を形成したキノコ型の小片
を多数備えている。
(3)他の支持体はその表面に、合成樹脂材料のマルチフイラメントからなるジグザグ状に
配列して形成し多数のループを分織し支持体表面に群生するようになした細い繊維からなる
ループを備えている。
[控訴人(原審被告)の主張]
イ号のキノコ型小片はキノコ頭部に方向性がないから、あらゆる方向に係合の機会があり、
ループと係合する割合が大きく、その係合力は、実験の結果、本件特許の最も優れた同種の
実施品に比較して六倍強の強さを示し、格段にまさつている。このように両者は作用効果に
おいて著しい相違があるのみならず、本件特許出願優先日当時において当業者が両者の置換
可能性を推知することは不可能である。
[被控訴人(原審原告)の主張]
特許発明の鉤とイ号のキノコ型小片とは同一の機能を有しその作用効果を同じくし、出願当
時の当業者において容易に置換可能を類推できたから、キノコ型小片は鉤と均等物である。
[裁判所の判断]
(特許発明の技術的思想)
一方支持体の鉤止部材に連続した係合面を形成する多数のループを採用したことはすぐれた
着想というべきである。他方の支持体の鉤止部材である鉤そのものは、・・・公知となつた鉤
と異るところはない。本件特許発明においてループに対応する他方支持体の鉤止部材として
発明者が意図したものは多数の「鉤」に限られ、その技術思想が上位概念である多数の「ル
ープを引つかけるもの」にまで及んでいたものとは解しがたい。
(イ号との対比)
ループの解釈
請求の範囲はループについてなんらの限定をしていない。前述の本件特許発明の技術思想
に照してもループが特定の形状、配置をとらなければならない必然性は認められない。
特許発明における鉤とイ号のキノコ型小片
請求の範囲の記載によると、「鉤」はループを引つかける機能を有するものとして鉤止部材に
採用されていることが明らかであるが、特許公報の図面には「鉤」として先端がわん曲した
形状のものが示されているだけで、明細書中には「鉤」の形状等について特別の説明がない。
→普通当業者が理解するところにより定めるべき。
・・・(辞書等によれば)・・・「鉤」という用語は通常「先の折れ曲つたもの」とか「先端の
屈曲した器具の総称」を意味する。
通常「鉤」の用語から観念される「先の折れ曲つたもの」というその形状を全く無視するこ
とはできない。キノコ型小片は後述するようにループを引つかける機能を有してはいるが、
その形状、外観からみて一般にこれを「鉤」と称することはできない。
・・・(過去の公報によれば)・・・フアスナーの技術分野においても先の折れ曲つたもので
なければ概ね「鉤」とよばれていないことが認められる。
∴イ号のキノコ型小片は本件特許発明における「鉤」にあたらない。イ号は本件特許発明の
技術的範囲に属さない。
均等について
一般に均等物、均等方法であるというためには、当該物または方法が他の特許発明の構成要
素と機能を同じくし、これを取換えてみても作用効果が同一であり、かつ特許出願当時の当
該技術分野における平均的水準の専門家にとつて右置換可能を容易に類推できる場合でなけ
ればならない。
<ループに対する係合、離脱の原理>
(顕微鏡写真等から判断)ループ中への没入、分離に対する抵抗、ループ係止点から支持
点の間の部分で変形、一定角度以上でひっかかりを解き分離される、係合が解かれた後に弾
性で原形に復帰、・・・など、ループとの係合、離脱のメカニズムにおいて同一の原理にした
がう。
(キノコ型小片と鉤の作用効果)
本件特許の実施品における鉤は先端が下方に向つてわん曲した繊条であるから、ループと
係合する方向はその先端のわん曲した方向に限られ、その背面方向についてはなんらの作用
を営みえない。
キノコ型小片はその頭部が半球形状の笠形をなし、その直径が茎部より大きいから、あら
ゆる方向のループと係合しうる可能性がある。
したがつてキノコ型小片は本件特許実施品の鉤に比して係合の割合が多く、スライドさせ
ようとする外力に対して示す抵抗力も右鉤の場合に比して増大する。
・・・(テスト結果によると)・・・イ号は実施品の六倍強の強さを有する。
→本件特許発明の鉤とイ号のキノコ型小片とは作用効果において著しい相違があり、これ
を置換しても同効とはいいがたい。
(容易類推可能性)
本件特許出願6年前に・・・(発明者が同じスイス特許で)・・・「鉤」と「鉤」を引つかけ
あう方式のほか「球又はその他のふくらみ」同志をはまりこませる方式の面フアスナーの発
明を開示している。
本件特許発明においては、ループと係合すべき鉤止部材に「鉤」をあげているだけで、「球
又はその他のふくらみ」を鉤止部材とする意図は全くうかがうことができない。
発明者においてはめこみ方式の鉤止部材がループとの係合に適しないと考えていたことを
推知させる。
キノコ型小片はその形状からして前記の「拡大部分を有する尖頭」「球又はその他のふくら
み」の系列に属すると考える。
本件特許出願後五年を経た一九六二年一〇月の出願にかかる面フアスナーの発明において、
初めてキノコ型小片がループに対応する鉤止部材として採用された。
以上の事実から、同じ面フアスナーの分野であつても、はめこみ方式と引つかけ方式とで
は係合、分離の原理を異にすることを考え合わせると、本件特許出願者優先日当時において、
本件特許発明の鉤とキノコ型小片との置換可能性を当業者が容易に推考しえたとはたやすく
断じがたい。
イ号におけるキノコ型小片が本件特許発明における鉤と均等であるとの被控訴人の主張は
採用できない。

昭和44年(ネ)575号「ファスナー」事件

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