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平成30年(行ケ)第10108号「重金属類を含む廃棄物の処理方法」事件

名称:「重金属類を含む廃棄物の処理方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10108号 判決日:令和元年10月2日
判決:審決取消
条文:特許法29条2項
キーワード:進歩性
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/951/088951_hanrei.pdf
[事案の概要]
仮に主引用発明に副引用発明を適用したとしても、相違点に係る「前記重金属類が閉じ込められた5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)構造」が「前記有機系廃棄物の固形物上に」「層」として「形成」されるとの構成には至らないという理由により、審決における容易想到性の判断が誤りであるとして、本件発明の進歩性を否定した審決が取り消された事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2014-508992号)に係る拒絶査定不服審判(不服2016-15650号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本願発明]
【請求項2】
開閉自在の排出口を有するとともに閉鎖空間を有する密閉容器の内部に、固形状の有機系廃棄物および重金属類を含むスラリー状または固形の有機系廃棄物、および前記有機廃棄物の炭化処理中に少なくとも前記重金属類を5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)構造中に封じ込めるための5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)が形成されるのに十分な量のCa成分原料およびSiO2成分原料を収容させる工程と、
前記固形状の有機系廃棄物を粉砕しながら、前記Ca成分原料およびSiO2成分原料と撹拌混合する工程と、
密閉容器内に収容され、前記撹拌手段により粉砕、混合されつつある前記固形状の有機系廃棄物およびCa成分原料およびSiO2成分原料に、高温高圧の水蒸気を噴射して処理し、前記重金属類が閉じ込められた5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)構造の層を前記有機系廃棄物の固形物上に形成するための高温高圧の水蒸気を噴出する工程と、
処理後に密閉容器内の蒸気を冷却して、前記重金属類の水溶性化合物を含む処理された液体とするための工程と、
前記重金属類の水溶性化合物を含む処理された液体と前記重金属類が封じ込められたトバモライトを含む処理された廃棄物とを分離回収する工程とを備えたことを特徴とする重金属類を含む廃棄物の処理方法。
[審決]
ii)ここで、・・・(略)・・・、廃棄物の処理にあたり、重金属が溶出しないよう処理することは法律で義務づけられており、・・・(略)・・・、廃棄物の処理にあたり、重金属の溶出防止を行うことは周知技術であるといえる。
・・・(略)・・・
そうであれば、その手段として、重金属の溶出を抑制する不溶化処理に関する技術である引用例2に記載の上記技術手段を採用することに、格別の困難性は見いだせない。
iii)・・・(略)・・・引用発明において、引用例2に記載の技術手段を適用するにあたり、重金属を含む有機系廃棄物とCa成分原料およびSiO2成分原料を十分に混合し、水熱反応が万遍なく全体に行われるようにすることは、当然に予定されることにすぎない。
したがって、引用発明に引用例2に記載の技術手段が適用されれば、引用発明の処理温度圧力は引用例2に記載の技術手段と重複するから、水熱反応の結果として「固形状の有機系廃棄物およびCa成分原料およびSiO2成分原料」から生成された「前記重金属類が閉じ込められた5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)構造」が「前記有機系廃棄物の固形物上に」いくらかでも「層」として「形成」されて、重金属の溶出抑制を図ることができるものになるとみるのが妥当である。
[主な取消事由]
1.進歩性判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(3) 相違点2’の容易想到性について
ア 動機付け
(ア) 技術分野の関連性について
引用発明は、「医療系廃棄物、家庭廃棄物、産業廃棄物等に含まれる有機系廃棄物を高温高圧の蒸気を用いて処理し、処理後には、処理した廃棄物と液体とを分離した状態で取出せる…液体分離回収方法」に関するものである(甲1【0001】)。
他方、甲2技術は、「重金属を含有する土壌や焼却灰」のような「廃棄物」の「水熱処理」を行うものである(甲2【0004】、【0005】)。
そうすると、両者の技術分野はいずれも水熱反応を利用した廃棄物の処理に関するものであり、互いに関連するものといえる。
(イ) 課題の共通性について
a ・・・(略)・・・
これらの記載によれば、産業廃棄物に限らず、土壌、肥料、水、焼却灰、家畜の糞尿、工場排水、工場や工事の汚泥、下水や生活排水汚泥、都市ゴミ、魚介類残渣等の種々の廃棄物が有機系廃棄物とともに重金属を含んでいること、廃棄物に含まれる重金属を放置すると、堆肥等として使用することもできなくなるばかりか、その拡散による弊害が大きな社会問題として指摘されていること、廃棄物の焼却時に発生する煤塵や焼却灰の処分には、飛散を防止するため、加湿処理、固形化、あるいは海洋投棄が行われてきたが、海洋投棄する場合には、セメントなどによって固定化するとともに、重金属が溶出しないように処理することが法律に定められていることは、本願出願時において周知の事項であったものと認められる。
そうすると、引用発明において処理の対象となる「有機系廃棄物」にも、重金属が含まれ得ること、及びその溶出を防止することは、引用発明が属する技術分野において、当業者が当然に考慮すべき課題であると認められ、処理後の廃棄物と液体との分離に焦点を当てた引用例1にそのことが明示的に記載されていなくても、引用発明の自明の課題として内在しているものというべきである。
b 他方、甲2技術は、金属を含有する廃棄物の水熱処理の際に発生する重金属を含有する排水を、排水処理設備を設けることなく、処理することができる廃棄物の処理方法および処理装置を提供することを目的とするものであり(【0005】)、シリカとカルシウム化合物とを反応させ、トバモライトなどの結晶性カルシウムシリケートを発生させることによって、「重金属は、内部に閉じこめられ(固定化され)、外部への溶出が抑制されるようになる」(【0031】)というものであるから、水熱処理後の重金属含有排水からの重金属の溶出を防止することを課題とするものである。
c そうすると、引用発明と甲2技術とは、廃棄物中の重金属の溶出を防止するという点で、解決すべき課題が共通するものといえる。
(ウ) 作用・機能の共通性について
引用発明は、閉鎖空間を有する密閉容器内に有機系の廃棄物を収容して、固形状の有機系廃棄物を破砕しつつ撹拌し、高温高圧の蒸気を噴出して炭化させるものであるところ、水熱処理の条件として、「温度180~250℃、圧力15~35atm程度(判決注:1.5~3.5MPa)」(【0040】)との開示がある。
一方、甲2技術は、水熱処理によりトバモライトなどの結晶性カルシウムシリケートを形成させるものであるところ、水熱処理の条件として、「130~300℃程度での飽和蒸気(判決注:同温度での飽和蒸気圧を計算すると0.28~9.41MPa)」(【0034】)との開示がある。
そうすると、引用発明では有機物が炭化されるのに対し、甲2技術では、トバモライト結晶が形成されるのであって、水熱反応によって起こる現象が異なるから、引用発明に甲2技術を組み合わせる動機となるような、作用・機能の共通性は認められない。もっとも、水熱処理における温度・圧力の条件自体は重複している以上、組合せを阻害する要因となるものでもないと解される。
(エ) 以上によれば、引用発明と甲2技術とは、廃棄物の水熱処理という技術分野において関連性があり、廃棄物から重金属の溶出を防止するという課題が共通しているということができる。
イ 引用発明への甲2技術の適用
しかしながら、仮に引用発明に甲2技術を適用しても、甲2には、前記有機系廃棄物の固形物上にトバモライト構造が層として形成されることの記載はないから、相違点2’に係る「前記重金属類が閉じ込められた5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)構造」が「前記有機系廃棄物の固形物上に」「層」として「形成」されるとの構成には至らない。
この点につき、本件審決は、引用発明に甲2技術が適用されれば、「前記重金属類が閉じ込められた5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)構造」が「前記有機系廃棄物の固形物上に」いくらかでも「層」として「形成」されて、重金属の溶出抑制を図ることができるものになる旨判断し、被告は、生成した造粒物の表面全体をトバモライト結晶層で覆うことになるのは当業者が十分に予測し得ると主張する。しかしながら、特開2002-320952号公報(甲8)にトバモライト生成によって汚染土壌の表面を被覆することの開示があるとしても(【0028】、図1。図1は別紙甲8図面目録のとおり。)、かかる記載のみをもって、トバモライト構造が「前記有機系廃棄物の固形物上に」「層」として「形成」されることが周知技術であったとは認められず、被告の主張を裏付ける証拠はないから、引用発明1に甲2技術を適用して相違点2’に係る本願発明の構成に至るということはできない。』
[コメント]
本判決では、2つの引用発明を組み合わせて本件発明の進歩性を否定していた審決が取り消されている。より具体的には、相違点2’に係る「前記重金属類が閉じ込められた5CaO・6SiO2・5H2O結晶(トバモライト)構造」が「前記有機系廃棄物の固形物上に」「層」として「形成」されるとの構成について、仮に主引用発明に副引用発明である甲2技術を適用したとしても相当しないと判示している。本判決では審決における一致点(および相違点1、2)の認定についても誤りであるとされているが、その審決における一致点の認定および容易想到性の判断においてやや強引に後知恵的な認定が重ねられていたようにもみえる。
以上
(担当弁理士:東田 進弘)

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