IP case studies判例研究

平成29(行ウ)第253号「屋根材の縁切り部材」事件

名称:「屋根材の縁切り部材」事件
特許料納付書却下処分取消請求事件
東京地方裁判所:平成29(行ウ)第253号 判決日:平成29年11月29日
判決:請求棄却
特許法112条の2第1項
キーワード:期間徒過に係る正当な理由
[概要]
 第4年度分から第5年度分特許料納付の追納手続きで正当な理由が認められず手続却下処分されたことに対する処分取消請求が棄却された事例。
[事件の経緯]
(1)特許第4761196号に係る特許権(以下「本件特許権」という。)の特許権者であった原告が、特許法112条1項規定の特許料追納期間中に特許料及び割増特許料(以下、併せて「特許料等」という。)を納付しなかったため同条4項により消滅した。
(2)平成27年12月9日、特許法112条の2第1項の規定に基づき第4年分及び第5年分の各特許料等を納付する旨の納付書(以下「本件納付書」という。)を提出し、平成27年12月16日に回復理由書を提出した。
(3)平成28年6月7日、特許庁長官は、第4年分の特許料等に係る部分については、本件追納期間内に特許料等を納付することができなかったことについて正当な理由があるとはいえないから法112条の2第1項に規定する要件を満たしていない、第5年分の特許料等に係る部分については第4年分の特許料等の追納が認められないために本件特許権は消滅しているから認められない旨の理由を記載した却下理由通知をした。
(4)原告は、特許庁長官に対し、平成28年8月10日付けで弁明書を提出した。
(5)特許庁長官は、同年9月9日付けで、法18条の2第1項の規定により本件納付書の提出手続を却下した。
(6)原告は、平成29年3月14日、水戸地方裁判所に対し、本件却下処分の取消しを求める本件訴えを提起した。水戸地方裁判所は、同年5月24日、本件を当庁に移送する旨の決定をした。
 原告は、特許法112条の2第1項にいう「特許料を追納することができる期間内に…特許料及び割増特許料を納付することができなかつたことについて正当な理由」があり、本件却下処分には同条項の解釈適用を誤った違法があるとしてその取消しを求めた。
(7)東京地裁は、原告の請求を棄却した。
[争点]
(1)期間徒過について「正当な理由」(法112条の2第1項)があるか。
[原告の主張]
 ア 事実経過の概要
 原告は、特許出願書類等一式を包袋に入れ、特許登録となった場合には、特許証と共に送付される特許料納付期限日の書面を同包袋の表面に添付し、原告補佐人弁理士が所属する特許事務所(以下「本件特許事務所」という。)から送付されてくる特許料納付に係る案内通知も参照するなどして、厳格に特許料の納付期限を管理しており、いままで特許料の納付期限を徒過したことはなかった。ところが、平成23年3月に発生した東日本大震災により、出願書類一式を入れた包袋が保管されていた原告の自宅が被災した。原告は、同人が代表者を務める会社の業務が多忙であり、直ちに自宅を片付けることができなかった。そのような状況にあったので、原告は、同年7月頃に本件特許事務所から送付されてきたであろう本件特許権に係る特許証及び特許証納付期限日の書面を受領した記憶がない。
原告は、自宅の片付けを第三者に依頼して行ったが、その際、当該第三者が本件特許権に係る包袋を紛失してしまったようである。更に、本件特許事務所が管理していた管理データから本件特許権に関するデータが欠落していたので、本件特許事務所からの本件特許権の特許料納付に係る案内通知も届かなかったし、本件特許事務所が原告の依頼を受けて作成した原告及び同人が代表者を務める会社に係る知的財産権(出願段階のものを含む。)の一覧表にも、本件特許権に係る情報のみが欠落していた。このような事象が偶発的に重なり合ったために、原告は、本件追納期間内に第4年分の特許料等を納付できなかったものである(本件期間徒過)。そして、原告は、本件期間徒過の事実を初めて認識した平成27年12月9日の当日中に、本件納付書を提出したものである。
 イ 「正当な理由」があること
 原告は、自ら包袋により書類を管理することにより、特許料の納付期限を厳格に管理していた。原告は、東日本大震災の発生後、混乱と多忙の中、自宅の片付けを第三者に依頼したが、当該第三者には自宅内に特許関係の重要な書類があることを注意喚起したし、更には本件特許事務所に依頼して権利の一覧表を作成させた。第三者が包袋を紛失することや、本件特許事務所の管理データから本件特許権に関するデータが欠落することなどは、原告にとっては予期できないことであった。そうすると、原告は、本件特許権について特許料の納付期限を徒過することがないようにするための相応の措置を講じていたというべきであり、それにもかかわらず本件期間徒過に至ったことについては「正当な理由」(法112条の2第1項)があるというべきである。このように解釈することは、平成23年法律第63号による改正により、「その責めに帰することができない理由」とあったのを「正当な理由」として、法112条の2第1項による救済を認める要件を緩和した趣旨にも沿うところである。
[裁判所の判断](筆者に適宜抜粋)
『1「正当な理由」の意義について
 法112条の2第1項は、法112条4項の規定により消滅したものとみなされた特許権の原特許権者は、同条1項の規定により特許料を追納することができる期間内に特許料等(特許料及び割増特許料)を納付することができなかったことについて「正当な理由」があるときは、経済産業省令で定める期間内に限り、その特許料等を追納することができると規定する。
 これは、平成23年法律第63号による改正前の法112条の2第1項が、期間徒過後に特許料等を追納できる場合を、原特許権者の「責めに帰することができない理由」により追納期間内に特許料等を納付できなかった場合と規定していたところ、国際調和の観点から、当時我が国は未加入ではあったが、特許法条約の規定にならい、柔軟な救済を可能とすることを目的としたものと解される。具体的には、特許法条約が、手続期間を徒過した場合の救済を認める要件として、「Due Care(いわゆる『相当な注意』)を払っていた」又は「Unintentional(いわゆる『故意ではない』)であった」のいずれかを選択することを認めていたところ、平成23年法律第63号による改正においては、救済に要する手数料を従前どおり無料とすることを前提に、第三者の監視負担に配慮しつつ実効的な救済を確保できる要件として前者、すなわち「Due Care(いわゆる『相当な注意』)を払っていた」を採用し、条文の文言としては、特許料等を納付することができなかったことについて「正当な理由があるとき」と規定したものである。
 そうすると、法112条の2第1項にいう「正当な理由があるとき」とは、原特許権者(その手続を代理する者を含む。)において、特許料等の追納期間の徒過を回避するために一般に求められる相当な注意を尽くしていたにもかかわらず、客観的な事情によりこれを回避できなかったときをいうものと解するのが相当である。
2 「正当な理由」の有無について
・・・(略)・・・原告は、原告自らが特許出願書類等一式を包袋に入れ、特許登録となった場合には、特許証と共に送付される特許料納付期限日の書面を同包袋の表面に添付して、特許料の納付期限を管理していたところ、東日本大震災により自宅が被災し、その片付けを依頼した第三者において本件特許権に係る包袋を紛失したと主張する。しかし、これらの事実を認めるに足りる的確な証拠はない。かえって、証拠(甲2)によれば、原告は、その保有する特許権について、納付期限に先立って、本件特許事務所から「特許権継続料金納付のお知らせ」と題する書面を受領し、同事務所に納付手数料を支払って特許料の納付を依頼していることが認められるから、原告は、本件特許事務所に特許料の納付期限の管理を委ねていたことがうかがわれる。
 次に、証拠(甲2)によれば、本件特許事務所は、本件納付期間内である平成26年6月10日頃、原告及び同人が代表者を務める会社が有する特許権、実用新案権、商標権及び特許出願を一覧とした表を作成したことが認められ、同一覧表には本件特許権の情報が掲載されていないから、同日頃、本件特許事務所において、本件特許権の情報を把握できていなかったものと認められる。しかるところ、特許料の納付期限を管理する特許事務所としては、特許料等の納付期限徒過により特許権が消滅することを回避するため、顧客の保有する特許権に係る特許料等の納付期限を適切に管理すべきところ、本件特許事務所はこれを怠り、本件特許権の情報を把握しないまま原告に「特許権継続料金納付のお知らせ」と題する書面を送付しなかったものである。更に、上記のとおり、本件特許事務所は、本件納付期間中の平成26年6月10日頃、原告及び同人が代表者を務める会社が保有する特許権等の一覧表を作成しており、この作成に際して特許情報プラットフォームを参照することなどによって、容易に本件特許権の存在を覚知することができたといえるから、このような確認を怠り、本件特許権の存在を把握できなかった本件特許事務所において、本件期間徒過を回避するために一般に求められる相当な注意を尽くしていたということはできない。
 原告は、本件特許事務所の管理データから本件特許権に関するデータが欠落することは、原告にとっては予期できないことであったと主張するが、特許事務所に依頼して特許料等の納付期限を管理する場合であっても、特許権者が特許料等の納付期限の徒過を回避すべき注意義務を免れるものではない。特許事務所において人的過誤により顧客の保有する特許権を把握できないことは、起こり得ることである上、原告は、本件特許権に係る発明の発明者であり、第1年分ないし第3年分の特許料を納付しているのであるから、仮に本件特許権に係る書類等を紛失したとしても、特許情報プラットフォームを参照することなどにより、本件特許権の存在を覚知することができたといえ、やはり本件期間徒過を回避するために一般に求められる相当な注意を尽くしていたということはできない。
(3)以上のとおり、本件期間徒過については、特許権者であった原告及びその手続を代理する者である本件特許事務所のいずれについても、本件期間徒過を回避するために一般に求められる相当な注意を尽くしていたとは認められないから、法112条の2第1項にいう「正当な理由」があるものということはできない。原告は、東日本大震災により原告の自宅が被災したなど、その余の事情も主張するが、原告の自宅の被災状況は証拠上明らかではない上、原告は、東日本大震災の発生後である平成23年5月26日に本件特許権に係る第1年分ないし第3年分の特許料を納付しているのであるから、震災が本件期間徒過の原因になったとは認め難く、原告が主張するその余の事情をもっても、法112条の2第1項にいう「正当な理由」を認めるに至らない。』
[コメント]
 特許料納付期間および追納期間内に納付できなかった場合に、「正当な理由」があれば追納が認められる。本事例では権利者及び特許事務所の双方で相当な注意を尽くしていたかどうかが指摘されている。特許事務所が作成した管理データから本件特許権が欠落していた点について、裁判所は、特許事務所が相当な注意を尽くしていないと言及している。多くの特許事務所では特許管理システムを導入しているが、人によるデータ入力はミスを避けられない。ミスを減らすことは当然としても事務所内システムにのみに頼らず、確認のために特許情報プラットフォームの利用も検討すべきと考える。
 期限徒過の「正当な理由」が争点となった他例を下記するがいずれも認められていない。
・平成27年(行ウ)第615号:国内書面提出期間徒過
・平成27年(行ウ)第627号:国内書面提出期間徒過
・平成27年(行ウ)第202号:国内書面提出期間徒過
 なお、期限徒過の「その責めに帰することができない理由」が争点となった事例も下記するがいずれも認められていない。
・平成25年(行ウ)第467号:特許料納付の徒過
・平成24年(行ウ)第279号:国内書面提出期間徒過
・平成23年(行ウ)第443号:特許料納付の徒過
以上
(担当弁理士:丹野 寿典)

平成29(行ウ)第253号「屋根材の縁切り部材」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ